上級編 1. イールドカーブ

1.2 Multi-Curve 対応

1.2.1 イントロダクション

1.2.1.1 Forecasting Curve(Index Curve) と Discounting Curve

LIBORなどの金利インデックスにリンクする変動金利キャッシュフローについて、将来のキャッシュフロー額を予想する為に使われるイールドカーブを、Forecasting CurveあるいはIndex Curveと呼びます。一方、それを現在価値に割引く為のイールドカーブをDiscounting Curveと呼びます。この2つのカーブを分けて使う必要性は、特にサブプライムショック以降に発生した訳ではなく、様々なタイプの変動金利インデックス間のBasis Swapが登場した1980年代から既に認識されていました。 

変動金利インデックスとして代表的なのはLIBOR金利ですが、他にもCommercial Paper、Certificate of Deposit、Bank Acceptanceなど、国や市場に特有の短期資金の調達手段があり、これらの変動金利インデックス同士のスワップ、いわゆるBasis Swap取引は、1980年代から存在していました。例えば、CPインデックスにリンクした変動金利Cash FlowとLIBORインデックスにリンクした変動金利Cash Flowの交換契約などです。さらには、米国特有ですが、州ごとの銀行の調達コストインデックス(COFI)や免税地方債の利回りインデックス(BMA)なども、変動金利インデックスの一種として認識されていました。 

こういったBasis Swap取引では、それぞれのインデックス特有のリスク特性から、若干のスプレッドが発生します。CPインデックスにリンクした変動金利Cash Flowについて、将来のキャッシュフロー金額を推定するためには、CPインデックスのイールドカーブが必要になります。そのイールドカーブは、すでにLIBOR-Swapカーブを使ったDiscounting Curveが導出済みであれば、それにBasis Swapのスプレッドを加減して、Bootstrapping すれば導出できるでしょう。 

その他の変動金利インデックスの場合も同様です。そうやって、独自の金利インデックスを使ったイールドカーブを使って将来のCash Flowを推定しますが、現在価値に割引くには、すべて同じDiscounting Curveを使います。そしてそのカーブはサブプライムショックやリーマンショックの頃までは、LIBOR-Swapカーブを使うのが市場慣行でした。 

1.2.1.2 Multi-Curve対応の必要性

金利インデックスがLIBORと異なる場合、Forecasting CurveとDiscounting Curveを分ける必要があるのは、当然の事です。一方で、LIBORインデックスをForecasting Curveとして生成したキャッシュフローを、同じLIBOR-SwapカーブをそのままDiscounting Curveとして使うと、問題になる事象がいくつか発生しました。 

まず90年代に、円と米ドルのカレンシー(ベーシス)スワップのBasis Spreadが拡大しました。本来、それぞれの通貨のLIBOR同士の交換なので、各LIBORをリスクフリー金利と見做しているのであれば、LIBORフラット同士の交換になるはずです。ところが、その取引に20~40bp程度のスプレッドが発生しました。当時、日系の金融機関は米ドル資産に対応する資金調達の多くの部分を、ユーロドル(ロンドン市場で取引されるドル資金)市場での借入や、円資金を為替スワップ市場でドルに変換して行っていました(その場合でも、実質的なドル借入レートは、裁定が働いてLIBORに収束していました)。ところが、バブル崩壊により日系金融機関のクレジットリスクに対し、評価が厳しくなり、欧米の金融機関は日系金融機関に対するクレジットラインを絞り出しました。まず、インターバンク市場で、LIBORベースでの借入が困難になり、さらに為替スワップやカレンシースワップによるドル調達も困難になってきました。日系金融機関にとって、ドル資金をLIBORフラットで借入れる事はもはや困難になり、一定レベルのスプレッドをリスクプレミアムとして支払わざるを得なくなりました。いわゆるジャパンプレミアムの発生です。 

そうすると、これまで通り、Forecasting CurveとDiscounting Curveに、同じLIBOR-SWAPカーブを使うと、取引した瞬間に、Basis Spread部分の現在価値相当額が損益として発生してしまいます。この場合、どちらかの通貨のLIBORインデックスのカーブに、Basis Spread相当を加減してDiscounting Curveを構築しなければなりません。 

この状況は、日系金融機関に対するクレジットリスクの認識が改善した現在(2019年)でも継続しています。もはや、クレジットリスクの影響というより、日系金融機関が、市場の許容量を上回る規模で、円資金をドルにスワップしてドル資金を賄っている状況が、今も継続していることが原因と考えられます。 

