上級編 6.  Libor Market Model 

6.6   モンテカルロシミュレーション

6.6.7   リスク感応度(Greeks)の計測

6.6.7.1   はじめに

金融実務では、複雑なデリバティブズの価格計算と同様に、そのリスク感応度(Sensitivities あるいは Greeks)の計算も重要になります。感応度の計測対象として、最も重要なものは、デリバティブズ価格の対象資産価格への感応度、いわゆるデルタ(Delta)です。また、対象資産のVolatilityへの感応度、いわゆるベガ(Vega)も、重要視されています。その他、リスクフリー金利への感応度ローや、時間経過に対する感応度シータなども、リスク管理上、ウォッチする必要があります。これらの感応度は、デリバティブズの価格式、すなわち“Payoff関数の期待値”の、各パラメータに対する一階微分に相当します。さらに実務では、2階微分に相当する感応度も、リスク管理対象として計測されています。対象資産価格に対する2階微分は、ガンマ(Gamma)と呼ばれています。また、Volatilityに対する2階微分はボルガ(Volga)と呼ばれています。さらに、対象資産価格と、Volatility に対する交差微分は、バンナ(Vanna)と呼ばれています。これらは、対象資産価格や Volatility が大きく変動した場合、デルタやベガだけでは説明しきれない価格の変動要因としてウォッチされています。 

さて、Black-Scholes モデルのように、対象資産が 1個で、オプション価格式が解析的に求まるような場合は、これらの感応度のほとんどが解析的に求まり、計算は一瞬で終わります。その為、リスク管理上、感応度の計算が大きな負担になる事はありません。一方、LMM のように対象資産やパラメータの数が非常に多く、かつ価格計算も MCS を使う必要がある場合、ひとつひとつの感応度の計算に非常に時間がかかる上、計測しなければならない感応度の数も膨大で、実務上大きな負担になっています。さらに、MCS のように数値解で近似値を求める場合、価格に推定誤差やバイアスが発生するのと同様、感応度の計算においても、推定誤差やバイアスの問題が発生します。したがって、感応度の計算においても、それらが許容範囲内に収まるように注意を払う必要があります。 

とはいえ、感応度の計算にも無制限に時間をかける事はできなにので、実務では、できるだけ効率的に行いたいという要求があり、その為のいくつかのテクニックが紹介されています。このセクションでは、そういった感応度の計算テクニックについていくつか紹介したいと思います。 

 

MCSを使った感応度の計算方法は、大きく分けて以下の3通りあります。 

  1. 有限差分による近似計算(Finite Difference approximation または Perturbation Method):価格を計算するのに使ったパラメータを少しずらして再度価格を計算し、有限差分商を計算して感応度を計算する方法
  2.  サンプル経路ごとの微分計算(Path-wise derivative): MCS により生成したサンプル経路上での Payoff 関数を、パラメータで微分し、そのサンプル平均を使って感応度を計算する方法。
  3.  Likelihood Ratio Method: 対象資産となる確率変数の確率密度関数が解析的に求まっている場合、その密度関数をパラメータで微分して感応度を導出する方法。

1.の差分による計算は、シンプルで分かりやすく、かつどのようなパラメータや商品でも対応できる汎用的な方法です。但し、MCS の場合、パラメータをずらして再度価格計算を行うので、計算時間が最低でも価格計算の2倍かかります。LMM のように多数のフォワード金利が対象資産となり、さらに Volatility の期間構造がパラメータになるなど、パラメータの数が非常に多くなるので、それらの感応度を計算するには、少なくとも、そのパラメータの数以上の計算回数が必要になります。また、差分の間隔を大きくとりすぎると、Convexity に相当するバイアスが発生する一方、狭くしすぎると、サンプル平均の推定誤差が大きくなり、計算結果の信頼性が劣ってきます。従って、両者のバランスをうまく取った差分の間隔にする必要があります。実務では、試行錯誤を繰り返しながら、最適な間隔を求めていくことになるでしょうが、実際には、Convexity によるバイアスは軽微で、推定誤差の問題の方がより重大なので、差分の間隔を、大き目に取るようにすればいいかも知れません。 

一方で2.の Path-wise derivative法では、Payoff関数のパラメータに対する微分を解析的に導出するので、Payoff 関数の Convexity からくる離散化バイアスは発生しません。さらに計算時間も、ある程度早くする事ができます。但し、この方法は、Payoff関数が、確率1で微分可能で、かつ連続である必要があります。従って、Payoff 関数が非連続な Digital Option や Barrier Option では使えません。 

3.の、確率密度関数を微分する方法は、確率変数の確率密度関数が、解析的に求まっている事が条件になりますが、Path-wise derivative法における、Payoff関数の連続性の制約が無く、Digital OptionやBarrier Optionでも使えます。ただ、LMMのように、多変数で複雑なモデルでは、確率変数となる対象資産の確率密度関数が解析的に求まるケースは、多くありません。但し、そういった場合でも、若干精度を落としてでも、近似的に確率密度関数を導出できれば、対応する事が可能です。 

以下に、これらのテクニックについて簡単に解説します。ここでもGlasserman本("Monte Carlo Methods in Financial Engineering")およびGlasserman Zhao“Fast Greeks by Simulation in Forward LIBOR Models”を参考にしています。 

 

目次

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