上級編 4. Short Rate Models
4.2 Short Rate Model の概観
4.2.2 瞬間短期金利の確率過程と Short Rate Model のバリエーション
さて、SRM は、2.1式および2.2式の右辺の期待値計算の中にある、短期金利の確率過程を特定する事により、具体化されます。その確率過程は、基本的に下記のような確率微分方程式で記述されます。
\[ dr(t)=\mu \left(t,r(t)\right)dt+\boldsymbol{\sigma} \left(t,r(t)\right) \bf {dW(t)} \tag{2.3} \]上級編まで読み進められている方に式の説明は不要かとも思いますが、改めて、この式が意味する所を簡単に説明すると
- t 時における瞬間短期金利 r(t) が、微小時間 dt の間に μ( ) の割合でドリフトし、\(\sigma ^2 \) の割合で拡散していくことを意味しています。
- \(\mu (t, r(t))\) も \(\sigma (t, r(t))\) も、(最も一般的な形では)時間 t と、その時点における r(t) の値、及び事象 ω に依存する関数として表現されています。
- ドリフト項係数 μ() は、大半の SRM で、短期金利が中心回帰するような関数形が取られています。
- また、拡散する様子は、ブラウン運動の微小な変化 dW を使って表現されています。
当初 Vasicek により発表された Short Rate Model は、ドリフト項における中心回帰レベル θ は、何等かの方法で(主観的に)推定される金利の均衡水準を使って定義され、拡散項の係数 σ は定数と仮定されていました。
しかしその後、Arbitrage Free の条件を満たすようにドリフト項を修正したり、Volatility の期間構造や、確率分布の正規分布からの乖離などをとらえるために、拡散項を修正したりして、様々な改良が加えられました。そういったバリエーションは、ドリフト項の係数 \(\mu(t,r(t))\) や 拡散項の係数 \(\sigma(t,r(t))\) の関数形を修正する事により実現されています。さらに、不確実性を生起するブラウン運動 dW をマルチファクターにする事により、より複雑なイールドカーブの動きを捉える試みも為されています。
そこで、個別のSRMの解説に入る前に、SRMにどの様なバリエーションがあるかについて、簡単にまとめたいと思います。
モデルには、通常それを最初に発表した人物の名前が付いており、(Vasicek, Cox-Ingersoll-Ross, Hull-White, Black-Karasinski, など)モデル名から、モデルの特徴をうかがい知る事はできません。そこで、SRM を、想定する短期金利の確率分布の差異で、分類すると、おおむね以下のようなカテゴリーになります。それぞれ、瞬間短期金利の分布がどのようになるか示しています。
- ガウスモデル (Vasicek, Hull-White など) : 正規分布
- Affineモデル(Cox-Ingersoll-Ross, Duffie-Kan) : カイ2乗分布など歪度が正規分布より大きくなる分布
- 幾何ブラウン運動モデル (Dothan, Rendleman-Bartter, Black-Karasinski) : 対数正規分布
- Quadraticモデル : 尖度が正規分布より大きくなる分布
- 疑似ガウスモデル (Local Volatility Mode, Stochastic Volatility Model) : 尖度及び歪度が正規分布より大きくなる。
(ガウスモデルは、Affineモデルに含まれるという見方もあります。)
また、瞬間短期金利を動かすブラウン運動のファクター数を、1個とするか、複数とするかで、下記のように分かれます。
- シングルファクターモデル
- マルチファクターモデル
すると、SRM は、分布の特性とファクター数の組合せで大きく分類できます。例えば、"シングルファクターのガウスモデル"とか、"マルチファクターの疑似ガウスモデル"といった様に分類できます。
この分類で、イールドカーブ変化の表現力、Volatility Smileへの対応力、解析の容易さ、 などが、概ねわかります。例えば、シングルファクターのガウスモデルでは、
- カーブ上のすべての金利が相関1で動き、
- また短期金利の分布が正規分布になるのでマイナス金利の可能性があり、
- Volatility Smileへの対応は不可能です。
しかし、このモデルの優位な点もあり、
- 将来の瞬間短期金利の値から、その時点のすべての満期のゼロクーポン債価格が解析的に求まり、
- さらにシンプルなヨーロピアンオプションであれば、価格が解析解で求まります。
すなわち、計算速度が非常に速くなります。(この優位点から、実際に実務で最も使われている Short Rate Model です。)
一方、マルチファクターの疑似ガウスモデルでは、イールドカーブの相関構造への対応が可能で、またVolatility Smileへのフィットも可能です。しかし、計算時間が非常にかかるので、現時点では、実務であまり使われていないと思います。
4.2.3 Short Rate Model に要求される表現力
Short Rate Model に様々なバリエーションがあるのは、イールドカーブの複雑な動きを、できるだけ忠実に表現したいという動機からです。では、実際に観測されるイールドカーブの動きとなどのようなものでしょうか?
