上級編 7.  Local Volatility Model とStochastic Volatility Model 

7.3  Stochastic Volatility Model

7.3.2    Displaced Log-normal Heston Model

7.3.2.1   モデル

冒頭で紹介した、実務でよく使われる、Local Volatility Model と Stochastic Volatility Model を組み合わせたモデルの内、Displaced Log-normal Heston("DLN-H")モデルを解説します。このモデルは、対象資産の確率過程が、下記のようなStochastic Differential Equation (“SDE”)で表現されます。 

\[ \begin{align} & dS(t) =λ~(bS(t)+(1-b)L) \sqrt {z(t)}~ dW(t) \\ & ~但し~~~~~ S(0)=S_0,~~~~λ,b,L \gt 0 \tag{7.40} \end{align} \]

式の拡散項係数にある skew 関数は、Section 7.2.3.2 で紹介した、Displaced Log-normal(”DLN”)モデルの形をしています。(パラメータの記号が若干異なりますが、同じ関数形です)さらに、拡散項係数に、確率的挙動を取る(stochasticな動きをする) z(t)の平方根が掛けられており、Stochastic Volatility Modelの要素も備えています。 

その z(t) の SDE は、初期値が 1 で、その初期値に θ の強度で中心回帰すると仮定します。また、その拡散項係数は、\(\eta \sqrt {z(t)}\) とし、平方根過程を取ると仮定します。さらに、7.40式のS(t)を駆動しているブラウン運動 dW(t)と、下記式の z(t)を駆動しているブラウン運動 dZ(t)は ρ の相関を持つと仮定します。すると、次のような SDE の形で表現されます。 

\[ \begin{align} & dz(t)=θ(z_0-z(t))dt+η \sqrt {z(t)} dZ(t) \\ & ~ 但し~~~~~ z_0=1, ~~~~~ \langle dZ(t),dW(t) \rangle=ρ~dt ~~~~~θ,η \gt 0 \tag{7.41} \end{align} \]

この式では、z(t)は、(瞬間)分散値の確率変動を記述しているので、Stochastic VolatilityというよりStochastic Variance過程と言った方がいいかも知れません。ただ実務では、このような形も含めてStochastic Volatility Model と呼んでいます。 

7.40 式で b=1 とすれば、7.40 と 7.41式は、いわゆる Heston Model(”A closed-form solution for options with stochastic volatility …” L. Heston)に相当します。従って、このモデルを、Displaced Log-normal Heston Model(“DLN-H”)と呼んでもいいでしょう。 

なぜ、このような関数形を選択したかについては、市場価格の実際の変動性を観察・分析して導いた訳ではなく、Tractability(解析の容易さ)と、ベンチマークとなるオプション価格へのフィッティングの容易さから、モデル開発者の裁量で選択されたものです。従って、Local Volatility Model と Stochastic Volatility Model 全般に言える事ですが、モデルの予測性能は高くありません。ただ、もっと予測性能の高いモデルが存在するのかというと、将来の skew や fat tail の形状を予想する事自体が非常に難しいので、そのようなものは今の所ありません。 

 

7.3.2.2   モデルパラメータの役割

まず、dS(t)の式(7.40式)を見てみましょう。これは既に説明した通り、Displaced Log-normal Model(“DLN”)の形を取りながら、かつ拡散項係数に、Stochastic なパラメータ \(\sqrt {z(t)}\) が含まれています。これにより、このモデルから描かれる Volatility カーブは、skew のみならず、smile も表現できます。 

拡散項係数にある b は、skew カーブの傾きを調整します。b=1 で、Log-Normal モデルと同じになり S(t)は対数正規分布します。そこから b を小さくして 0 に近づけると、S(t)の分布は次第にガウス分布に近づき、b=0 でガウス分布になります。従って b=1 では、Log-Normal モデルと同じになるので skew は発生せず、b を小さくしていくにつれ右下がりの skew が発生します。また、S(t)の下限は \(\frac {-(1-b)}{b} L\) になります。従って L>0 であれば、下限はマイナスになりマイナス金利にも対応可能です。さらに b=0 とすればガウスモデルと同様、下限は-∞になります。金利オプションの世界で観測される Volatility skew は、左肩上がりで、金利が 0 に近づくにつれ上昇し、かつ急勾配になっていきます。それが、シフトパラメータ L により、下限がマイナス方向にシフトされれば、ATM レベルでの勾配が緩くなります。 

λ は、式から分かる通り、Volatility の水準を調整するパラメータになります。そして、その水準自体が確率変動するファクター \(\sqrt {z(t)}\) を掛ける事によって、ランダムに変動する事になります。その結果、S(t)の分布の尖度(4次のモーメント)が大きくなり、(対数)正規分布対比で、分布の裾野が広がります。分布の裾野が広がると、Volatility smile カーブが形成されます。 

