上級編 4. Short Rate Models (後編)
4.5 Affine Term Structure Model
4.5.4 k(t) と σ(t) を Piecewise Constant パラメータと仮定した場合のゼロクーポン債価格式
前のセクションでは、ゼロクーポン債価格式の解析解を求める為に、一旦すべてのパラメータを定数と仮定しました。しかし、少なくとも中心回帰レベルパラメータ θ(t) は時間の関数としない限り、当初イールドカーブにフィットさせる事ができず、モデルが Arbitrage Free になりません。モデルが Arbitrage Free でなければ、少なくともデリバティブズの価格評価には使えません。また、k(t)、σ(t)は、時間の関数とした方が、モデルの表現力が向上し、ベンチマーク商品へのフィッティングが向上します。
そこで、各パラメータを時間に対する Piecewise Constant な関数とした場合のゼロクーポン債価格式を導出します。とは言っても、前のセクションで触れた通り、5.20 と 5.21式の連立常微分方程式は、パラメータ k(t)、σ(t)、θ(t) が Piecewise Constant な関数であれば、Runge-Kutta法などの数値解を求めるテクニックを使って解けると述べました。[t,T] 間を、離散時間で分割し、各区間に対応するパラメータを先に(市場データへ Calibration して)導出した上で、区間毎に A(t,T) と B(t,T) を求め、それを繋いでいけば求まります。 (Runge-Kutta 法については、多くの解説がWebで検索できるので、そちらをご覧下さい。)
一方、Andersen-Piterbargは、パラメータをPiecewise Constantな関数のまま、A( )とB( )を漸化式で求める、より高速な方法を提示しています。以下は、Andersen Piterbarg “Interest Rate Modeling:Section 10.2.2.2”を参考にしています。かなり難解なので、飛ばして頂いても結構です。
非常に長くて煩雑な解析プロセスなので、まず導出過程を概観します。
- 考え方は、現時点 t からゼロクーポン債の満期日Tまでを、離散時間に分割し、それぞれの区間内では、パラメータを定数と仮定します(Piecewise Constant)。すなわち k(t)、σ(t) を一種の階段関数のように考えます。
- 各区間内は、k、σ とも定数なので、前のセクションで導出したゼロクーポン債価格式(5.24式)を使って、満期時 T から遡りながら価格式にある A( ) と B( ) を導出します。
- まず最後の離散期間で、A( ) と B( ) を計算します。その結果を使ってひとつ手前の時点から満期 T までのゼロクーポン債価格式における A( ) と B( ) を導出します。その為に、”Extended Transform”と呼ばれる、一種の特性関数を定義し、それを解くことで A( ), B( ) を求めます。
- それを順次繰り返し、t まで遡れば、t 時における T 満期のゼロクーポン債価格式が導出 (A(t,T) と B(t,T) を特定)できます。
このステップを念頭に、解説をすすめます。
(i) まず、t から T までを \(t=t_0< t_1< t_2,…,t_{j-1}< t_j=T\) の様に、離散時間で区分します。
また、各区間内において、区間のスタート時における、エンド時を満期とするゼロクーポン債価格式を次のように表記します。
\[ \begin{align} & P(t_{i-1},t_i)=u_{i-1,i}(r(t_{i-1}))=e^{A_{i-1,i}+B_{i-1,i} r(t_{i-1}) } \\ & 但し~~~ A_{i-1,i}=A(t_{i-1},t_i ),~~~~~~~B_{i-1,i}=B(t_{i-1},t_i) \end{align} \]そして、求めようとしているゼロクーポン債価格式 \(P(t,T)=u_{t,T} (r(t)) を次の様に表記します。
\[ u_{0,j} (r(0)) =e^{A_{0,j}+B_{0,j} r(t_0) } ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\]要は、この式の \(A_{0,j}~と~B_{0,j}\) を導出するのが目的です。
(ii) まず、\(t_{j-1}~時における~t_j=T \)満期のゼロクーポン債価格は、5.24 式がそのまま使えて、下記のようになります。
\[ u_{j-1,j}(r(t_{j-1})) = e^{A_{j-1,j}+B_{j-1,j}~r(t_{j-1})} \tag{5.25} \](iii) 次に、\(t_{j-2}~時における~t_j=T\) 満期のゼロクーポン債価格を求めます。一般的に \(u_{j-2,j-1},~ u_{j-1,j}~と~ u_{j-2,j}\)の関係は、3つの時点\((t_{j-2} < t_{j-1} < t_j)\) に対して
