基礎編 3. スワップ 

3.4 サブプライムショックとリーマンショック

3.4.2 デリバティブズ市場の構造的問題 つづき

3.4.2.3 Margin Callによる負のスパイラルとリスクの伝搬

Margin Callによる負のスパイラルはLTCMショックで経験されていましたが、リーマンショックでも発生しました。 

リーマンがデフォールトした翌日、American International Group(AIG)に対して、数兆円規模のMargin Callがかかったと言われています。AIGは、保険会社ですが、巨額のクレジットデフォールトスワップの引受を行っていた為、クレジットクランチによるスプレッドの急拡大により、ポジションに巨額の含み損が発生した為です。 

クレジットスプレッドは2007年から2008年まで、拡大を続けていた為、多くの投資家や金融機関が損失を抱え、一部は損切りでポジションのクローズを強制的に行なわざるを得ませんでした。それがクレジットスプレッドの拡大をさらに加速させました。AIGはその日までに既に何度もMargin Callがかかり、流動性を使い果たしていたと推察されます。資金市場での流動性クランチも相当進んでおり、もはや、そのMargin Callに答える事ができなくなっていました。仮に、AIGが兆円単位のMarginが支払えなかった場合、おそらくリスクは瞬く間に伝搬し、連鎖倒産が続いたことでしょう。AIGは、ついにFRBの救済を仰がざるを得ませんでした。 

しかし、それをきっかけに、リスクの不透明さから市場全体が疑心暗鬼となり、流動性危機が一気に広がりました。当時は、Morgan StanleyやMerrill Lynchなどが連鎖倒産するのではないかとの観測が広がっていました。負のスパイラルは、流動性クランチにより、劇的に加速・拡大しました。LIBORに代表される資金市場が麻痺し、3か月とか6カ月といったターム物での調達は非常に困難で、多くの金融機関はオーバーナイト資金でその場を凌ぐしかありませんでした。資金繰り倒産の恐怖から、金融機関は在庫を処分し、それがまた負のスパイラルを加速しました。ここに至って、危機はサブプライム証券から、すべての金融資産へと拡大していきました。 

3.4.2.4 モデルへの過信

FTDやTrancheに分割されたクレジットデリバティブズの価格は、デフォールト確率の相関に大きく依存します。クレジットデリバティブズのトレーディング勘定は、この相関のリスクをヘッジしたり、積極的に取りにいったりするので、Correlation Trading Bookとも呼ばれています。価格に大きく影響するにもかかわらず、このリスクをヘッジするのは困難です。 

そもそも、ヘッジ困難なリスクが存在すれば、Fundamental Theory of Asset Pricingの根幹が崩れるので、リスク中立確率測度を使って価格評価していいのか、という根本問題につきあたります。 

しかし、サブプライムショックが起こるまでは、欧米の投資銀行は、その辺りに無頓着でした。逆に、非常に儲かるビジネスであったので、積極的に拡大していき、Correlation Trading Bookには、販売在庫用あるいはスペキュレーション用に膨大なポジションが積みあがりました。2002年頃から2006年頃まで、欧米の投資銀行の収益は大きく拡大していきましたが、当時の損益計算書を見ると、Fixed Income部門の収益拡大が増加分の大半を占めていたように記憶しています。おそらくCorrelation Trading Bookの収益拡大が主な要因ではなかったかと推察します。 

収益性が高ければ、トレーダーは高いインセンティブボーナスに惹かれて、ますますリスクを取りに行くようになりました。市場が落ち着いている間は、デフォールトの発生も少なく、従って相関も低くなります。しかし、いざクレジットクランチが発生すると、クレジットスプレッドが一斉に広がります。デフォールト確率の相関も同時に大きくなっていきます。相関が動くと、Trancheに分割されたクレジットデリバティブズの価格は、メザニンの階層によって非常にトリッキーな動きをし、ヘッジが非常に難しくなります。また一般的にトレーディング勘定はクレジットロングが多かったので、スプレッドの広がりは即トレーディング損失に結びつきました。

先ほどの、サブプライムショックによる金融機関の損失額のリストを再度見て下さい。 

損失は数千億円から数兆円の規模です。米国の金融機関はForm 10Kと呼ばれるレポート(日本の有価証券報告書に該当するもの)にトレーディング部門が持つ市場リスクのVARを掲載していますが、当時、欧米の大手投資銀行のVARは大体200百万ドル前後(200億円前後)であったと記憶しています。VARにはCorrelation Trading Book以外のリスクも相当程度含まれていたはずで、Correlation Trading Bookだけのリスクはもっと小さかったはずです。しかし、実際に発生した損失はVARの数十倍から数百倍でした。 

VARは一日当たりの最大損失額を示しているので、1年換算すると、それの15倍程度(年間営業日数を250日として、\( \sqrt{250}\approx 15 \) )になります。それと比較しても、実際に発生した損失はそれを大きく上回っていました。当時の市場リスク管理のフレームワークでは、明らかにリスクを過小評価していた事になります。Correlation Trading Bookの相関リスクは、正しく評価されていなかったという傍証になると思います。 

 

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