寄り道 : 期待値の導出方法
A.5 フーリエ変換を使って、期待値演算を行う方法
3種類の期待値計算の方法の最後は、フーリエ変換を使う方法です。これも、一般には馴染みの薄い期待値計算の方法です。これは、ある確率変数の特性関数と確率密度関数は、フーリエ変換、フーリエ逆変換により、それぞれ相互に変換できるという関係性を利用するものです。
ある確率変数 \X~の特性関数~φX(t)~は、X~の確率密度関数~f(X)\) を使って下記式で定義されます。
\[ ϕ_X(t)=E \left[e^{itX}\right]=\int_{-∞}^∞ e^{itX}f(X)dX \]但し、iは虚数単位。
この式の右辺の積分は、まさに確率密度関数 \(f(X)\) をフーリエ(逆)変換した形になります。従って、特性関数のフーリエ変換は、下記の通り確率密度関数になります。
\[ f(X)=\frac{1}{2π} \int_{-∞}^∞ e^{-itX} ϕ_X (X)dX \](係数の \(\frac{1}{2π}\) は、変換、逆変換のどちらにつけても同じです。また指数関数の肩の符号は、積分範囲が原点から左右対象なので、フーリエ変換と逆変換のどちらについても同じです。)
という事は、確率分布が正規分布からずれて、確率密度関数が求まらない場合でも、もし特性関数が求まっていれば、フーリエ変換により確率密度関数に変換できて、それを使えば期待値計算が出来そうです。しかし、特性関数の定義を見てみると、\(e^{itx}\) を確率密度関数で積分した形になっており、確率密度関数が解らないのに、特性関数が求まる事はあるのでしょうか?
それについては、前のセクションで示した通り、ファインマン・カッツの公式を使って、特定の形をした偏微分方程式を解く事で、求まる可能性があります。特定の形をした偏微分方程式は、\(X\) の確率過程を定義する確率微分方程式から、伊藤のレンマを使って、特定関数の確率微分方程式に変換し、さらに特定関数のマルチンゲール性を使って、そこから偏微分方程式を導出します。そして \(e^{itX}\) を終期条件として与える事で、その偏微分方程式の解が特性関数になります。(はしょった説明で解りにくいかも知れませんが、前のセクションをもう一度確認して下さい。)
ここで軽く、フーリエ変換の意味する所をおさらいすると、
- 任意の可積分な関数は、様々な周波数の三角関数の線形結合に展開でき(フーリエ級数展開)
- フーリエ変換は、その各三角関数の係数を求めるプロセス
という事になります。(数学的には、もっと厳格で深淵な意味付けがあるのでしょうが、とりあえず、ここで説明する内容からは、この解釈をベースにします)
例えば、正規分布する確率変数の確率密度関数は、正規分布の平均 \(μ ~と分散~σ^2\) を使って下記の式で表せます。
\[ f(x)=\frac{1}{\sqrt{2π}σ} exp\left(\frac{-(x-u)^2}{2σ^2}\right) \]グラフの形にすると、平均 \(μ~をピークにし、±∞\) で急速に 0 に収束する、左右対象の鐘の形に似たカーブになります。この関数を −∞ から +∞ で積分すると 1 になるので、当然可積分です。という事は、この関数は、様々な周波数の三角関数の線形結合でも表現できるといく事です(無限次元でのフーリエ級数展開に相当)。その三角関数の周波数ごとの係数を求めるのが、フーリエ変換になります。フーリエ変換後の特性関数は、それら三角関数の係数ベクトルを示し、それを逆変換すれば確率密度関数が復元できるという訳です。
確率分布が、正規分布からずれると、多くの場合 確率密度関数が解析的に求まりません。クオンツファイナンスの世界では、Stochastic Volatility モデルや、Jump Diffusion モデルなどがそれに該当します。そういった場合でも、特性関数は何とか求める事が可能だという事が知られています。言い換えると、確率分布が正規分布からずれた歪な形をしていても(正規分布のように、きれいな指数関数の形で表現できなくても)、特性関数を使えば、三角関数の級数展開で表現可能だという事です。
但し、その場合でも特性関数を逆変換で確率密度関数にしようとしても、被積分関数の原関数を使った形で求まらないので、数値積分すなわち離散フーリエ変換で定積分を計算することになります。積分範囲を数十から数百に分割すれば、確率密度関数を、それだけの数の三角関数でフーリエ級数展開した事になります。それだけの数があれば、もとの関数を相当近くまで近似できるのはご存知かと思います。
実際にフーリエ変換を使ったオプション価格の導出方法は、様々な方法が発表されており、その殆どが、今説明したような単純な方法(といっても難解ですが)ではありません。フーリエ変換を使う際に、一ひねりも二ひねりもして、何とかオプション価格式に辿り着いています。ここで、それを説明するのは控え、具体的な方法については、Stochastic Volatilityモデルの解説の時に行いたいと思います。