上級編 6.  Libor Market Model 

6.1.1  イントロダクション

金利の Term-Structure モデルとして、Short Rate Models(“SRM”)のグループと対峙する大きなグループが Libor Market Models(“LMM”)のグループになります。LMM は、イールドカーブ全体を、3か月や6か月のフォワードLibor のシリーズに分割し、それぞれが互いに相関を持ちながら確率変動して行く様子を記述するモデルです。Libor を確率変数としているので、抽象的な“瞬間短期金利”をモデル化した SRM と比べると、直観で理解しやすいと思います。また Libor 間の相関をモデルに取り込めるので、イールドカーブの形状が変化しながら変動していく様子を、表現力豊かに記述できます。さらに、デリバティブズの価格計算も、基本的にはモンテカルロシミュレーションに頼るので、計算時間はかかるものの、かなり複雑な商品でも価格評価アルゴリズムを容易に構築できます。その結果、複雑なエキゾチック商品の価格評価で使われるモデルは、SRM のグループではなくLMM のグループが主流になっています。 

一方で、非常に数多くの確率変数からなる連立した確率微分方程式を定義するので、Volatility 関数や、確率変数間の相関行列など、膨大な数のパラメータを決めなければなりません。パラメータが多いと、表現力は上がり、市場データへのフィッティングも向上しますが、 

  • それを市場データからどうやって取り込むかという問題
  • 不安定なパラメータであるという問題(これはArbitrage Pricing Theoryをゆるがす根本的な問題です)
  • さらに、パラメータを合理的な値になるように特定するには、どうしても主観的な“想定”が入り込む

といった事から、リスク管理や、時価会計上で、非常に難しい問題を生じさせます。サブプライムショックからリーマンショックにかけての金融危機時、これらの問題が一気に顕在化し、多くのトレーディングデスクで、想定外の損失が発生しました。 

Volatility 関数や相関行列をどのように定義するか、そのバリエーションは多岐に渡り、どれを使うか、証券会社によって千差万別です。パラメータの数が膨大なので、それを特定していくための準備と計算の手間も膨大です。従って、モデルのメンテナンスには、必要な知識を備えた多数のスタッフと、質の高い現在と過去の市場データと、さらに高い計算能力を備えたコンピューター・リソースを揃える必要があります。こういったハードルの高さから、モデルを使いこなせるのは、限られた数の証券会社しかありません。 

 

LMM が世に紹介されたのは、1990年代後半で、Brace-Gatarek-Musiela による“The Market Model of Interest Rate Dynamics”や、Jamishidian による“Libor and Swap Market Models and Measures”などの論文が有名です。LMM は、前者の論文著者の名前のイニシャルから BGMモデルとも呼ばれています。 

もともと実務では、Caps/Floors やヨーロピアン・スワップションといったシンプルな金利オプションの価格評価に、Blackモデルを使うのが一般的でした。Blackモデルでは、1 個のフォワードLibor 金利が、幾何ブラウン運動をしながら拡散して行き、一定期間後の確率分布が対数正規分布すると仮定するモデルです。初期の LMM は、その Blackモデルの自然な延長線上にあり、複数のフォワード金利が相関を持ちながら、幾何ブラウン運動して拡散していく様子を記述します。n 個のフォワード Libor の(連立)確率微分方程式(Stochastic Differential Equation 以下“SDE”)で記述すると下記のような形になります。 

\[ \frac{dL_i (t)}{L_i(t)}=μ_i(t,L_i(t)) dt+\bf σ_i (t)~∙~C~∙~dw(t), ~~~~~i=1,2,…,n \tag{6.1} \]

但し、dw(t) は、それぞれ独立な m 次元(m≦n)のブラウン運動ベクトルで、C は n × m次の行列で、フォワードLibor間の相関の情報を持ちます。すなわち、Libor間の(瞬間)相関行列(n × n 次元) を \(\bf ρ\) とすると \( \bf ρ=C∙C^\top\) となります。また \( \bf σ_i (t)\) は Libor の変化率の Volatility (いわゆるBlack-Vol)を表す m 次元のベクトルです(但し i 番目の要素のみ \(σ_i\) の正の実数値が入り、それ以外は 0 のベクトルを想定)。初期の LMM では、\(\bf σ_i (t)\) は Deterministic な関数と定義されていました。 

ここで、LMM は複数の Libor の同時分布を取り扱うので、1 個の確率変数を取り扱う Blackモデルでは考える必要が無かった、特別な問題が発生します。オプションの対象資産が 1個の確率変数の場合、その価格過程が、マルチンゲールになるような確率測度を選びます(いわゆるフォワード測度がそれに該当)。そうすると、その確率変数の SDE のドリフト項は 0 となり、拡散項の係数すなわち Volatility関数を定義するだけで、オプション行使時の確率分布が特定できます。その分布を使って Payoff の期待値演算をすれば、オプション価格が求まります。ところが LMM では、ニュメレール(に対応する確率測度)をひとつに特定すると、マルチンゲールになるのは、せいぜい 1 個の Libor のみです。他の Libor では、市場がアービトラージフリーの条件を満たしているなら、ドリフト項の調整が必要になります。その調整額は、拡散係数になる Volatility 関数と、ブラウン運動間の相関係数から解析的に求まります。そうすると、オプション行使時の同時確率分布は、解析的に求まりません。その結果、期待値演算はモンテカルロシミュレーションに頼る事になります。このドリフト項は、一種の Convexity 調整で、Libor の金利先物とフォワード金利間で行われているそれと、経済的には、似たような意味を持っています。これについては、どこかで、直観的に理解できるような解説を行いたいと思います。 

という事で、LMM は実務で広く使われてきましたが、現在では、LMM を初期の形のまま使う事はありません。まず、市場のベンチマークとなっている Caps/Floors やヨーロピアン・スワップションでは、いわゆる Volatility Smile カーブが形成されており、市場価格に内包している予想確率分布は、対数正規分布からは相当ずれています。Smile Curve を表現するために、Local Volatility や Stochastic Volatility となる様な Volatility 関数形を使ったモデルが、数多く提示されています。さらにリーマンショック以降、主要通貨の超低金利あるいはマイナス金利が常態化しており、マイナス金利を許さない対数正規分布を仮定したモデルは、もはやそのままの形では使えません。マイナス金利下では、ガウス分布を仮定した LMM や Displaced log-normal となる Volatility 関数を持つ LMM を使う必要があります。 

さらには、今後 Libor そのものが無くなるので、確率変数となるフォワード金利を再定義する必要があります。新たな Risk Free 金利カーブから一定期間ごとのフォワード金利を抽出する方法が手っ取り早そうですが、それを参照金利とする Cap や Swaption などのオプション市場が形成されれば、LMM も自然とそれに倣うことになるでしょう。 

LMM については、それだけで 1 冊の本が出来るほど、多様で複雑なモデルです。そのすべてを解説するのは、自分の能力を超えるので、主要な部分についてのみ解説を進めたいと思います。ただその前に、先ほど述べた、SDE におけるドリフト項の調整ですが、それを導出するには、“測度変換の公式”(Brigo-Mercurio“Interest Rate Models”)を理解する必要があります。LMM の解説に入る前に、次のセクションで、その測度変換の公式の導出方法を解説します。 

 

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