次に、サブプライムショック後、OIS(Overnight Index Swap)スプレッドが拡大し、それまで、ほぼ同質で等価と考えられていたOvernight金利と3カ月とか6カ月のLIBORが、同質では無いと見做されるようになりました。すなわち、Overnight金利の複利リターンと、6カ月LIBORのキャッシュフローのスワップでは、サブプライムショック頃まではBasis Spreadは数bpに留まっていたのが、金融危機をきっかけに急拡大し、数10bpから数100bpまで拡大しました。そうすると、カレンシースワップと同様に、Forecasting CurveとDiscounting Curveを、同じLIBOR-SWAPカーブを使うと、取引した瞬間にアービトラージ収益が発生する事になります。 

OISスプレッドが拡大した背景については、基礎編の「LIBOR金利の分断化」のセクションで説明しています。すなわち、Overnight取引と、期間物のLIBORの取引きでは、期間の違いからくるクレジットリスクの差に加え、資金調達リスク(資金流動性リスク)に対する認識が激変したのが大きな理由です。リーマンショック後の金融危機が収束し、無担保のインターバンク資金取引におけるクレジットリスクの懸念は大幅に軽減されたにもかかわらず、いまだに数10bpのOISスプレッドが恒常化しています。リーマンショック後の規制強化の中で、資金流動性リスク管理に対し厳しい規制が課せられる事になり、現在も続くOISスプレッドは、資金流動性リスクに対するリスクプレミアムが主因と考えられます。 

さらに、カレンシースワップやOISのBasis Spread拡大ほど顕著ではありませんが、リーマンショック後に導入されたデリバティブズ規制の絡みで、CCP経由のスワップ取引について、全く同じ種類で同じ条件のスワップ取引でも、CCPが異なると取引レートが異なるような現象も発生しました。例えば、円の金利スワップは、日本のJSCCの他に、英国にあるLCHもCCPとして取引決済が出来ます。まったく同じ条件の金利スワップであれば、同じレートで取引されるはずですが、CCP間で恒常的にスプレッド(ほんの数bp程度ですが)が拡大する現象が発生しました。全く同種・同質の取引きが、異なるレートで取引されているので、CCPのクレジットリスクが無いものとすると、リスクフリーでアービトラージが可能になるように見えます。この場合、リスクフリーと見做して、取引した瞬間にアービトラージ収益が発生するのを容認するのもひとつの考え方です。最終的に両方の取引きが満期まで継続すれば、その評価益は実現益に変わります。一方で、スプレッドの拡大が恒常化した場合、途中で両方の取引きを解消すると、一旦認識した評価益が無くなり、解消した時点で実現損が発生します。そうすると、最初に認識された評価益は、真正なものか疑問がわき、さらに言えば、それでトレーダーのパフォーマンスを評価していいのかという疑問がおこります。そこで、最初に評価益を認識しないように、CCPによってDiscounting Curveを別にするという考え方もあります。 

その他にも、デリバティブズ規制の関連で、SEF(Swap Execution Facility)経由の取引きが強制されている国とそうでない国の間で、同種・同条件のスワップ取引で取引レートに差が発生したり、CCPを経由する取引とそうで無い取引の間で取引レートに差が発生したりしました。これらのスプレッドの発生は、需給の偏りから発生しているものと思われ、金融工学では説明できないものです。こういった場合も、理論的には同じDiscounting Curveを使うべきとして、取引と同時にアービトラージ収益が発生するのを許容していいものかどうか慎重に考えるべきです。 

1.2.1.3   Multi-Curve 対応の正当化:
同じ通貨、同じ金利インデックスのCash Flowで、Discounting Curveが複数存在する事をどう理解すればよいか?

ではLIBORのForecasting Curve(Index Curve)と異なるDiscounting Curveとは、どのような金利なのでしょうか?あるいは、同じ通貨のキャッシュフローで、複数のDiscounting Curveを認識する事に、問題はないのでしょうか? 

金融工学では、現在価値に割引く為のイールドカーブを“リスクフリー金利”のカーブとしています。しかも、それは一意に決まるはずのものです。でなければ、リスクフリーでアービトラージが可能になります。円―ドルのBasis Swap Spreadが急拡大した当時でも、円-円金利スワップの時価評価では、Forecasting CurveもDiscounting Curveも、同じLIBORのIndex Curveを使っていた金融機関は多数あったと思います。という事は、リスクフリー金利のカーブが、同一通貨で2種類存在していたという事になり、理論的にはおかしな話です。 

現在のMulti-Curve対応の環境下でも、ISDAのCSA契約(時価相当額の担保授受契約)を交わしていない取引相手とのデリバティブズ取引については、LIBOR-Swap のIndex CurveをDiscounting Curveとして使っている金融機関も多いと思います。この場合も、同じLIBORキャッシュフローについて、2種類のDiscounting Curveを使い分けている事になります。さらに言えば、CSA契約が付いているデリバティブズ取引においても、CSAで許容されている担保が、現金のみか、政府債もOKなのか、さらに担保の通貨によっても、使われるDiscounting Curveを変える必要があります。そうすると、Discounting Curveが2種類どころか、何通りも必要になってきます。金融工学の原則論からすればおかしな事ですが、実務では、そう対応せざるを得ません。この状況を、どう理解すればいいのでしょうか? 

