上級編 3. 基本的な金利オプション

3.1   はじめに

< イールドカーブの確率変動を、どのように記述すればよいか? >

株式オプションや為替オプションと異なり、金利を対象資産とするオプションの価格を求めるのは、簡単ではありません。そもそも、価格(期待値)計算に必要な、金利の確率過程の構築が難しいのです。確率変数となる金利は、無限の点の集合としてイールドカーブを構成しており、各期間に対応するレート(点)が、互いに相関をもって動きます。その無限の点が辿る確率過程を、どのようなモデルで表現すればいいのでしょうか? 

私自身、数学の専門家ではありませんが、無限次元の確率変数ベクトルを取り扱う確率解析は、現代の数学でも十分発展していない分野だと推察します。イールドカーブの確率的挙動を、数学的にも実務的にも取り扱える範囲内で記述する為には、確率変数の数を有限にし、思い切って数個までに簡略化する必要があります。 

また、モデルの拡散項を規定するVolatilityは、金利の期間によって異なります。通常、観測される長期金利のVolatilityは、短期金利のVolatilityよりも低くなっています。しかし、極めて短期の金利Volatilityは、平常時は低いものの、中央銀行の金利政策の変更時には、一時的に急上昇する傾向を持っています。ドル金利で言えば、期間1~3年に対応する金利のVolatilityが一番高く、それより長期に向かって緩やかにVolatilityは低下し、またそれより短期の方向にも低下する傾向がみられます。限られた数の確率変数を使って、そういったVolatilityの期間構造も表現できるようなモデルを考える必要があります。 

さらに、金利の長期的な挙動は、中心回帰の傾向を持っています。もし、金利が市場で観測されるVolatilityの水準で一定のドリフトをしながら幾何ブラウン運動していくと仮定すると(Black-Scholesモデルがこれに該当します)、遠い将来の金利の分布において、金利が歴史的に経験した事のないような高い水準になる確率が、無視できない程大きくなってしまいます。モデルの構築にあたっては、この中心回帰のファクターをどう取り込むかについても考えなければなりません。 

要は、金利の無限次元ベクトルであるイールドカーブの挙動を、そのまま確率微分方程式として記述するのは不可能であり、モデルをかなり簡略化しないと、無理だという事です。また、そうやってモデル化したとしても、金利Volatilityの期間構造や、金利の確率過程の中心回帰の傾向などをモデルに取り込むと、解析解を導出するのは絶望的で、数値解でオプション価格を求めていく必要があります。しかし、それらのテクニックは難解です。また確率変数の数を相当少なくしないと、計算時間が許容範囲を越えてしまいます。 

< Term Structure モデル >

イールドカーブ全体の確率的挙動と、Volatilityの期間構造や中心回帰の特徴を、1~2個の確率変数で表現するモデルとして、Short Rate Modelの一群があります。このモデルは、瞬間短期金利という1変数(注:2変数モデルもあります)の確率過程から、イールドカーブ全体の確率的挙動を記述しようとするものです。また、金利の長期的な中心回帰の特徴も取り込んでいます。しかし、いくつかの致命的な欠点があり、現在では金利オプションの時価評価に使われる事は殆ど無いと思います。しかし、たった1個の確率変数で、イールドカーブ全体の確率的挙動を表現しようとしたアイデアは天才的だと思います。時価評価には使われませんが、使える商品群が広い事と、計算速度が比較的早い事から、CVAの計算などリスク管理目的で使われる事があるようです。 

一方で、イールドカーブを有限個のフォワードレートに分解して、それぞれが相関する確率的挙動をモデル化する方法があります。そういった方向性を具現化したものとして、現在、実務の世界で一般的に使われているモデルが、LIBOR Market Modelです。1990年代に論文が発表され、その頃にこのモデルの主要な骨格が固まったと推察されますが、その後さまざまなバリエーションが紹介され、改良は現在でも進行中です。 

LIBOR Market Modelは、複数のフォワード金利の挙動を、相関する幾何ブラウン運動として記述するものです。相関行列の記述方法や、Volatilityの期間構造の記述方法、さらにVolatility SmileやSkewを取り込むか否か、など様々なバリエーションがあります。Blackモデルとの親和性が高い事から、実務で広く取り入れられていますが、価格計算にはMonte Carloシミュレーションなどの数値解導出のアルゴリズムを使うので、非常に時間がかかります。 

< Black Model >

Term Structureモデルについては、後々のChapterで紹介しようと考えていますが、シンプルなヨーロピアンオプションでは、Black Modelが広く使われています。このセクションでは、まず、このBlack Modelについて解説したいと思います。 

このモデルは、Black-Scholes Modelが世に出た後、それを、先物を対象資産とするオプションに援用する為、1976年に発表されました(Fischer Black, ”The Pricing of Commodity Contracts”)。論文名にある通り、もともと商品先物のオプション用に登場したモデルですが、個々の金利オプションの対象資産(フォワードLIBOR金利や、フォワードスワップ金利)を、金利の期間構造を考えずに、独立した1個の確率変数と見做す事で、ヨーロピアンタイプのシンプルな金利オプションにも応用できます。 

Black Modelが発表された後、1979年から80年にかけて第2次オイルショックが発生し、世界中で激しいインフレが進行しました。米国では、インフレを抑える為、強烈な金融引き締め政策が取られ、FFレートが20%を超えるなど、金利が急上昇しました。1980年代半ばになるとインフレが収まり、FF金利が10%以下に低下してきました。すると、金利の再上昇リスクをヘッジしたい金融機関から、金利オプション購入のニーズが強くなり、いわゆるCAP取引が活発化しました。(CAP取引がいつ頃から始まったのか詳しく知りませんが、私がデリバティブズ業務でのキャリアをスタートした1985年頃、すでにブローカーによりCAP価格がQuoteされていました。またCAP付きのFloating Rate Noteもその頃登場しました。) 

CAPは、ストライクレートが同一のCapletの集合ですが、各Capletは独立で、他のCapletの行使の影響を受けません。従って、個々のCaplet価格はBlack Modelを使って計算できます。Black-Scholes Modelが、株式オプションや為替オプション市場の拡大に寄与したのと同様、Black Modelも金利オプション市場拡大に大きく寄与しました。なぜなら、市場価格が不透明なOTC商品についても、価格モデルにより、ある程度客観的な価格とリスク感応度が計算できるので、証券会社が在庫を持ちやすくなるからです。すると流動性が高まり、投資家も取引しやすくなります。 

その後現在に至るまで、シンプルなCAPやSwaptionの価格計算ではBlack Modelが、プロトタイプとして使われています。より複雑なモデルを使う場合でも、モデルのパラメータを、市場価格からBlack Modelを逆算して導出されるImplied Volatilityを使ってCalibrationするのが一般的です。 

一方で、Black Modelは、Black-Scholes Modelの援用として確率変数が幾何ブラウン運動すると仮定している事から、上記で述べた、Volatilityの期間構造や、金利変動の中心回帰傾向を取り込めていません。従って、バーミューダオプションのように、オプション行使日が複数あり、対象資産となる金利が複数の期間にまたがる場合には、オプション行使の判断が、金利とVolatilityの期間構造に依存する為、使えません。また、Black ModelをCAPとSwaptionの双方で使う場合、期間毎のフォワード金利の確率変動の間で非整合が起こります。 

 

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