上級編 5.  マルコフ汎関数モデル 

5.3   ニュメレール価格の確率分布の導出

5.3.1   アルゴリズムの概要

MFM の心臓部分は、まさに、このニュメレール価格の確率分布を求める作業になります。それさえ求まれば、5.2.4 や 5.2.5 で述べたように、将来のイールドカーブや、オプション価格が、ニュメレール測度を使った期待値演算(汎関数)で求める事ができます。 

MFM では、ニュメレールとして、最長期のゼロクーポン債を選択し、その価格の確率分布を、市場データに Calibration して求めます。ノンパラメトリックな MFM の場合は、Calibration アルゴリズムというより、Bootstrapping-Interpolation アルゴリズムと呼んだ方が相応しいでしょう。そのノンパラメトリックな Bootstrapping-Interpolation アルゴリズムについて、全体像を見失わないために、まずその概略を示します。 

  1. ニュメレールの選択 : ニュメレールとして、最長期のゼロクーポン債を選択します。最長期とは、通常は、デリバティブズの対象商品の最終キャッシュフロー日になりますが、そのキャッシュフローを決める変動金利インデックスの期間がそれよりも長い場合は、そのインデックス期日になります。例えば、最終行使日が10年後で、対象資産が10年の Constant Maturity Swap で、その変動金利インデックスとして 20年のスワップ金利を使った場合、オプション行使日(10 年後)スタートのSwap取引の、最後の変動金利 Fixing日(約20 年後)の20年後(約 40 年後)になります。
  2. Calibration対象の選定 : ニュメレールの確率分布を求める為、CAP/FLOOR あるいは Swaption の市場価格データを集めます。CAP にするか、Swaption にするかは、最終的に MFM で価格評価しようとするデリバティブズの商品特性で決めます。オプション行使日および、対象 Swap の最終期日、さらにはその変動金利インデックスの最終期日のすべてが、ニュメレールの満期日以前のものを選択します。また、Calibration 対象として Swaption を選択した場合、同一行使日における対象スワップの期間は 1 種類のみ選択します。同一行使日で、複数の対象期間の Swaption に Calibration するには、2ファクター以上の MFM が必要ですが、ここでは1ファクターのみ説明するので、除外します。さらに、同じ行使日で複数のストライクの市場データを用意します。MFM を、いわゆる Smile Curveへフィットさせる為です。
  3. Calibration 対象の市場データの補間 : 現時点から、ニュメレールの満期日までの間を、離散時間で区切ります。各時間軸には、オプション行使日および対象 Swap のキャッシュフロー日のすべてを含めます。さらに変動金利インデックスが Constant Maturity Swap の場合、そのキャッシュフロー日付もすべて含めます。該当日付がオプション行使日となる CAP・Swaption の市場データが存在しない場合(通常、かなりの日付でそうなります)、市場データを線形補間する必要があります。また、Cap/FLOOR データは、それぞれ Caplet, Floorlet の価格に分解する必要があります。一方、同一行使日におけるストライク軸での市場データも何等かの方法で Interpolation(補間)と Extrapolation(補外)を行う必要があります。但し、こちらの補間・補外はより慎重に行う必要があるでしょう。なぜなら、市場データのクオリティーの問題と、Interpolation―Extrapolation方法の問題から、特に Deep out of the Money や Deep in of the Money の領域で、価格が Arbitrage Free でなくなる可能性が出てくるからです。これについては、後で別途解説しますが、ここでは Arbitrage Free になるような Interpolation―Extrapolation が済んだ、オプション価格列が用意されたとします。これらのオプション価格から、Black Implied Volatilityを導出します。市場価格が、Black Implied Volatility で Quote されている場合は、それをそのまま使えばいいでしょう。

    (注:かつて CAP や Swaption の市場価格は、Black Implied Volatility でクオートされるケースが一般的でした。しかし、ここもと主要先進国でマイナス金利が常態化し、Black Model をそのままの形では使えなくなっています。現状、ベンチマークモデルとして、Black Model を Shifted Log-normal(Displaced Log-normal) に変換して使っているのか、正規分布モデル(Bachelier Model)を使っているのか、現場を離れて数年経っているのでよく分りません。いずれにしても、価格情報を、モデルをベースにした Implied Volatility のデータで取得(換算)する必要があります。)

    ここでは、Black Implied Volatilityが、すべての行使期限、およびストライクで取得できたと仮定します。
  4. 市場価格からデジタルオプション価格の導出 : 3. で求めたオプションの市場価格からデジタルオプション価格を導出します。デジタルオプション価格を求めるのは、実質的には、オプションの対象となっているフォワード金利(フォワード LIBOR あるいはフォワード Swap 金利)の確率分布を求めているのと同じです。方法は、Black の公式を使う方法と、ヨーロピアンオプション価格の差分から導出する方法がありますが、Volatility Smileカーブの傾斜がきつい場合、後者を選択した方がいいでしょう。
  5. MFMを使ったデジタルオプション価格の導出 : 次に、状態変数軸に沿って、MFM でデジタルオプション価格を求めます。まずすべての時間軸において、正規分布する状態変数 x の離散的なグリッドを設定します。グリッドの境界値は、標準偏差の ±5~7 倍の値を設定し、その間を等間隔で区分します。そして、状態変数の各グリッド点をストライクとするデジタルオプション価格を、MFM を使って求めます。その価格と 4.で求めたデジタルオプション価格が同じになるような、MFM のストライク x と 4.のストライク K の対応関係を求めます。このアルゴリズムが、市場で観測されるフォワード金利の確率分布を、正規分布する x へ Mappingする操作になります。
  6. フォワード金利からニュメレール価格を導出 : そうして求まった x に対応するフォワード金利から、ニュメレール価格を導出します。これは、イールドカーブ構築における Par カーブからディスカウントカーブを導出するのと同じような操作になります。但し、イールドカーブの Bootstrapping-Interpolation と異なり、アルゴリズムは、ニュメレールの満期日から時間を遡りながら求めていきます。また、各時間軸においては、ニュメレール価格を線形補間します。従って、全体としてはニュメレール価格(ゼロクーポン債価格)の曲面を導出する操作になります。
  7. イールドカーブの導出 : 6.のアルゴリズムを t=0 までさかのぼれば、すべての時間軸におけるニュメレールの確率分布が求まり、さらにそこから 5.4 式を使って、特定の時点の特定の状態変数に対応するイールドカーブ(すなわちゼロクーポン債価格の期待値)も求まります。但し、これらは、ニュメレール価格を求めるアルゴリズムの中で既に計算されているので、それを使えばいいでしょう。これで、将来に渡りイールドカーブが拡散していく様子が描写できるようになります。

以上のステップのうち、1.から 3.までは、市場データの選択と、その Interpolation-Extrapolation の話なので、ここでは省略します。市場データは、常に整合的で信頼がおける訳ではないので、Interpolation 自体、簡単ではありません。またストライク軸での Interpolation は、実務では、SABR モデルなどを使って行われる事が多いと思いますが、SABR は漸近展開式を使っているので、ATM から離れていくほど精度が落ちます。補間されたデータが整合的かどうかは、常にチェックして慎重に行わなければなりません。これについては、後ほど触れたいと思います。 

ポイントは、4.以降の、市場データに内包されているフォワード金利の確率分布から、ニュメレールとなるゼロクーポン債価格の確率分布を導出するプロセスです。ここでは、ヨーロピアン Swaption 価格を使って、そのアルゴリズムを説明していきます。Caplet 価格を使った方法は、村上秀記氏の解説資料が、非常に詳しく解りやすく説明されているので、そちらをご覧下さい。 

 

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