上級編 6. Libor Market Model
6.6 モンテカルロシミュレーション
6.6.7 リスク感応度(Greeks)の計測
6.6.7.3 Path-Wise Derivative法
6.6.7.3.3 例2 LMMを使って生成されたサンプル経路でPWDを使う方法(つづき)
5.LMMを離散化してサンプル経路を生成し、パラメータで微分
LMM の式を離散化し、対数オイラースキームを使って、\(\hat L_i^{(l)}(t)\) のシミュレーションを行い、サンプル経路を生成します。通常、MCS でデリバティブズ価格求める際に、既に生成されているはずであり、それをそのまま感応度の計算でも使えます。その離散スキームを使って t 時からみた t+h 時の Libor は、下記式で求まります。
\[ \hat L_i^{(l)}(t+h) ≈ \hat L_i^{(l)}(t) e^{\left(\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t))-\frac 1 2 ‖λ_i‖^2 \right)h+\sqrt{h} {\bf λ_i~z^{(l)}(t)}} \\ {\bf z ~ \sim N(0,1)}~~~ i=1,…,M,~~~l=1,…,n \tag{6.186} \]但し、\({\bf z^{(l)}}(t)\) は MCS で生成された標準正規乱数です。また、上付き文字の \((l)\) は、サンプルのインデックスを示します。この式の両辺を \(L_k(0)\) で微分すると
\[ \begin{align} \frac {∂\hat L_i^{(l)}(t+h)}{∂L_k(0)} & ≈ \frac {∂\hat L_i^{(l)}(t)}{∂L_k(0)} ~ \frac {\hat L_i^{(l)}(t+h)}{\hat L_i^{(l)}(t)} + \hat L_i^{(l)}(t+h) \sum_{q=k}^i \frac {∂\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t))}{∂L_q^{(l)}(t)} ~ \frac {∂L_q^{(l)}(t)}{∂L_k(0)} h \\ & \frac {∂L_i(0)}{∂L_k(0)}=I_{\{i=k\}} ~~~~~i=1,…,M \tag{6.187} \end{align} \]解析のプロセスは省略し、右辺に結果のみ示しています。ここでのポイントは、最終的に \(\frac {∂\hat L_q^{(l)}(T_q)}{∂L_k(0)}~あるいは~\frac {∂\hat L_M^{(l)}(T_M)}{∂L_k(0)}\) を求めるには、
・上式の離散近似された微分を、初期値 \(\frac {∂\hat L_q(0)}{∂L_k(0)}=I_{\{q=k\}}\) から、\(\frac {∂\hat L_q^{(l)}(h)}{∂L_k(0)},~\frac {∂\hat L_q^{(l)}(2h)}{∂L_k(0)},…\) と順番に \(T_q\) まで(あるいは \(T_M\) まで)再帰的に繰り返す必要がある事、
・そして、その為には、その都度、右辺の第2項にある \(\sum_{q=k}^i \frac {∂\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t))}{∂L_q^{(l)}(t)} ~ \frac {∂L_q^{(l)}(t)}{∂L_k(0)} h\) の計算が必要になるという事
です。 そうやって求めた、\(\frac {∂\hat L_q^{(l)}(T_q)}{∂L_k(0)}~および~\frac {∂\hat L_M^{(l)}(T_M)}{∂L_k(0)}\) を6.185式に代入すると、とてつもなく長い多項式になります。それぞれ MCS で生成されたサンプル値を使って導出は可能ですが、そのままでは計算負荷が大きくなって PWD を使う意味が見出せません。
6.近似値を使った計算負荷の軽減方法
そこで、Glasserman 本では、若干の精確性を犠牲にしますが、6.187 式の第2項にある、\(\sum_{q=k}^i \frac {∂\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t))}{∂L_q^{(l)}(t)} ~ \frac {∂L_q^{(l)}(t)}{∂L_k(0)} h\) を近似的に計算する方法が紹介されています。
そもそも、ドリフト項係数 \(\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t))\) は、アービトラージフリーの条件を満たすための Convexity 調整に相当し、その調整額は軽微です。(この Convexity 調整の意味については、Section 6.2.5 参照)。そこで、\(\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t))\) の引数になっている \({\bf L^{(l)}}(t)=\{L_{η(t)}(t),L_{η(t)+1}(t),…,L_i(t)\}\) を、t の関数とせず、t=0 の時の値に固定します。そうしても、全体の値に対する影響は軽微で、しかもそうする事によって大幅に計算負荷が軽減できます。すなわち、
\[ \hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(t)) ≈ \hat μ_i^{(l)} (t,{\bf L^{(l)}}(0)) = \sum_{j=η(t)}^i \left( \frac {δL_j(0)~{\bf λ_i(t)~λ_j (t)}}{1+δL_j(0)} \right) dt,~~~~i=1,…,M \] \[ \frac {∂\hat μ_i^{(l)}(t,{\bf L^{(l)}}(0))}{∂L_k(0)} = \frac {δ {\bf λ_i(t)~λ_k(t)}} {(1+δL_k(0))^2}~ I_{\{η(t) ≤ k ≤ i\}},~~~~\frac {∂L_i(0)}{∂L_k(0)}=I_{\{i=k\}} \tag{6.188} \]ここから、6.187 式は、下記式のように、大幅に簡略化できます。