デリバティブズの現在価値計算で使われる"リスクフリー金利"とは、デリバティブズのリスクを完全にヘッジできる取引戦略が存在すると仮定し、リスクを完全にヘッジしたポートフォリオを構築・維持する為に必要な、「資金取引にかかる運用レートあるいは調達レート」を意味します。Black-Scholesがオプション価格の公式を導出するにあたり、前提としてヘッジポートフォリオを構築する際に必要となる資金取引について、その運用・調達はリスクフリー金利で出来ると仮定しました。またHarrison-Pliska、Harrison-KrepsによるFundamental Theory of Asset Pricingでも、同様の前提がおかれています。しかし従来から一般的な市場慣行として、デリバティブズの価格計算においては、一般的にリスクフリー金利と認識されている短期の政府債利回りではなく、若干のクレジットリスクを伴うLIBORをリスクフリー金利として使ってきました。理論の前提は、理想的な状況を想定していますが、現実の世界では、そのような理想的な状況は存在しません。金融実務では、「市場参加者が自由に行える運用・調達レート」という部分に主眼がおかれ、サブプライムショックまでは、一般的に、LIBOR-Swapカーブのレートがそれに該当すると見做されていました。むしろ、実際の資金運用レート、調達コストと異なる、短期の政府債利回りを使う方が問題だったからです。何が問題だったのでしょう? 

デリバティブズの時価は、将来発生するキャッシュフローの期待値を現在価値に割引いたものです。実務では、その値をバランスシートにデリバティブズ時価評価額として計上します。評価益であれば、資産計上され、評価損であれば負債計上されます。会計上の観点からは、そういった時価評価額が、将来、手元現金として実現益に変わる“実現可能性”が重要になります。実現可能性とは、2つの側面で評価できます。ひとつは、その時価評価額で、市場で直ちに“現金”に交換できるかどうかという事です。もうひとつは、デリバティブズから発生する将来のキャッシュフローの合計が、再投資・再調達によるリターンやコストも含めて、将来価値相当額の“現金”として回収されるかどうかです(負債サイドの時価評価であれば、現金の流出になります)。OTCデリバティブズの中心的な商品である金利スワップなどは、中途で市場売却(取引解消)されるよりは、大半が金融機関のブックに満期まで残るので、後者の観点による時価評価の実現可能性が重要なポイントになります。 

そして、その実現可能性は、まさに実際の資金運用レートや調達コストに影響されます。それが、Discounting Curveで想定したレートで運用・調達できれば、その時価評価額は、ほぼ実現可能と言えます。しかし、実際の運用・調達レートが、それと異なる場合、実現可能性に疑問符が付きます。すなわち、会計上、時価の過大評価や過小評価が発生している事になります。という事で、会計上の観点からすれば、Discounting Curveには、「リスクフリー」という概念に拘るのではなく、市場参加者の「実際の運用レート・調達レート」を使う方が健全だと考えられます。(実際の運用レート・調達レートに内容されているリスクの部分、すなわち取引相手方に対するクレジットリスクや、自らのクレジットリスクから発生する価格の調整は、別途CVAとかDVAで、デリバティブズポートフォリオ全体に対して行われます。) 

デリバティブズ取引で、CSAを締結している場合、日々の時価評価相当額を、現金あるいは政府債で担保交換が行われます。その担保に付される金利は、通常オーバーナイト金利であり、デリバティブズの時価評価で想定されているLIBOR金利とは異なります。それでも、金融危機以前は、OISスワップにより、オーバーナイト金利を数bpのコストでLIBOR金利に交換する事が可能だったので、時価評価額の“実現可能性”について、それほど問題とされる事はありませんでした。しかし、OISスプレッドが急拡大し、かつそれが恒常化した現在、CSAが存在する場合の調達・運用レートを、LIBORベースのレートと見做すのは無理があります。そうすると、LIBORのIndex CurveをDiscounting Curveとして時価評価に使うのは問題です。 