\[ u_{j-2,j}=u_{j-2,j-1}×u_{j-1,j} \]という関係が成り立っています。しかし、右辺の u() はいずれも、リスク中立測度下での r(t) の積分の期待値なので、正しくは \(E^{Q_{RN}} \left( u_{j-2,j-1}× u_{j-1,j}~|~ r(t_{j-2})\right)\) と記すべきでしょう。そこで右辺を r(t) の積分の期待値として表現し直すと、
\[ \begin{align} u_{j-2,j} & =E^{Q_{RN}} \left[ e^{-\int_{t_{j-2}}^{t_{j-1}} r(u)du} e^{-\int_{t_{j-1}}^{t_j} r(u)du} ~~|~~r(t_{j-2})\right] \\ & =E^{Q_{RN}} \left[ e^{-\int_{t_{j-2}}^{t_{j-1}} r(u)du} u_{j-1,j}~~|~~r(t_{j-2})\right] \\ & =E^{Q_{RN}} \left[ e^{-\int_{t_{j-2}}^{t_{j-1}} r(u)du} e^{A_{j-1,j}+B_{j-1,j}~r(t_{j-1}) }~~|~~r(t_{j-2})\right] \\ & = e^{A_{j-1,j}} × E^{Q_{RN}} \left[ e^{-\int_{t_{j-2}}^{t_{j-1}} r(u)du+B_{j-1,j}~r(t_{j-1})}~~|~~r(t_{j-2})\right] \tag{5.26} \end{align} \]という関係式が導けます。\(e^{A_{j-1,j}}\) は既にステップ(ii) で、5.24式から求まっており期待値演算の外に出しました。
残った条件付き期待値の計算しようとすると、瞬間短期金利が \(r(t_{j-2})\) の場合における、\( \exp \left(-\int_{t_{j-2}}^{t_{j-1}} r(u)~du +B_{j-1,j}~r(t_{j-1}) \right) \)
の(条件付き)確率分布の情報が必要になります。指数関数の肩にある第1項は、r(t)の j-2 から j-1 時点までの積分で 、また第2項は j-1 時の r(t) の情報ですが、j-2 時点からみた、これらの確率分布をどうやって求めればいいのでしょうか。
(iv) それを求める為、Andersen-Piterbargは、“Extended Transform”と呼ばれる下記のような特性関数を定義します。
\[ g(t,T;c_1,c_2 )=E_t^{Q_{RN}} \left[e^{-c_1~r(T)-c_2 \int_t^T r(u)du} \right] \tag{5.27} \]注 : Extended Transform は、ネットで検索しても適当な日本語訳が見つかりませんでした。式をよく見ると、この期待値演算は、確率変数 r(T) と、確率変数r(t)の積分(これも確率変数です)\(\int_t^T r(u)du \) の特性関数の積の形をしています。特性関数は、確率密度関数のフーリエ変換に相当し、確率分布を特定します。かつ、この式はその積になっており、2つの確率変数の同時分布を示す特性関数になっています。そこから、Extended Transformという英語名になったと推察します。“拡張変換”と訳しても意味不明なので、英語のまま使わせて頂きます。
この関数 g() は、ファインマン・カッツの公式を使って、特定の形の偏微分方程式の解として導出可能です。特性関数を偏微分方程式の解として求める方法は“寄り道 :A.4.3”で簡単に紹介しました。また、なんと、この関数で \(c_1=0,c_2=1\) とおけば、ゼロクーポン債価格式になるという優れものです。
ATSM では、この式の解は、
\[ g(t,T;c_1,c_2)=\exp \left[ A_{t,T}(c_1,c_2 )-B_{t,T}(c_1,c_2 )~r(t)\right] \tag{5.28} \]という関数形になる事が推察され、関数に含まれる \(A_{t,T}(c_1,c_2),~~B_{t,T}(c_1,c_2) \) は、下記連立常微分方程式の解として求まります。(先ほどのゼロクーポン債価格式(5.24式)の場合は、B() の符号を + にしていましたが、ここでは Andersen-Piterbarg の本に従い、マイナスにしています。導出された B() の正負の符号を逆転させれば同じ関数を意味します。)
\[ \frac{dA}{dt}-k(t)θ(t)B+ \frac 1 2 σ(t)^2 α B^2=0 \tag{5.29} \] \[ -\frac {dB}{dt}+k(t)B+ \frac 1 2 σ(t)^2 β B^2=c_2 \tag{5.30} \]但し、終期条件は \( A_{T,T}(c_1,c_2 )=0,~~~B_{T,T}(c_1,c_2)=c_1\)
これを解くと、
