上級編 6.  Libor Market Model 

6.6   モンテカルロシミュレーション

6.6.6   アメリカンタイプのオプションへの対応

6.6.6.1     はじめに

もともとモンテカルロシミュレーションは、アメリカンタイプやバーミューダンタイプのオプションの価格評価には不向きで、それらは、有限差分法や、2 項モデル、3 項モデルなどの方法を使うべきとされてきました。しかし、LMM のようなマルチファクターモデルで、かつ扱う確率変数の数が最大で 80~160 にもなる場合は、逆に、有限差分法や 2 項モデルでは対応できません。格子の分岐数が幾何級数的に大きくなりすぎてメモリーの許容範囲を超えるからです。また、アジアンオプションや、ルックバックオプションのような、経路依存型の Payoff を持つデリバティブズ評価も、有限差分法などでは対応できず、MCS に頼らざるを得ません。 

そこで、MCS で、どうしてもアメリカンタイプのオプションに対応せざるを得ない場合にどうするかという問題が発生します。計算時間を気にしなくていいのであれば、ダイナミックプログラミングによる力づくの計算で、それらしい価格の導出は可能です。しかし実践では、計算時間がかかりすぎると使いものにならないので、計算時間を許容範囲内に納めなければなりません。その為に、計算時間を短縮化する様々な計算テクニックが考案されてきました。しかし、そういったテクニックの多くは、アルゴリズムを商品毎に工夫する必要があり、また使える商品も限定的でした。そういった中、2000 年頃に、Longstaff- Schwartz らによって、期限前行使日におけるオプションの価値を、適当な基底関数の線形結合で近似し、その係数パラメータを、最小2乗法を使って求める手法が提示されました(Longstaff- Schwartz はこれを"Least Square Monte-Carlo"(最小二乗モンテカルロ)と呼んでいます。)。このテクニックは、かなり広範な商品で使える事から、MCS を使ったアメリカンタイプのオプションの価格の評価では、この方法が主流となってきました。ここでは、Longstaff- Schwartzの方法も含め、それらのテクニックの中で主要なものを紹介いたいと思います。 

まず、アメリカンタイプやバーミューダンタイプのオプションの価格を求める際の基本的な考え方を示します。 

  • オプションの保有者は、期限前行使日において、オプション行使した場合に得られる価値(以下“行使価値”)と、行使せずにオプションを継続保有した場合に得られるキャッシュフローの期待値(以下“継続保有価値”)を比較し、より有利な方を選択するはずです。行使価値は、行使時の対象資産価格(確率変数)の値が決まれば、Payoffの条件から簡単に求まるものの、継続保有価値は、簡単には求まりません。
  • 継続保有価値は、ある行使日の特定の確率変数値(あるいはそこから導出される対象資産価格)が分かった時に、将来のオプション価値の条件付き期待値として求める事ができます。最終行使日では、オプション価値=行使価値なので、そこから時間軸を遡及しながら求める事ができそうです。有限差分法や2項モデル・3項モデルでは、各ノードから次のノードへの遷移確率が分っているので、条件付き期待値を簡単に求める事ができます。一方で、MCS の場合、各サンプル経路は、それぞれi.i.d.(独立同一分布)なサンプルとして生成されるので、遷移確率は簡単には求まらず、そのままでは期待値計算が出来ません。
  • それを、様々な工夫で何とか求める訳ですが、MCS によるアメリカンタイプのオプションの価格評価テクニックは、この継続保有価値をなんとか導出して、行使価値と継続保有価値を比較できるようにする方法と言えます。 