一方、CSAを交換していない場合、日々の時価評価の変動からは、新たなCash Flowは発生しません。実際のCash Flow交換日に、資金の過不足が発生し、それを次のCash Flow発生時まで資金市場で運用・調達する事になります。その時適用されるレートは、LIBORベースになります。(日々のMark to Market時価評価で発生する損益の変動では、キャッシュフローは発生しません。いわゆるSelf-Financingです。) 従って、LIBORベースのDiscounting Curveを使って時価評価するのが、“実現可能性”の観点からは正しいと言えます。 

その結果、同じ通貨の同じキャッシュフローであっても、CSAの有無によって、取引から発生する資金の過不足にかかる運用・調達レートが異なり、従って、Discounting Curveを変えることになります。 

米系の金融機関はいち早くその問題を認識し、金融危機後、CSA契約が存在するデリバティブズ取引については、Discounting Curveを、OISスプレッドを勘案したものを使うようになっていきました。Discounting Curveを変更する事によって、数億ドル単位の時価評価額の修正を余儀なくされたようです。 

(注:Black-Scholesの唱えた、オプションのリスクを完全に消せるヘッジ取引戦略では、デルタヘッジに伴う対象資産(株式)のポジションが発生します。仮にデルタヘッジが株のロングポジションの場合、株を買い入れる資金を資金市場から借り入れるか、株券レポ市場で調達する事になります。一方、デルタヘッジが株のショートポジションの場合は、空売りをする為に株を借りる必要があり、借株料のコストがかかります。ショートポジションによる株の売却資金は、株を借りた相手方に現金担保として提供され、それには通常Overnight金利が付与されます。しかし、借株料を勘案すると、Overnight金利 − 借株料 が、実質的な運用レートであり、それを勘案してオプションの価格計算をすべきです。もはやリスクフリー金利とはかけ離れたレートです。しかし、会計上の時価評価の実現可能性の観点からは、きちんと借株料を勘案したレートを使うべきです。) 

という事で、Discounting Curveに使う金利は、「リスクフリー」に拘るのではなく、会計上の評価損益の実現可能性という観点から、市場参加者が「実際に資金運用・調達する際にかかるレート」を使うべきだと考えます。 

1.2.1.4  Multi-Curve対応から発生する新たな課題

以上のように、取引した瞬間に損益が発生する事を避ける為や、デリバティブズの時価評価額が、会計上、過大評価や過小評価になる事を避ける為、金融工学の大原則からははずれるものの、同一通貨でLIBOR Index CurveとDiscounting Curveを複数用意する必要性がでてきました。 

それに伴い、新たな課題が発生しています。 

  • まず、Multi-Curveをどのように構築するかの問題です。具体的には、ベンチマーク商品の市場データとして何を使うのかという問題と、Index CurveとDiscounting Curveを同時に構築する為に、従来のBootstrapping + Interpolationのアルゴリズムをどう対応させるかという問題です。
  • 次に、Multi-Curveから発生する、新たな金利リスクの計測の問題です。Single Curveの時代では、LIBOR-SWAPカーブに対するSensitivitiesだけを計測しておけばよかったのに対し、Multi-Curve対応の場合、Basis SwapのSpreadの動きに対するSensitivitiesも計測する必要があります。
  • さらに、オプション価値の計算において、CSAによる現金担保にかかる金利(をベースにしたゼロクーポン債)をニュメレールとして選択した場合の、期待値の計算方法が問題になります。また、金利オプションにおいては、Index Curveの確率過程と、Discounting Curveの確率過程を同時にモデル化する問題です。
  • まだ現実化していませんが、将来LIBORそのものが無くなる可能性があります。かつて、LIBORレートを決める際に指定されていたReference Banksの中に、LIBORレートを意図的に、自社のトレーディングブックに有利なように操作していたり、自らのクレジットリスクを良くみせる為、実態よりはるかに低いLIBORレートを提示していたりした事件がありました。これらの銀行は、当局より厳しく指弾され、巨額の罰金を払う事になりましたが、根源的な問題として、3カ月とか6カ月の期間のLIBORベースの取引きが、殆ど行われなくなったという事も背景にあります。この事は、日本のインターバンク市場の指標であるTIBORでは、もっと如実です。取引が無ければ、どうやってレートを提示できるのでしょうか?結局、各銀行が、推定値を出しているにすぎず、本当にそのレートで取引できるかどうか、全く不明です。

1点目と2点目について、以下のセクションで詳しく説明していきたいと思います。3点目については、金利オプションの所で説明できればと思っています。4点目は、今後の動向次第で、動きがあれば、トピックスにしたいと思います。 

 

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