上級編 4  Short Rate Model (後編)

4.5  Affine Term Structure Model

4.5.1   はじめに

これまで、様々な Short Rate Model のグループの中から、最も基本的な1ファクターの Vasicek と Hull-White モデルについて解説しました(セクション4.3および4.4)。これらは、瞬間短期金利がガウス分布すると仮定したモデルなので、Gaussian Short Rate Model(GSR)と呼ばれています。 

次に、Affine Term Structure Models(“ATSM”)と呼ばれるShort Rate Modelのグループについて解説したいと思います。このモデルは、ガウス過程モデルと、平方根過程モデル(CIRモデル)の両方を包含し、かつその中間の確率過程を柔軟に取り込めるモデルです。またパラメータに対する制約をうまくかければ、瞬間短期金利がマイナスになる可能性を回避でき、かつゼロクーポン債価格(すなわち将来のイールドカーブ)が、解析的に求まるという点が優れていると言われています。
    1996年の Duffie-Kan の論文(“A yield factor model of interest rates”)がその嚆矢で、このモデル群は、アカデミクスの世界、特に計量経済学の世界では、非常に多くの研究論文が発表されているようです。一方で、金融実務の世界、特にデリバティブズの時価評価で使われているという話はあまり聞きません。理由はおそらく、モデルの表現力は Hull-White や CIR モデルよりは若干優れているものの、劇的に優れている訳ではなく、一方でパラメータが増えた分、Calibration が格段に複雑になり、非常に使いにくいからだと思います。また、解析のプロセスで使われている数学のテクニックが難解で、理解するのに苦労します。特にアカデミクスの方の論文は、できるだけ一般化、抽象化しようとするので、実務の人間からすると、金利や金融商品価格がどう変動するか具体的にイメージしづらく、非常に解りにくいと感じます。そもそも Affine という言葉も、一般には馴染みがない用語で、単に1次関数と呼べばいいように思うのですが、Affine という事で、数学的な何か特別な意味があるのか、自分には知見がありません。(数学の専門の方、ご存知であれば教えてください。1次の形の汎関数の場合にAffineと呼ぶのでしょうか?) さらに言えば、このモデルが登場した頃、LIBOR Market Modelが実務界に徐々に浸透して行き、Short Rate Model全般が、LIBOR Market Modelに取って替わられる過渡期にあった事も、理由のひとつかと思います。 

ここで、Affine Term Structure Model の一般的な形を示します。(ここでは、とりあえず1ファクターモデルを考えます) 

\[ dr(t)=k(t)(θ(t)-r(t))dt+σ(t) \sqrt {α+βr(t)} dW(t) \tag{5.1} \]

この式は、瞬間短期金利 \(r(t)\) が、微小時間の間に、
-\(θ(t) ~の中心回帰レベルへ、~ k(t)\)の強度で中心回帰し
-\(σ(t)^2 (α+βr(t))\) の割合で分散していく
拡散過程を取ると仮定したモデルです。
  ポイントは、ドリフト項の係数 \(k(t)(θ(t)-r(t))\) と、拡散項の係数の2乗、\(σ(t)^2 (α+βr(t))\) がいずれも、確率変数 \(r(t)\) のAffine関数(1次関数)になっている点です。それが故に、Affine Term Structure Model と呼ばれています。なぜ係数を Affine 関数にすると決めた(仮定した)のか、いくつか文献を探しましたが、明確な説明は見当たりませんでした。この点についての自分なりの解釈は、「要は、モデルの係数がこの形であれば、このモデルから導出される将来のゼロクーポン債価格や、分布を特定する特性関数が、解析的に求まる可能性が高いから」というのが理由か思います。普通、経済モデルのパラメータは、過去のデータや経済主体の行動特性を観察し、それらをうまく説明できるような関数形を推定していくものです。パラメータの関数形を、主に「解析解が求めやすいから」いう理由で決めるのは、経済モデルとしては、若干動機不純のように思います。金融工学で使われているモデルは、どれも若干その傾向はありますが、ATSM は特に気になります。 

では、係数パラメータをAffine関数にすると、なぜゼロクーポン債価格の解析解が求めやすくなるのでしょうか?  

ATSMでは、モデルの確率微分方程式から、伊藤の公式と、Arbitrage Freeの条件を使って、ゼロクーポン債価格式を未知関数とする、下記のような偏微分方程式が導出できます。 

\[ \frac{\partial u(r,t)}{\partial t}+k(t)(θ(t)-r(t)) \frac{\partial u(r,t)}{\partial x} + \frac 1 2 σ(t)^2 (α+βr(t))\frac {\partial^2 u(r,t)}{\partial x^2}=r(t) u(r,t) \tag{5.2} \]

\(u(r,t)\) が未知関数で、ゼロクーポン債価格式を表しています。この偏微分方程式の導出過程は後で説明しますが、Black-Scholes が株式オプション価格の偏微分方程式(Black-Scholes方程式)を導出したのと同じ手法を使います。この式の意味をおおまかに説明すると、左辺はリスクを完全にヘッジしたポートフォリオ全体 (ここではゼロクーポン債と、そのリスクヘッジ取引を合算したもの) の価値の微小時間後の変化で、それが右辺にある通り、リスクフリー金利でのリターンに一致するというものです。 

T 満期のゼロクーポン債価格は T 時には常に 1(額面の100%)なので、上の偏微分方程式に、終期条件として 

\[ u(r(T),T)=1 \]

が与えられ、これを使って偏微分方程式が解ければ(係数にかかるいくつかの条件を満たせば)、それがゼロクーポン債価格の解析解になります。(なぜそうなのかは、“寄り道:期待値演算の方法:ファインマン・カッツの公式を使う方法”をご覧下さい。) 

上の偏微分方程式をよくみて下さい。未知関数 \(u(r,t)\) の、rに対する一階偏微分項(左辺の第2項)の係数は、モデルのドリフト項係数であり、二階偏微分項(左辺の第3項)の係数は、拡散項係数の2乗になっています。ATSM では、これがいずれも、確率変数 r の Affine 関数(1次関数)になっています。ここがみそです。 

さて、ご存知の通り、偏微分方程式が解析的に解けるケースは、極めて限られています。しかし、例外的に解ける場合もあります。上記のような、1階微分と2階微分の項を持つ偏微分方程式の場合は、もし解けるとしたら、未知関数の関数形は次の様な形をしていると推定できます。 

\[ u(r,t,T)=e^{A(t,T)+B(t,T)r} \]

(但し T は、ゼロクーポン債の満期時で、終期条件が設定される時点)
これは、未知関数の関数形が、確率変数 r の Affine 関数(一次関数)を指数の肩に持つ、指数関数になっています。この関数形を、上記偏微分方程式に代入すると、すべての項が \(r(t)\) の一次関数と原関数の積の形(すなわち \( (C+Dr(t)) e^{A+Br(t)} \) という関数形)になり、係数をうまく調整すれば、方程式が解析的に解ける可能性が高まります。具体的にどうなるかは、後で ATSM からゼロクーポン債価格式を導出する過程で詳しく説明します。  

という事で、ATSM の説明に入りますが、実務であまり使われていない事もあり、シングルファクターの、ごく基本的なモデル形のみ説明します。また、ゼロクーポン債価格式の導出過程の説明を中心に説明し、オプション価格式の導出プロセスや、モデルパラメータの Calibration の説明は、後回しにしたいと思います。ゼロクーポン債価格式の導出過程だけでも、相当難解で、オプション価格式の導出プロセスは、さらに難解です。これについては、Local Volatility Model や Stochastic Volatility Model を説明した後に、機会があれば行いたいと思います。 

 

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