この考え方を数式で表す為、このセクションでは、以下のような表記を使います。 

  • 対象スワップの最終期日 : \(T_E\) (株や為替オプションであれば、この情報は不要)
  • オプションの行使日 : \(T_1,T_2,…,T_M\) (アメリカンであれば、無限個の点列になりますが、シミュレーションではすべてをカバーできないので、そこから選択された有限個の行使日を考えます。)
  • モデルが対象とする確率変数(ベクトル) : \(\bf x(t),~0 ≤ t ≤T_E \)
  • 各行使日における確率変数の値 : \(x(T_1),x(T_2),…,x(T_M) ≡x_1,x_2,…,x_M\)
  • 各行使日における行使価値(Payoff関数のニュメレールとの相対価格) : \(h_i(x_i ),i=1,…,M\)
  • 各行使日 \(T_i\) における継続保有価値(確率変数が \(x_i\) の時、将来のオプション価値をニュメレールで基準化した条件付き期待値) : \(c_i(x_i)=E(V_{i+1} (x_{i+1} )|x_i),~~i=1,…,M\)
  • 各行使日におけるオプション価値 \(V_i(x_i)\)

但し、\(h_i(x_i ),~c_i(x_i),~V_i(x_i)\) はすべてニュメレールで基準化された値とします。これは、各時点の価値を比較する際にDiscount Factorを介在させる必要がなくなり、表記を簡潔にする為です。また、期待値演算は、すべてそのニュメレールを基準とした確率測度で求めたものになります。 

そして先ほど述べたアメリカンタイプのオプションの価格を決める基本的な考え方を数式にすると、下記のようになります。 

\[ V_i(x_i)=\max \left(h_i(x_i),~c_i(x_i)\right) = \max⁡\left( h_i(x_i),~E[V_{i+1}(x_{i+1})|x_i] \right) \tag{6.126} \]

問題は、max 関数の中にある \(c_i(x_i)=E(V_{i+1}(x_{i+1})~|~x_i)\) の計算です。これから紹介するいくつかのテクニックは、それをサンプル経路上の、次の行使日におけるオプション価値の情報を使って、なんとか工夫して求めます。その主な方法は以下の通りです。 

  1. Random Tree Method : ダイナミックプログラミングの手法で力ずくの計算をします。具体的には、確率変数のサンプル経路を生成し、最初の行使期日に到達した時、その時点でのオプション価値は、上記の max 関数で求まりますが、その際、継続保有価値を別のシミュレーションで求めます(いわゆる、シミュレーション内シミュレーションを行います)。すなわち、そこをスタートとして、次の行使期日まで新たにサンプル経路を生成して次の行使日のオプション価値のサンプル平均を求めます。しかし、そこが最終行使日でなければ、その時点での継続保有価値は求まらないので、さらにそこからサンプル経路を生成します。これを、最終行使日まで繰り返します。最終行使日では、継続保有価値は 0 となり、オプション価値=行使価値(\(V_M (x_M)=h_M(x_M)\))になります。そこで今度はこれを使って、それまでシミュレーションされたサンプル経路を遡及しながら、\(V_i(x_i)=max \left(h_i(x_i),E[V_{i+1}(x_{i+1})~|~x_i ]\right),~~i=M-1,M-2,…,1\) を求めます、そして \(T_1\) に到達した時点で、\(V_1(x_1)\) のサンプル平均を求めれば、それがオプション価格になります。 
  2. パラメトリックな行使戦略 : パラメトリックな関数を使って、オプションの行使領域と継続保有領域の境界線を指定し、サンプル経路がそこに到達すれば、オプション行使を選択するもの。その境界線の関数形は、解析的には求まりませんが、heuristic に(オプションの商品性から行使境界線の形状を推定し、その形状に近い関数形を無理やり)パラメトリックな関数形で仮定します。具体的には行使価格からの距離などを使って、Deep In the Money の領域内で指定します。その上で、その関数のパラメータを、サンプル経路を使って、最適化問題を解く形で求めます。
  3. Stochastic-Mesh 法 : 各行使日において、サンプル生成された確率変数 x から、次の行使日における確率変数の集合への遷移確率が解析的に求まる場合(あるいは何等かの関数で近似できる場合)、それを使えば、次の行使日におけるすべての独立な経路上のオプション価値から、継続保有価値の条件付き期待値が導出できます。
  4. 最小2乗モンテカルロ法 : 継続保有価値を、複数の基底関数の線形結合で近似し、その基底関数の係数を最小2乗法で求める。

この他にも、様々なテクニックが紹介されていますが、上のリストが主なものであり、以下のセクションで少し詳しく解説したいと思います。 

 

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