上級編 2. オプション評価法とArbitrage Pricing Theory

2.2 資産価格付けの基本定理
     Fundamental Theory of Asset Pricing (Arbitrage Pricing Theory)

2.2.1 はじめに

オプションの価格式をこれまで、 

\[ オプション価格 = \sum_{\Omega }Payoff(\omega )\times Probability(\omega )\times DiscountFactor(r(t,\omega ))dω \]

という式で表現してきました。これをリスク中立測度評価法に従い、上級編らしく書き直すと下記のようになります。 

\[ オプション価格 =V(t,\boldsymbol S(t)) = D(t) E^Q \left( \frac{Payoff \left( T, \boldsymbol S(T) \right) }{D(T)} \mid F_t \right) \] 但し、
  • \({\bf S}(t):\) ブラウン運動により生成される確率空間 \( (\Omega ,{\scr F},P)\) 上の確率変数で、\( d{\bf S}=\boldsymbol \mu (t,{\bf S},,,)dt + \boldsymbol \sigma (t,{\bf S},,,)d\boldsymbol W \) の確率過程をとる。オプションの対象資産の価格あるいはレートに相当
  • \( V(t,{\bf S}(t)):\) t 時において、対象資産の価格(あるいはレート)が\( {\bf S}(t)\) の時のオプション価格
  • \( Payoff(T,{\bf S}(T)):\) T 時のオプション Payoff関数。ヨーロピアンコールであれば \( max [0, S(T) – StrikePrice] \)
  • \( E^Q (∙):\) 同値マルチンゲール測度 Q を使った期待値オペレーター(演算子)
  • \( D(t) :\) t 時における、満期 T のリスクフリーなゼロクーポン債価格。但し\( D(T)=1\)
  •  

この式は、T が満期のゼロクーポン債をニュメレールとし、その「ニュメレールとオプション価格との相対価格が、リスク中立測度(=同値マルチンゲール測度)で計算するとマルチンゲールになる」 という考え方をベースにしたものです。最初の式の \(DiscountFactor(r(t,ω))\) が、この式では\(D(t)\) として期待値計算の外にでています。また期待値計算演算子の中にある\(D(T)\) は1になるので、事象の数が有限の場合は最初の式と全く同じになります。確率変数が連続であれば、Σ が ∫ にかわるだけです。( 急にニュメレールという単語を登場させましたが、これの意味と役割については、後で解説します) 

オプションの価格を、Payoffキャッシュフロー(Payoff関数) の期待値とする考え方は、直感でも馴染みやすいと思います。Black-Scholesのオプション価格公式は、偏微分方程式を解く事により導出され、その解析過程は非常に難解です。しかし、上式のような期待値計算でオプション価格が求まるなら、遥かに理解が容易です。実際のところBlack-Scholesが導出したヨーロピアンオプションの価格公式は、リスク中立測度を使った期待値計算の方法で導出しても全く同じ式になります。(基礎編 Black-Scholesのオプション価格式を別の方法で求める) 

もし、この方法が、多変数のオプションモデルや、幾何ブラウン運動以外の確率過程のオプションモデルでも使えるのなら非常に強力です。また、シンプルなヨーロピアンオプションだけでなく、複雑なPayoffを持つ様々なエキゾチックオプションでも使えれば、さらに便利です。そうなれば、繰り返しになりますが、モンテカルロシミュレーションを使えば、どのようなオプションでも価格計算が行えます。 

冒頭に、理論的根拠を全く示さずに、どのようなオプションでも、上式の期待値計算の方法で価格が求まると述べましたが、その理論的根拠を与えてくれるのが、資産価格付けの基本定理(Fundamental Theory of Asset Pricingまたの名をArbitrage Pricing Theory) です。殆どのデリバティブズの価格計算において、これが当然の前提として使われており、将来のキャッシュフローの期待値を計算する際、リスク中立測度を使って良いという根拠になっています。またそれを現在価値に換算する際、リスクプレミアムが含まれたイールドカーブでは無く、リスクフリー金利によるイールドカーブを使っていいという根拠にもなっています。 

一方で、この基本定理に依拠してオプション価格を導出する際、定理の前提となっている様々な条件を理解せず、盲目的に信じると問題があります。この定理自体は、理想的な市場を想定しており、金融工学というより金融理学と呼ぶのが相応しいような理論です。実務では、その理想的な条件は期待できないので、実際の市場がどうなっているのかよく観察し、その有効範囲をよく確認する必要があります。例えば、この理論の前提は、コストゼロで瞬時に証券のロングポジションとショートポジションが金額の制限無く取れる事になっています。実際の市場では、当然取引コストがかかるし、特にショートポジションは、証券によって大きな制約がかかるものがあります。また理論が前提としている、オプションのPayoffを完全にReplicateできる取引戦略の存在ですが、実務では理論の前提通りに実行する事は不可能です。しかし、それにある程度近づける事は可能で、一定の許容範囲内に収まっていれば、実務でも有効と見做せるでしょう。その許容範囲の判断は、各証券の流動性などに依存するし、価格の大きなジャンプがあるかどうかも重要です。 

その点を見極める為に、理論が前提としている条件が、実務上どこまで達成可能なのかを考えながら、この理論を解説していきたいと思います。 

 

 

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