基礎編 5. リスク量の計測
5.2 Sensitivities(感応度)の計測
5.2.2 線形リスク
5.2.2.3 オプションから発生する線形リスク
オプションモデルは、何等かの市場リスクファクター(対象資産の価格やレート)を確率変数として、その確率分布を使ってPayoffの期待値計算を行い、その現在価値をオプションの価格と見做します。そこでは、不確実性を持っている変数は対象資産の価格(あるいはレート)のみで、期待値計算に使われるその他のパラメータは定数、あるいはせいぜい時間に依存する確定的関数(Deterministic Function)です。従ってそこからリスクが発生するとは想定されていません。
しかし、実務では、オプションから発生する市場リスクが、対象資産の市場リスクファクターだけなどとは、誰も考えていません。
Volatilityは、例えばBlack-Scholesモデルでは定数のパラメータとして扱われていますが、実務では、典型的な市場リスクファクターとして捉えられています。Volatilityに対するSensitivityは、ベガ(Vega)と呼ばれており、オプションを取引きするトレーディング部門にとっては、対象資産の価格に対する感応度(デルタ)と並んで、最も重要なSensitivityです。
対象資産が株や為替のヨーロピアンオプションでは、Vegaの計測は解析的に求まるので、特に苦労はありません。数値解により価格を求める必要がある、アメリカンオプションや、エキゾチックオプションであっても、対象資産がひとつの株や為替のオプションであれば、比較的簡単に求まります。(計算速度を上げる為の、テクニックが必要となりますが)
一方、金利オプションについては、Blackの公式を使う、Plainな商品(SwaptionやCAP/Floor)であれば、それ程難しくありませんが、LIBOR Market Modelを使う商品であれば、冒頭で述べた通り、ベガの計測は非常に繊細で困難な作業になります。
基礎編なので、Vegaの計測については、その部分を除いて説明したいと思います。
< ヨーロピアンオプションのSensitivitiesの計測 >
オプションのChapter(4.2 オプションのデルタヘッジ戦略)でBlack-Scholes-Mertonのヨーロピアンオプションの価格公式を示しました。あらためて、それを下記します。
\[ CallPrice_{BSM-model}(S,K,T,Rfr,Dr,Br,Vol)=e^{-(Dr+Br)T}\times S\times N(d_1) - e^{-Rfr\ T}\times K\times N(d_2) \hspace{20mm} \\ d_1=\frac{\ln(S⁄K)+(Rfr-Div-Br+Vol^2⁄2)T}{Vol\sqrt{T}} \hspace{52mm}\\ d_2=\frac{\ln(S⁄K)+(Rfr-Div-Br-Vol^2⁄2)T}{Vol\sqrt{T}}=d_1-Vol\sqrt{T} \hspace{30mm} \\ \]但し
- S: Spot Price(現在の株価)
- K: Strike Price(行使価格)
- T: Term (オプション行使日までの期間、単位;年)
- Rfr: Risk Free Rate(リスクフリー金利、連続複利ベースの年率表示)
- Dr: Dividend Rate (配当利回り、連続複利ベースの年率表示)
- Br: Stock Borrowing Rate(借株料率、連続複利ベースの年率表示)
- Vol: Volatility(拡散係数またはボラティリティー、年率表示)
- N( ): 標準正規分布関数
この公式は、7つの変数を持つ関数形になっています。もっとも、モデルが想定している変数は、対象資産の価格Sのみであり、その他は定数で、契約等から外生的に与えられるものです。しかし実際には、7つの変数の内、Rfr、Dr、Br、Volはすべて変動する可能性があります。個別株のDr(配当利回り)は、市場で取引されることは普通無いので、市場リスクファクターとは言えないかもしれません。しかし価格計算の際には、将来の配当支払いについて一定の予想を置く事になります。その予想が当たるとは限らないので、リスクがある事には間違いありません。従って、実務ではこれらすべての値を(市場)リスクファクターと見做しています。