\[ A_{t,T}(c_1,c_2 )=c_1 \frac α β + c_2 \frac{α(T-t)}{β} + \frac{k(βθ+α)}{β^2 σ^2} (k+γ)(T-t) ~~~~~~~~~~~~~~~~~ \\ ~~~~ - \frac{2k(βθ+α)}{β^2 σ^2} ln \left(1+\frac{(k+γ+c_1 β^2 σ^2 )(e^γ(T-t) -1)}{2γ}\right) \tag{5.31} \] \[ B_{t,T}(c_1,c_2 )=β \frac{(2c_2/β-kc_1/β)(1-e^{-γ(T-t)} )+γc_1/β(1+e^{γ(T-t)})} {(k+γ+c_1 βσ^2 )(1-e^{-γ(T-t)}}~~~~~~~~~~ \tag{5.32} \] \[ ~~~~~~但し、 γ=\sqrt {k^2+2βσ^2 c_2}~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \]となります。さらに、\(c_1=0,c_2=1\) とおけば、先ほど導出したゼロクーポン債価格式と同じ形になります。すなわち、
\[ P(t_i,t_j)=g(t_i,t_j;0,1)=u_{i,j}=e^{A_{i.j}(0,1)-B_{i,j}(0,1)~r(t_i )} \tag{5.33} \](v) ここで、Extended Transform の 5.27 式と、先ほどの 5.26 式の右辺を比べてみて下さい。5.26 式の右辺の期待値演算が Extended Transform 関数 \(g(t,T;c_1,c_2)\) と同じ形になっています。すなわち 5.27 式で \(t=t_{j-2},T=t_{j-1},c_1=B_{j-1},c_2=1\) とすれば、
\[ \begin{align} g(t_{j-2},t_{j-1};B_{j-1,j},1)&=E^{Q_{RN}} \left[ e^{-\int_{t_{j-2}}^{t_{j-1}} r(u)du + B_{j-1,j} r(t_{j-1})} ~|~r(t_{j-2} )\right] \\ &=e^{\left[A_{t_{j-2},t_{j-1}} (B_{j-1,j},1) - B_{t_{j-2},t_{j-1}} (B_{j-1,j},1)~r(t)\right]} \tag{5.34} \end{align} \]となります。右辺の \(A_(t_{j-2},t_{j-1})(B_{j-1,j},1),~と~B_(t_{j-2},t_{j-1})(B_{j-1,j},1)\) は 5.29 式、5.30 式の常微分方程式を解けば求まります。
(注: Extended Transform 式の \(c_1\) に相当する \(B_{j-1,j}\) は、既にステップ (ii) で求まっているので、未知関数は \(A_{t_{j-2},t_{j-1}}(B_{j-1,j},1),~~B_{t_{j-2},t_{j-1}}(B_{j-1,j},1) の2つです。)
さらに、この 5.34 式を、5.26 式の右辺に代入すると
となります。さらに左辺は 5.33 式のゼロクーポン債価格式を使えば
\[ u_{j-2,j}=g(t_{j-2},t_j;0,1)=e^{A_{j-2.j}(0,1)-B_{j-2,j}(0,1)~r(t_{j-2}) } \]となるので、右辺と左辺が、下記の通り同じ \(r(t_{j-2})\) の指数関数になりました。
\[ \begin{align} e^{A_{j-2.j}(0,1)-B_{j-2,j}(0,1)~r(t_{j-2})} &=e^ {A_{j-1,j}(0,1)}~ e^ {A_{j-2,j-1}(B_{j-1,j}(0,1),~1)~-~B_{j-2,j-1}(B_{j-1,j}(0,1),~1)~r(t_{j-2})} \\ &=e^ {\left(A_{j-1,j}(0,1)+A_{j-2,j-1}(B_{j-1,j}(0,1),~1)\right)-\left(B_{j-2,j-1}(B_{j-1,j}(0,1),~1)\right)~r(t_{j-2})} \tag{5.35} \end{align} \]5.35 式の指数の肩にある A() と B() を比較すれば、下記のような漸化式が導けます。
\[ A_{j-2,j}(0,1)=A_{j-1,j}(0,1)+A_{j-2,j-1}(B_{j-1,j}(0,1),~1) \tag{5.36} \] \[ B_{j-2,j}(0,1)=B_{j-2,j-1}(B_{j-1,j}(0,1),~1)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \tag{5.37} \]この漸化式を、時間軸を満期から遡って順番に計算していけば、最終的にA_(0,j) (0,1),B_(0,j) (0,1) が求まります。それを使ったゼロクーポン債価格式は
\[ u_{0,j}(0,1)=e^{A_{0,j}(0,1)~-~B_{0,j}(0,1)~r(t_0 ) } \]となります。
この方法では、各離散区間での A() と B() の計算は、5.24 式の解析解を使えるので、比較的高速で、かつ解析的に A(), B() が求まります。Runge-Kutta 法も、数値解導出方法としては十分高速ですが、誤差が若干出るので、こちらの方が(難解ですが)いいかも知れません。