上級編 7.  Local Volatility Model とStochastic Volatility Model 

7.3  Stochastic Volatility Model 

7.3.3  SABR Model  

7.3.3.1   モデル

実務でよく使われる、Local Volatility Model と Stochastic Volatility Model の組み合わせとして、SABR モデルがあります。SABR モデルは次のような SDE で表現されます。 

\[ \begin{align} & dS(t)=α(t)~S(t)^β~ dW(t) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\\ & dα(t)=ν~α(t)~dZ(t) \\ & ~~~但し~~~~~ α(0)=α_0, ~~~~~ \langle dW(t),dZ(t)\rangle =ρ~dt \tag{7.68} \end{align} \]

SABR の名前は、Stochastic Alpha Beta Rho の略であり、パラメータとして使われている α、β、ρ を文字って、付けられたものです。発音は、セイバー “séɪbə” でsaber (洋剣、サーベル)と同じです。Volatility Smil e曲線をサーベルの曲線になぞらえて、こじつけられたものと推察します。(“Managing Smile Risk”, Hagan, Kumar, Lesniewski, Woodward) 

このモデルは、\(S(t)\) の SDE(7.68式)の拡散項係数が Local Volatility Model の一種である CEV モデルの形をしています。一方、Stochastic Volatility ファクターである \(α(t)\) の SDE は、ドリフトの無い、幾何ブラウン運動の形を取っています。従って、Volatility \(α(t)\) が 0 に到達する確率は 0 です(Hestonモデルでは、パラメータの条件次第では 0 に到達する可能性がありました)。なぜそのような形を取るかについては、実際の市場価格の分布や Volatility で検証して決めた訳ではなく、この形なら何とか解析的近似解が求まるという点と、ベンチマークとなるオプション価格 skew と smile カーブに対し、うまくフィットさせる事が出来るという点から、決められたのだと思います。従って、他の Local Volatility Model や Stochastic Volatility Model と同様、モデルの予測性能は高くありません。ここでいうモデルの予測性能は、前にも述べましたが、将来の価格が上がるか下がるか、あるいはその期待値の予測ではなく、確率変数の分布の形状の予測のことです。、 

このモデルを提示した上記論文では、ヨーロピアンオプション価格を、特異摂動法(singular perturbation method)を使って、かなり精度の高い漸近展開式の形で導出しています。さらに、価格のみならず、モデルから Black Volatility のカーブが、同様に漸近展開式で導出されています。それにより、市場のベンチマーク商品の Volatility Smile カーブへの Calibration が容易かつ高速で行え、また Smile カーブの Interpolation や Extrapolation も簡単に行えます。そのことから、実務で広く使われるようになりました。一方で、skew の傾きを調整する β や ρ、さらに smileカーブの曲率を調整する ν などのパラメータは、すべて定数と仮定しています。これらを時間に依存する関数にすれば、skew や smile カーブの時間経過による形状変化を表現できますが、市場価格へのフィットが悪くなり、実務では敬遠されています。従って、実務では、オプションの期間ごとに独立して、それらのパラメータをCalibrationするのが一般的です。 

先ほど述べたように、予測性能が低いので、モデルから導出されるデルタやベガを、そのまま使うとヘッジが、なかなかうまくいきません。また、Deep out of the Money や Deep in the Money の領域への Extrapolation も、しばしば非合理な値を導出する傾向があります。そういった理由から、このモデルは、時価評価に使われず、Volatility Smile カーブの Interpolation だけの為に使われるケースが多いと思います。 

 

7.3.3.2   モデルパラメータの役割

7.68式のモデルの、各パラメータが、Volatility Smile/Skewカーブを描く際に、どのような役割を果たすかについて、簡単に解説します。 

  • Stochastic Volatility である \(α(t)\) は、ドリフトの無い、幾何ブラウン運動をすると仮定されており、\(α(t)\) が 0 に到達する確率は 0 です。
  • \(α(t)\) は、Volatility の絶対水準を決めると同時に、それが確率変動することにより、Black Volatility カーブが smile の形を形成します。\(α(t)\) の拡散項係数である \(ν\) は、その smile の曲率をコントロールします。\(ν\) が大きければ、smile カーブの曲率は大きくなり、分布の裾野が(対数)正規分布対比、広くなります。
  • \(α(t)\) の SDE は、Heston モデルのように中心回帰するドリフト項が無いため、Smile の形状は、時間経過にかかわらず一定です。ただ、SABR パラメータは、通常、ひとつのオプション期日に対してのみ Calibration され、オプション期日が異なる場合は、Calibrationし直して、別のパラメータを使う事になります。
  • \(β\)は、CEV モデルと同様に、skew の傾きを調整します。\(β\) は、通常 \(0\lt β\lt 1\) の範囲で使われます。\(β=0\) であれば、S は正規分布の分布形状に近くなり、一方 \(β=1\) であれば対数正規分布の形状に近くなります。β=1でBlack (Implied )Volatilityカーブの傾きは、ATMでフラットになります(smileの要素のみになる)。\(β\) が 0 に近づくにつれ、右下がりの勾配がきつくなっていきます。\(β \gt 1\) にすると、smileの形状も表現できますが、その役割は Stochastic Volatility である \(α\) の、Vol-Volの強さ(\(ν\))に任されており、実務で \(β \gt 1\) の範囲で使われる事は、まずありません。
  • Volatility Skew の傾きは、相関係数\(ρ\)でも調整できます。\(ρ\) がマイナスであれば、右下がりの形状になり、\(ρ\) がプラスなら、右上がりの skew が表現できます。右上がりが表現できるので、skew の表現力としては、\(β\) よりも優れていると言えます。実務では、\(β\) あるいは \(ρ\) のいずれか一方を固定し、固定されてない方のパラメータを調整して市場価格にCalibrationしますが、\(β\) を固定して \(ρ\) で Skew を調整する方が、多いのではないかと推察します。