\[ \frac {∂\hat L_i^{(l)}(t+h)}{∂L_k(0)} ≈ \frac {∂\hat L_i^{(l)}(t)}{∂L_k(0)}~ \frac {\hat L_i^{(l)}(t+h)}{\hat L_i^{(l)}(t)} + \hat L_i^{(l)}(t+h) \frac {δ {\bf λ_i(t)~λ_k (t)}}{(1+δL_k(0))^2}~I_{\{η(t)≤k≤i\}} \]この近似式に、初期値 \(\frac {∂L_i(0)}{∂L_k(0)} =I_{\{i=k\}}\) を与え、離散時間を h, 2h,… と再帰的に計算すれば、 6.185 式にある、\(\frac {∂\hat L_q^{(l)}(T_q)}{∂L_k(0)}\) および \(\frac {∂\hat L_M^{(l)}(T_M)}{∂L_k(0)}\) は、下記式のようになります。
\[ \begin{align} \frac {∂\hat L_q^{(l)}(T_q)}{∂L_k(0)} & ≈ \frac {\hat L_q^{(l)}(T_q)}{L_k(0)}I_{\{q=k\}} + \hat L_q^{(l)}(t) \sum_{r=0}^{η(T_q/h)-1} \frac {δ λ_q(rh) λ_k(rh)}{(1+δL_k(0))^2}I_{\{η(rh)≤k≤q\}} \\ \frac {∂\hat L_M^{(l)}(T_M)}{∂L_k(0)} & ≈ \frac {\hat L_M^{(l)}(T_M)}{L_k(0)} I_{\{M=k\}} + \hat L_M^{(l)}(T_M) \sum_{r=0}^{η(T_M/h)-1} \frac {δ λ_M(rh)~λ_k(rh)}{(1+δL_k(0))^2}I_{\{η(rh)≤k≤M\}} \tag{6.189} \end{align} \]さらに、これらの式の右辺第2項にある総和(Σの式)は、外生的に与えられる相関行列から計算され、従ってすべてのサンプル経路で同じ値になるので、あらかじめ計算しておけば、ここでも計算負荷は大幅に軽減されます。
7. サンプル経路ごとのPWDの計算式
以上を取りまとめると、6.185 式は下記式のようになり、MCSで得られたサンプル値からこの式を使って PWD を計算すれば、Caplet 価格の \(L_k(0)\) への感応度(デルタ)が求まり、かつ計算負荷は、有限差分商で求めるより、大幅に軽減されています。
\[ \begin{align} N(t_0) & \frac 1 n \sum_{l=1}^n \frac {∂}{∂θ_k} \left( \frac {payoff(T,{\bf θ},ω^{(l)})}{N(T,{\bf θ},ω^{(l)})} \right) \\ & = \small {N(t_0 ) \frac 1 n \sum_{l=1}^n \left( \frac {I_{\{\hat L_M^{(l)}(T_M)>K\}}}{N(T,θ,ω^{(l)})}~\frac {∂\hat L_M^{(l)}(T_M)}{∂L_k (0)} - \frac {payoff(T,{\bf L(T)},ω^{(l)})}{N(T,{\bf L(T)},ω^{(l)})} \sum_{q=k}^M \frac {δ}{1+δ\hat L_q^{(l)}(T_q)}~\frac {∂\hat L_q^{(l)}(T_q)}{∂L_k(0)} \right) } \\ & ~~但し \\ & \frac {∂\hat L_q^{(l)}(T_q)}{∂L_k(0)} ≈ \frac {\hat L_q^{(l)}(T_q)}{L_k(0)}I_{\{q=k\}} + \hat L_q^{(l)}(t) \sum_{r=0}^{η(T_q/h)-1} \frac {δ λ_q(rh) λ_k(rh)}{(1+δL_k(0))^2}I_{\{η(rh)≤k≤q\}} \\ & \frac {∂\hat L_M^{(l)}(T_M)}{∂L_k(0)} ≈ \frac {\hat L_M^{(l)}(T_M)}{L_k(0)} I_{\{M=k\}} + \hat L_M^{(l)}(T_M) \sum_{r=0}^{η(T_M/h)-1} \frac {δ λ_M(rh)~λ_k(rh)}{(1+δL_k(0))^2}I_{\{η(rh)≤k≤M\}} \end{align} \] \[\tag{6.190}\]非常に長くて、解りにくいかもしれませんが、それでも大幅に計算量は軽減されています。また計算に必要な値は、すべてMCSで生成されたサンプル経路から計算できます。これでPWDによる感応度の計算が完成です。
6.6.7.3.4 ガンマの計測
PWD法は、Digital Option のように、Payoff 関数が非連続の場合は使えない事については、既に述べました。それと同じ理由で、通常のオプションであっても、パラメータの2階微分に相当するガンマの計算にも使えません。ほとんどのオプションの Payoff 関数は、ストライクの両側で微分可能ではあるものの、微分された値は非連続になるので、PWD はうまくいきません。
ガンマは、有限差分近似で計測した場合でも、\(h^{-2}\) のオーダーで推定誤差が大きくなるので、あまりうまくいきません。これも、ストライクの両側で一階微分が非連続になる事によるものです。
では、MCS でガンマはどのように計算すればいいでしょうか? Glasserman本では、次に説明する Likelihood Ratio Method と、ここで説明した PWD 法を組み合わせて計算する方法が紹介されています。その方法については、次のセクションの後で説明します。