上級編 4.  Short Rate Models (後編) 

4.6  対数正規 Short Rate Model

4.6.3   対数正規モデルの問題点

Black-Karasinski モデルのような、瞬間短期金利の拡散過程を、連続時間で幾何ブラウン運動すると仮定したモデルでは、r(t) の一定期間後の確率分布が、対数正規分布になります。これら Model の共通する問題は、そこから導出されるフォワード金利の期待値が ∞ に発散してしまう事です。期待値に限らず、すべての正のモーメント(積率)が発散してしまいます。すなわち 

\[ E(e^{cX})=∞.~~~ where~~~c<0~~and~~dX(t)=b(t)e^{ar(t)} \tag{6.8} \]

となります。この式の左辺は、確率変数 X の積率母関数になっています( c がモーメント(積率))。X は、例えば、対数正規モデルから導出されるフォワード LIBOR 金利などが該当します。Short Rate Model では、フォワード LIBOR 金利は下記のような式で求まるのでした。 

\[ L(0,t,T)=E \left( e^{∫_t^T r(u)du} \right) \]

この式を、上記の積率母関数の式に代入すると、 

\[ E\left(e^{c~L(0,t,T)} \right)=E\left(e^{ c~e^{∫_t^T r(u)du} } \right) \]

となりますが、一般的にガウス分布する確率変数の指数関数の指数関数となる積率母関数は発散します。この結果は、現実の市場の動きからみた直感とは相いれません。 

この問題は、確率論の中で、無限小の時間内で無限大の試行回数を許容した場合に起こる数学的な帰結で、実務で使う場合にはあまり気にする必要は無いかと思います。例えば、ルーレットの赤黒に倍賭けの取引戦略(勝つまで、賭け金を倍々にしていく戦略。これをマルチンゲールと言うそうです)を取った場合、賭け金と、賭ける回数に全く制約が無ければ、この戦略で勝つ確率は1に収束します。資産価格付けの基本定理においても、Arbitrage Freeの条件としての Self-Financing Trading Strategy は、無限小時間の無限回の取引に何の制約もかけないと、期待値無限大の取引戦略が構築可能になってしまいます。いずれの場合も、実際には何等かの停止条件(制約)を付けて、その可能性を排除して理論が組み立てられています。 

対数正規モデルのこの問題についても同様に、若干定義を変えるだけで(それでも経済実態上なんら問題なく)解決可能であり、深刻に考える必要は無いと思います。そもそも、モデルからゼロクーポン債価格やオプション価格を導出する際、解析解は求まらないので、数値解を求める事になりますが、その為に確率変数の動きを離散時間で考えると、この問題は直ちに解消します。 

 

この問題に関しては、Sandmann-Sondermann により、r(t) を、連続複利ではなく、単純複利しかできないという制約をかける事により、数学的に解決する方法が提示されています(“A Note on the stability of lognormal interest rate models” 1997)。 Andersen-Piterbarg の本で、それが紹介されているので、その内容を簡単に解説します。 

まず、一定の期間 δ 後にしか再投資できない、すなわち単純複利の(瞬間)短期金利を \(r_d (t)\) と定義し、それが幾何ブラウン運動の確率過程を取ると仮定します。(一定期間後の \(r_d (t)\) の分布は、対数正規分布となる) この \(r_d(t)\) は、次の式を使えば、連続複利の瞬間短期金利に換算できます。 

\[ e^{r(t)δ}=1+r_d(t)δ~~~ → ~~~ r(t)=\frac 1 δ \ln (1+r_d(t)δ) ~~~~ 但し~~δ>0 \tag{6.9} \]

すると、\(r_d(t)\) から導出されるフォワード LOBOR の期待値は有界となり、したがってそれを換算した r(t) の積分の期待値も有界になります。式で表すと、 

\[ E_t \left(L(T,T+τ)\right) < ∞ \tag{6.10} \] \[ E_t \left( e^{∫_T^{T+τ} r(u)du} \right) < ∞ \tag{6.11} \]

証明 : 

6.11式中の、連続複利の瞬間短期金利の積分 \(\int_T^{T+τ} r(u)du \) を、6.9 式を使って、単純複利の短期金利 \(r_d(t)\) の積分に変換すると、下記式が導出できます。 

\[ ∫_T^{T+τ} r(u)du =\frac 1 δ ∫_T^{T+τ} \ln (1+r_d(u)δ)du = \frac 1 δ ∫_T^{T+τ} \frac 1 τ \ln ((1+r_d(u)δ)^τ)du \]

この式の右辺の被積分関数 \( \ln ((1+r_d(u )δ)^τ)\) は Concave Function(凹関数)なので、下記のジェンセンの不等式が成立します。 

\[ \frac 1 δ \ln \left[∫_T^{T+τ} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^τ du \right] ≥ \frac 1 δ ∫_T^{T+τ} \frac 1 τ \ln ((1+r_d(u)δ)^τ)du \tag{6.12} \]

この大小関係を使って、フォワード LIBOR の期待値が発散しない事が証明できます。 まず、6.11 式を、6.9 式を使って書き換えると、 

\[ \begin{align} E_t \left(e^{∫_T^{T+τ} r(u)du} \right)=E_t \left[\exp \left( \frac 1 δ ∫_T^{T+τ} \frac 1 τ \ln ((1+r_d(u)δ)^τ)du \right) \right] & ≤ E_t \left[ \exp⁡\left(\frac 1 δ \ln⁡\left(∫_T^{T+τ} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^τ du\right) \right) \right] \\ & =E_t \left[\left(∫_T^{T+τ} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^τ du\right)^{1/δ} \right] \tag{6.13} \end{align} \]

となります。ここから、\(0< δ< 1\) の場合と、\(1 ≤ δ\)の場合に分けて考えます。 

まず、\(0< δ< 1\) の場合 6.13 式の右辺の期待値演算の中は \(1/δ> 1\) なので凸関数になり、ジェンセンの不等式により 

\[ E_t \left[\left(∫_T^{T+τ} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^τ du \right)^{1/δ} \right] ≤ E_t \left[\left(∫_T^{T+τ} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^{τ/δ} du \right)\right] \tag{6.14} \]

の関係が成立します。右辺の被積分関数は、対数正規分布する確率変数の(有限階の)べき乗の関数であり、その期待値は有界です。 

次に \(1≤δ\) の場合、\(1/δ < 1\) となり、6.13 式の右辺の期待値演算の中は凹関数になります。すると、ジェンセンの不等式により 

\[ E_t \left[\left(∫_T^{T+τ)} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^τ du \right)^{1/δ}\right] ≤ \left[ E_t \left[∫_T^{T+τ} \frac 1 τ (1+r_d(u)δ)^τ du \right] \right]^{1/δ} \tag{6.15} \]

の関係が成立します。これも右辺の被積分関数が有限階のべき乗の関数なので、期待値は発散しません。最終的に、6.14 と6.15 から 

\[ E_t \left(e^{∫_T^{T+τ} r(u)du} \right) < ∞ \tag{6.11} \]

となり6.11 式が導けます。ます。6.11 式と 6.10 式は同値なので、瞬間フォワード金利の期待値も有界になります。 

 

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