基礎編 5. リスク量の計測

5.3 マクロ的なリスク指標

5.3.2 VARの問題点

VARの本質的な欠点は、 

  1. リスクを過小評価していること
  2. リスクの方向性を示していないこと
  3. 絶対値な尺度でないこと
  4. ポジション処分にかかる時間とコストが勘案されていないこと

です。 

(1) リスクを過小評価とは、トレーディングブックから発生する損益の予想分布を、ある一定の信頼区間で区切った場合に、その境目での損失額であって、それより損失が大きくなる場合についての情報を示していないという事です。例えば、信頼区間99%でVARがUS$ 50millionであったとすると、これが意味するところは、「99%の確率で損失額がUS$ 50 million以内に収まる」という事であり、1%の確率で発生する、それより大きな金額の損失額については、何の情報も示していません。経営管理者レベルの者からすれば、1%の確率で発生する損失は、どの位の規模になるのかを知りたいのであって、巨額ロスとそうでない場合の境目の数字ではありません。 

(2) リスクの方向性を示していないとは、市場リスクファクターの動く方向に対して、どのような損益インパクトがあるか、VARでは全く判らないという事です。危ないから逃げろと言っても、VARだけではどっちの方角に逃げればいいか判りません。VARしか把握していなければ、経営管理者レベルの者が、各トレーディング部門に出せる指示は、「何とかしろ」しか無いでしょう。一方で、各トレーディング部門は、自分達の管理している市場リスクの方向性しかコントロールできません。仮に、株の暴落がきっかけで市場の混乱が始まったとすると、その影響でクレジットスプレッドが拡大する一方、金利はFlight to Qualityの動きによって低下する事が予想されます。そうすると、株のロングポジションや、クレジットリスクのロングポジションは損失を被るでしょうが、債券のロングポジションは利益を出す可能性があります。すると債券部門では、ポジションをクローズしない方がいいかも知れません。VARだけでは、そういった判断が出来ないという事です。 

(3) リスクの絶対的な尺度で無いとは、VARは、伸び縮みするゴムで出来た物差しのようなものという意味です。全く同じポジションであっても、市場のVolatilityによって違うリスク量を示す事になります。市場が混乱すると、ポジションに変化がなくとも、VARが増加していきます。経営管理者レベルからすれば、まさにそういう時のリスク量を把握したい訳ですが、まさにそういう時にリスク量がどんどん増えていきます。平時のリスク量を毎日モニターしていても、何の参考にもなりません。逆に、平時のVARは、リスク量を過小評価している事になり、Misleadingです。 

(4) VARの数字はポジション処分にかかる時間とコストが勘案されていません。あくまで一日あたりの評価損益へのインパクトを示しているだけです。市場混乱時に実際にポジションを処分しにいくと、VARの数字以上に損失が膨らむ可能性が高いという事です。また、商品によってポジション処分にかかる時間も異なります。流動性が低く処分に時間がかかる商品は、処分できるまでの期間、市場リスクに晒され続けます。但し、ポジション処分における執行コストをきちんと計算する手法は存在しておらず、これはVARに限った問題ではありませんが。 

これ以外にも、本質的ではないものの、いくつかテクニカルな問題があります。 

VARで非線形なリスクの計測をしようとすると計算負荷が重く、限られた方向の非線形リスクの計算だけで妥協するのが一般的です。そうすると、VARでは捉えきれないリスク量が残ります。 

VARを規制資本の計算に使う場合、こういった捉えきれていないリスクを保守的に評価する事になります。それが積み重なると、計算されたVARがトレーディング部門の予想するリスク量より大きくなり、場合によってはかけ離れた数字になる可能性があります。毎日発生するPLとVARがかけ離れていると、数字に対する信頼性が無くなり、結局誰もVARを見なくなります。

サブプライムショックからリーマンショックに続く金融危機で、多くの金融機関が、VARでは予想されなかった巨額の損失を被りました。その反省から、BIS規制において、市場リスク計測に内部モデルを使う場合、VARでは無く、Expected Shortfallという指標を使う様に改正されました。その他にも、市場リスク計測の方法を大幅に見直しました(Fundamental Review of Trading Book“FRTB”)。そこでは、上記のような欠点に対処する為の、様々なルール変更が含まれています。

 

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