通貨や、時代によって異なるでしょうが、ドルやユーロや円といった主要通貨のイールドカーブの動きは、概ね以下のような傾向が観測されます。
- 短期金利と長期金利は、正の相関を持って動くが、期間が近いもの同士の相関が高く、離れると低くなっていく。
- 短期金利の方が長期金利よりも、より大きな変化幅で動く。 但し、超短期の金利は、通常はあまり動かないが、決算期末や、中央銀行の政策変更の可能性が高まると、動きが激しくなる。
- 金利はマイナスになる事もある。(これについては、かつての状況と真逆になっています。かつては、金利はマイナスにならないとされ、それがマイナスになる可能性がある金利モデルの弱点とされていました。しかし今では逆に、金利がマイナスになる可能性が無いモデルの方が問題を抱える事になりました。)
- 金利の拡散過程は、非常に長期のスパンで見ると、中心回帰の傾向がある。
- 実際の金利の変動は、正規分布(あるいは対数正規分布)からずれている。分布の裾が広かったり(Fat Tail)、分布が左右対称で無なったり(skew)する事が観測される。
- すなわち以上の特徴をもったまま、現時点のイールドカーブから、滑らかな形状を維持して動く。(個々の期間に対応する金利が、ランダムに動くが、かといってイールドカーブがギザギザになる事もない)
最後の特徴は、直接観測される訳ではないので、変動の様子というよりは、拡散過程における制約条件と見做す事もできます。直接観測されるのは、特定の時点におけるベンチマーク商品のイールドだけであり、特定の点以外は、様々なInterpolation法で線形補間して推定します。Interpolationの方法によっては、フォワード金利が滑らかでなくなる可能性もあります。)
Term Structure モデルは、このような、イールドカーブ自体の変動の様子の説明力が求められます。しかし、それ以外に、オプション市場が内包している Volatility の期間構造にも、出来るだけフィットする事が求められます。すなわち、CAP や Swaption の市場データから、市場参加者が予想する Volatility の期間構造を取り出す事ができますが、モデルは、それを現時点のみならず、将来に渡っても、うまく説明できる事が求められています。
このような、多様な説明力を求められるイールドカーブの変動を、Short Rate Modelは、瞬間短期金利というたった1個の確率変数で説明しようとしています。当然限界はあるものの、スタートラインとなったVasicekモデル以降、それを応用した様々なモデルが発表され、上記のような特徴について、少しずつ説明力を上げるように改良されてきました。
その最も進化した形のひとつである、マルチファクターの疑似ガウスモデル(例えば、Andersen, Andreasen “Volatile Volatility” 2002 )では、上記のような特徴を、ほぼ表現できます。
4.2.4 Short Rate Model からデリバティブズ価格を導出するプロセス
これから、その様々なモデルについて、どのように解析してデリバティブズ、特に金利オプションの価格評価を導出するかについて見てみます。その前に、SRM の、解析のプロセスを俯瞰してみましょう。
上記に述べたように様々な SRM が発表されており、それぞれかなり難解な数学的テクニックを使って、デリバティブズの価格を導出しています。それらの文献を読むと、その数学的な解析テクニックの部分が難解で読み進むのに苦労します。しかし、やろうとしている事は同じで、デリバティブズ価格の導出です。ほぼすべての SRM において下記のような解析のプロセスを辿っています。
- まず、瞬間短期金利の確率過程を特定する。具体的には、上記の確率微分方程式のドリフト項と拡散項の関数を特定する事です。その特定された確率微分方程式が、まさに“Model”です。さらに、モデルを実際の価格評価に使うには、関数で使われているパラメータ係数を、市場データに Calibration して設定する必要があります。
- その確率微分方程式を解いて、t 時における瞬間短期金利 r(t) を求める。モデルによっては、簡単に解ける場合もありますが、難解な数学的テクニックを使わないと解けない場合があります。(但し、確率微分方程式を解いて求めた r(t) は、特定の値が求まるのではなく、その分布が特定されることを意味します。)
- ②で求めた r(t) から、t時のイールドカーブを求める。具体的には②で求めた r(t) を、t から T までの積分し、それのリスク中立測度下での期待値を求めます。期待値演算は、r(t) の確率分布が、解析的に求まっている場合は、比較的簡単です。しかし、分布が正規分布からずれているようなモデルでは、かなり難解な数学的テクニックが必要です。求めたイールドカーブから、デリバティブズ価格を現在価値に換算する為の Discount Curve が求まります。
- t 時の r(t) から、フォワード金利の確率分布を特定する。そのフォワード金利は、デリバティブズの対象金利で、フォワードLIBOR や フォワードSwap 金利になります。フォワードLIBOR の分布は、比較的簡単に求まりますが、フォワードSwap 金利の分布を、Short Rate Model から解析的に求めるのはほぼ不可能です。実際には(実務上、許容範囲に入るような)近似値を導出します。
- 以上が特定できれば、Payoff の期待値の現在価値が、そのデリバティブズ価格になります。
様々な SRM の文献を読むと、至る所で、難解な数学の解析プロセスに出くわし、読み進むのに苦労します。上記のような解析のプロセスを念頭においておけば、文献が何を説明しようとしているのか見失わずに読み進めるのではないかと思います。実務で、モデルを使う側であれば、解析のプロセスの理解はあきらめ、結果だけを受け入れるのでもいいでしょう。実務で重要なのは、計算されたデリバティブズ価格や、そのリスク量が、市場の動きからみて不自然でないかどうかです。解析のプロセスはモデルの研究者におまかせして。
では、主なShort Rate Modelについて、どのようにしてオプション価格を導出するか見てみましょう。