その z(t) の拡散過程を記述する式ですが、上式では、中心回帰する Square Root Process(CIR(Cox Ingersoll Ross)過程と同じ形)になっています。CIR モデルについては、Short Rate Model の所で、若干触れています。その拡散項係数にあるηは、Volatility(Variance) の Volatility と呼ばれており、実務ではよく Vol-Vol という呼び方をします。η を大きくすると、S(t)の分布の尖度が強くなり、Volatility Smile カーブの曲率が大きくなります。また、θ は中心回帰強度に相当し、z(t)を初期値 \(z_0\) に近づける強度をコントロールします。z(t) が中心回帰するので、時間の経過とともに、Vol-Vol は安定し、尖度が小さくなっていきます。これにより、Smileカーブの曲率は時間経過とともに、緩やかになっていきます。 

 

7.3.2.3   数学的な性質

さて、これから、7.40、7.41 式の Displaced Log-normal Heston Model から、オプションPayoff の期待値を導出したいのですが、その前に、このモデルの数学的性質を、簡単に解説しておきます。数学的には、そもそもこの SDE から解が一意に導出できるのか(S(t)が発散してしまうようだと、解は導出できません)などを証明する必要があるでしょう。残念ながら、その説明能力は持ち合わせておらず、モデルが世に出た時点で、そのモデルの提唱者がその辺は既に証明しているはずとの前提のもと、それらの数学的証明の結論だけ述べておきます。 

まず Stochastic Variance のz(t)から 

  • dz(t)の SDE は一意の解を持つ。
  • z(t) がマイナスになる事はないが、0 に到達する可能性はある。その場合、瞬時に反発し、再びプラスの領域に戻る。
  • さらに、Feller条件(\(2z_0θ \geq η^2\): 中心回帰レベルと強度の積が、Vol-Vol の(瞬間)分散より大きい。すなわち、Volatility 対比、中心回帰の力が一定以上強いという条件)を満たせば、0 に到達する事はない。
  • 7.41式の解となる z(t)は非心カイ2乗分布する。(CIRモデルと同じ)
  • 非心カイ2乗分布の累積分布関数は次式で与えられる。 \[ \begin{align} & Υ(z;~ ν,γ)=e^{-γ/2} ∑_{j=0}^∞ \frac {(γ/2)^2}{j!~2^{(ν/2+j)}~ Γ(\frac ν 2 +j)} ∫_0^z y^{(ν/2+j-1)} e^{-y/2} dy \\ & 但し~~~~~ Υ(z~;~ ν,γ)=(確率変数~;~ 自由度、非心パラメータ) \end{align} \]
  • これを使って、z の遷移確率分布関数(条件付き確率分布関数)が下記のように記述できる \[ \begin{align} & P(z(T) \lt x │z(t) )=Υ(\frac {x~n(t,T)}{e^{-θ(T-t)}}~ ;~d,z(t)n(t,T)), \\ & ~~~但し、~~自由度~:~d=\frac {4θz_0}{η^2} \\ & ~~~~~~ \frac {非心パラメータ}{z(t)} ≜ n(t,T)=\frac {4θe^{-θ(T-t)}}{η^2 (1-e^{-θ(T-t)})}=d \frac {e^{-θ(T-t)}}{(1-e^{-θ(T-t)})} \tag{7.42} \end{align} \]
  • 非心カイ 2乗分布の性質から、z(t)の条件付き期待値と、条件付き分散の式も下記のように求まる。 \[ E(z(T)│z(t))=z_0+(z(t)-z_0 ) e^{-θ(T-t)}, ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \tag{7.43} \] \[ Var(z(T)│z(t))=η^2 \frac {z(t)e^{-θ(T-t)}}{θ} \left(1-e^{-θ(T-t)}\right) + η^2 \frac {z_0}{2θ} \left(1-e^{-θ(T-t)}\right)^2, \tag{7.44} \] → 条件付き期待値と条件付き分散が分かれば、MCS や有限差分法で有用。
  • z(t)は、中心回帰するので、無限遠での分布は定常状態になり、ガンマ分布に分布収束する。ガンマ分布の確率密度関数は下記のようになる。 \[ π(z)=\frac {z^{α-1}e^{-βz}}{Γ(α)β^{-α}}~~~~~~~ 但し~~~ 形状母数:= α= \frac {2θ}{η^2} z_0,~~~~~尺度母数:= β=\frac {2θ}{η^2} \]
  • 定常状態での平均と分散は下記のようになる \[ ∫_0^∞ z~π(z)~dz=\frac α β=z_0,~~~~~~ ∫_0^∞ (z-z_0)^2 π(z)~dz= \frac {α}{β^2} =\frac {z_0 η^2}{2θ}, \tag{7.45} \]

次にdS(t)の 7.40式について 

  • 通常、Stochastic Volatility モデルでは、S(t)が必ずしも Martingale にならないが、7.40式のモデルでは Martingale 性が維持されている。
    証明→ “Moment Explosions in Stochastic Volatility Models” Andersen Piterbarg 2007論文
  • dS(t)はマルチンゲールであっても、一定の条件下で高次のモーメントが発散する可能性がある。モデルは、発散しない条件下で使わなければならない。(上記論文参照)
  • 7.40式 7.41式の SDE は、explicitly に積分できる。

 

目次

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