(注)株価インデックスを構成する株式ポートフォリオの配当利回りについては、その株価インデックスの先物が、複数の限月で取引されている場合、その価格差を使って一定の値を推定する事が出来ます。また、株式インデックススワップの市場が存在し、その価格から配当利回りを推定する事も可能です。さらに、インデックスの配当利回りキャッシュフローを交換するDividend Swapという取引も存在しており、こういった場合は、市場リスクファクターと見做せます
オプション価格式を、これらの変数で一階微分した値が、各リスクファクターに対するSensitivityになります。特に、対象資産の価格、Volatility、リスクフリー金利、に対する感応度は、それぞれデルタ(\(\Delta \))、ベガ(ν)、ロー(ρ)という名前が付けられています。ギリシャ文字を使った略称なので、実務の世界ではこういったSensitivitiesを総称してGreeksと呼んでいます。(ベガはギリシャ文字にありませんが)
各Sensitivityは、一階微分で求まるので、オプション価格曲線の接線の傾きに該当し、そこから線形リスクと呼ばれています。
< オプションのSensitivitiesの求め方 解析解の場合 >
先ほどの、Black-Scholes-Mertonの価格式は、モデルから導出された微分方程式の解析解なので、各変数で偏微分できれば、その値がSensitivitiesになります。公式をもう一度下記します。
\[ CallPrice_{BSM-model}(S,K,T,Rfr,Dr,Br,Vol)=e^{-(Dr+Br)T}\times S\times N(d_1) - e^{-Rfr\ T}\times K\times N(d_2) \hspace{20mm} \\ d_1=\frac{\ln(S⁄K)+(Rfr-Div-Br+Vol^2⁄2)T}{Vol\sqrt{T}} \hspace{52mm}\\ d_2=\frac{\ln(S⁄K)+(Rfr-Div-Br-Vol^2⁄2)T}{Vol\sqrt{T}}=d_1-Vol\sqrt{T} \hspace{30mm} \\ \]この公式から計算されるGreeksは次の様になります。
\[ Delta=\frac{\partial\ CallPrice_{BSM-model}()}{\partial S}=e^{-(Dr+Br)T} N(d_1) \\ Vega=\frac{\partial\ CallPrice_{BSM-model}()}{\partial Vol}=S\sqrt{T} e^{-(Dr+Br)T} N(d_1) \\ Rho=\frac{\partial\ CallPrice_{BSM-model}()}{\partial Rfr}= KTe^{-Rfr\times T} N(d_2) \]また、市場リスクファクターではありませんが、時間の経過とともに減価する時間価値はシータ(θ)と呼ばれ、次の式で表せます。
\[ Theta=-\frac{\partial\ CallPrice_{BSM-model}()}{\partial T} \hspace{80mm} \\ =e^{-(Dr+Br)T} N(d_1 )\frac{S Vol}{2\sqrt{T}}-r e^{-Rfr\times T} KN(d_2)+(Dr+Br)e^{-(Dr+Br)T}SN(d_1) \]< オプションのSensitivitiesの求め方 数値解の場合 >
オプション価格式が解析解として求まらない場合は、数値解による価格導出方法が多数編み出されています。2項モデル、3項モデル、有限差分法、モンテカルロシミュレーション法、数値積分法によるオプション価格計算アルゴリズムが典型的な数値解です。
数値解の場合、最も簡単にSensitivityを求める方法は、市場ファクターを少し動かして価格計算を2回行い、その差分を計算する方法です。しかし、この方法は、数値解の誤差によって正確性が劣るのと、計算時間がかかるという欠点を持っています。
さらに、エキゾチックオプションの場合、領域内に特異点を(場合によっては複数)持つ場合があり、特異点近辺でのSensitivitiesの計測は非常に注意が必要です。こういった問題に対応するテクニックもありますが、別のセクションに回したいと思います。