基礎編 5. リスク量の計測
5.2 Sensitivities(感応度)の計測
5.2.3 非線形リスク
5.2.3.1 非線形リスクの計測方法
市場リスクファクターに対する非線形リスクは、オプションに典型的に表れるリスクで、その代表的なものが“ガンマ”と呼ばれるものです。ガンマは、オプション価格式において、確率変数となっている市場リスクファクターで2階微分した値になります。
多変数関数の全微分は、通常、各変数の一階偏微分の線形結合で表されます。限りなく小さな変数の変化に対する2階微分は、一回微分に比べて無視できる位小さくなり、式には出てきません。すなわち
\[ df(x,y,…,z)=\frac{\partial f()}{\partial x}dx+\frac{\partial f()}{\partial y}dy+,...,\frac{\partial f()}{\partial z}dz \]しかし、変数の中にブラウン運動に支配される確率変数が含まれると、こうなりません。ブラウン運動は、微小時間の間でも、あまりにも激しく変化するので、2階微分の項まで勘案する必要があるからです(そもそもブラウン運動は微分不可能なのですが、なのにどうやって微分を定義したかは、確率解析の専門書を参考にして下さい)。
具体的にBlack-Scholesの公式で説明します。その公式を導出する過程の中で、対象資産の確率過程の式から、それを原資産とするオプション価格式の微分を、伊藤のレンマを使って導出されましたが、それを再度下記します。
\[ dC(t,X(t))=\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial t} dt+\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial X(t)}dX(t)+\frac{1}{2}\sigma^2 X(t)^2 \frac{\partial^2 C(t,X(t))}{\partial X(t)^2} dt \]\(C(t, X(t))\) がオプション価格の式で、時間t と確率変数X(t) に依存します。その値の微小変化\(dC()\) を、各変数の偏微分の線形結合で表現すると右辺のようになり、第3項にX による2階偏微分の項が残ります。すなわち、オプション価格の市場リスクファクターに対する感応度を考える場合、2階微分の項も無視できないという事を示しています。
ここから具体的にガンマを求めるには、Black-Scholesの公式、すなわちヨーロピアンオプションの価格式を確率変数、すなわち対象資産の価格で2階微分します。すると下記式のようになります。
\[ Gamma_{BS-Model}=\frac{\partial^2 CallPrice_{BS-model}()}{\partial S^2}=\frac{N'(d_1)}{S Vol\sqrt{T}} \]他のオプションモデルでも、確率変数が1個だけ(Single Factor Model)で、価格式が解析的に求まるのであれば、その価格式を確率変数で2階微分すればガンマが求まります。数値解で価格計算をしている場合は、差分を2回計算するので、価格をずらしたポイントで3回計算する事で、基本的には求まるはずです。
5.2.3.2 非線形リスクのコントロール
さて、非線形リスクと言うからには、ガンマをリスクと認識している事になります。しかし、Black-Scholesの仮定は、ヨーロピアンオプションから発生するリスクは、対象資産のデルタヘッジ戦略を連続時間で継続する事で、線形リスクも非線形リスクも完全にヘッジ出来るというものです。もう少し正確に表現すると、連続時間のデルタヘッジで線形リスクであるデルタが相殺され、その間に発生するガンマリスクはセータと相殺されるというものです。
実際には、連続時間でデルタヘッジ戦略を継続する事は不可能です。セクション4.2で説明したデルタヘッジ戦略の事例では、1日1回それを繰り返すとどうなるかシミュレーションしたものです。その際に使ったデータへのリンクを再度張ります。 デルタヘッジ戦略 シミュレーション
日々のネット損益の数字をよく見て頂きたいのですが、株価の変化率が大きい日は、ネット損益が+ になり、変化率が小さい日は− になっています。もう少し正確に言えば、1日当たりの価格変化率が、概ね\(Implied Volatility\div \sqrt{250}\) より大きければ、ネット損益が+ で、小さければ− になります。これは、1日あたりのRealized VolatilityがImplied Volatilityより大きかったかどうかでネット損益が+か−になるという事を示しています。これが、現実に発生するガンマリスクになります。
リスクとは言っても、オプション期日までの間、激しく動く日や、殆ど動かない日が繰り返され、最終的に実現されたVolatilityが、モデルで予想したVolatilityと一致すれば、ガンマリスクは、オプションの時間価値とほぼ相殺される事になるでしょう。最終的な実現Volatilityと、当初の予想Volatilityの差から発生するリスクは、線形リスクの所で説明したベガリスクに相当します。日々発生するガンマリスクが累積したものがベガリスクになると言ってもいいかも知れません。
であれば、ベガリスクのコントロールに注力しておけば、ガンマリスクはあまり気にする必要は無いように思えます。シンプルなオプションであれば、概ねそれでいいと思います。