 

7.3.3.3   ヨーロピアンオプション価格と Implied Black Volatility カーブの導出

Hagan らの文献では、7.68式のモデルから、オプション価格式を解とする2階の偏微分方程式を導出し、その解(すなわちオプション価格式)を、特異摂動法を使って、オプション期間 T=0 回りでの漸近展開式の形で導出しています。さらに、オプション価のみならず、Black Implied Volatility 関数を、同様のテクニックを使い、漸近展開式の形で導出しています。 

(注:Haganらの文献では、数学的に若干厳密でない部分があり、後で、Berestycki,Buska, Florent” Computing the Implied Volatility in Stochastic Volatility Models” やObloj “Finetune Your Smile”らによって、より精緻な漸近展開式が導出されています。また、筬島靖文氏は、マリアバン解析のテクニックを使い(Section 7.2.5.2および7.2.5.3で解説した、Small Noise Expansion と同様の方法で、Tの回りではなく、拡散項係数に掛けられたSmall Noise ε = 0 の回りで、同様に精緻な漸近展開式を導出しています 。”The Asymptotic expansion formula of implied volatility for dynamic SABR model and FX hybrid model” ) 

ここでは、解析のプロセスの説明は省略します。かなり難解で、私にそれを説明する能力はありません。興味のある方は、上記文献を参照下さい。 

最終的に、SABR モデルによる Implied Black Volatility カーブは、下記のような、オプション期間 T=0 回りの漸近展開式で表現できます。(注:式は、Hagan et alの文献によらず、その後修正された式になります。式は、Andersen-Piterbarg本から引用していますが、その元は上記で紹介したOblojの文献によるものです。) 

すなわち、パラメータ \(β、ρ、ν\) が Calibration により得られ、現時点のスポット価格 \(S_0\) とオプション期間 T が与えられた場合、Implied Black Volatility は、ストライク K の関数として、下記のようなTに対する1次の項までの漸近展開式で導出できます。 \[ \begin{align} & σ_{Black}(S_0,α_0,β,ρ,ν,T~;~K)=I_0 \left[1+T I_1 \right]+ \mathcal O (T^2) \\ & ~~~ \\ & 但し~~~~~I_0=- \frac {ν \ln(K/S_0)}{\ln \left(\frac {\sqrt {1-2ρq+q^2}+q-ρ}{(1-ρ)} \right)}, ~~~~~ q= \frac {ν}{α_0} \frac {S_0^{1-β}-K^{1-β}}{1-β} \\ &~~~~~~~~~~~~~~~I_1=\frac {1}{24} \frac {(β-1)^2 α_0^2}{(S_0~K)^{1-β}} + \frac 1 4 \frac {ρνα_0 β}{(S_o K)^{(1-β)/2}} + \frac {2-3ρ^2}{24} ν^2 \tag{7.69} \end{align} \] 

オプション価格そのものも、別の漸近展開式で得られますが、この式で得られた、Black Volatility を、Black Model によるオプション価格式に代入すれば、オプション価格も簡単に求まります。むしろ、こちらの式の方が何かと便利です。7.69式は、T の 1次のべき乗までの展開式ですが、かなり精確な展開式になっています。Tの 2乗の項の係数 \(I_2\) を求める事も可能ですが、相当煩雑な解析プロセスを取り、複雑な式になる上、精度の向上はそれ程見込めないので、あまり使われていないようです。 

最後に、SABR モデルの注意点ですが、上記の Black Volatility カーブは、ストライク価格が 0 に近くなると、Implied Volatility がマイナスになる場合があるなど、不整合をきたします。SABR に限らず、Local Volatility Model や Stochastic Volatility Model から導出されるBlack Volatility カーブは、Extrapolation された Deep out of the Money や Deep in the Money の領域でのオプション価格は、Implied Black Volatilityが極端に高くなったり、低くなったりして、得てして非合理な値になりがちで、注意が必要です。 

 

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