上級編 4. Short Rate Models

4.1 はじめに

<  イールドカーブ全体の確率的挙動をモデル化: Term Structure モデル  >

基本的な金利オプション」のセクションで、金利オプションの価格評価の難しさについて触れました。無限の点の集合であるイールドカーブが、どのように確率変動していくかを記述するのが難しい為です。

前のチャプターで紹介したBlackモデルは、イールドカーブ全体の動きではなく、特定のフォワード金利の変動を1変数の確率過程で記述し、そこからオプション価格式を導出しました。そこでは、カーブ上の特定のフォワード(LIBORあるいはスワップ)金利が、他の金利と独立して確率変動すると仮定しています。適用範囲はシンプルなヨーロピアンオプションに限られますが、強力なモデルであり、現在でも実務で広く使われています。 

しかし、バーミューダオプションや、金利スプレッドオプションのように、価格評価に、複数の金利の相関を持った動きをモデル化する必要がある場合、Blackモデルでは対応しきれません。こういった場合、複数の金利あるいはイールドカーブ全体の確率的挙動をモデル化する必要があります。イールドカーブ全体の確率的挙動をモデル化したものは、Term Structure モデルと呼ばれており、1970年代後半から、様々なモデルが提示されてきました。 

Term Structure モデルには、大きく2つの体系があります。 

ひとつは、瞬間短期金利の確率過程をモデル化した Short Rate Model (以下”SRM”)のグループです。1970年代に発表された Vasicekモデルを嚆矢とするもので、1990年代に、Hull-Whiteが、Vasicekモデルを、市場金利にフィットさせ Arbitrage Free のモデルに改良し、そこから実務でも広く使われるようになりました。 

もうひとつは、イールドカーブをフォワードLIBORのシリーズに分割し、それぞれのフォワードLIBORの確率過程をモデル化した LIBOR Market Model(以下”LMM”)のグループです。Black Modelと同じ様に “フォワードLIBOR” が幾何ブラウン運動すると仮定し、そこからイールドカーブ上のすべてのフォワードLIBORの動きをモデル化したものです。 

それぞれの体系の中で、さらに様々なバリエーションが発表されてきました。様々なバリエーションが提示されてきたのは、実際のイールドカーブの変動が、形状を変化させながら、複雑な分布を見せるので、そういった動きを出来るだけ表現できるようにしたいという動機からです。いずれの体系でも、最も進化した発展形を使えば、様々な期間の金利を対象にしたオプションの、満期ごとのVolatility期間構造、フォワード金利間の相関、Volatility Smileカーブ、などをモデルに取り込む事が可能です。ただし、LMMの方が、SRMのグループより、はるかに表現力は豊かですが。  

カーブの動きの表現力を豊かにする反動として、Calibrationすべきパラメータの数が増えます。すると、オプション価格の解析解が求まらず、数値解で価格計算する事になり、計算に非常に時間がかかります。また、Over-fittingの問題によりパラメータが不安定となり、リスクヘッジの困難さが増大するという点も見逃せません。リスクヘッジが困難になると、デリバティブズ価格評価の原則であるFundamental Theory of Asset Pricing (Arbitrage Pricing Theory)の大前提、すなわち“デリバティブズのリスクを完全にヘッジできる取引戦略の存在”、が崩れます。すると、そのモデルによる価格評価が正しいのか、大きな疑問が湧きます。 

この点は、アカデミクスの論文では、殆ど指摘される事はありませんが、実務では非常に大きな問題です。 

 

このチャプターでは、2つのグループの内、Short Rate Model のグループについて、解説します。このグループは、どちらかと言うと、アカデミクスを中心に発展していったモデル群です。確率変数(あるいは状態変数)として、非常に抽象的な概念が使われている事、および、ゼロクーポン債価格やオプション価格を求める為の解析のプロセスが非常に難解な事、などから実務に携わっている者からすると、直感で理解しにくい点が多々あります。 

2つのグループの内、金融実務で使われているのは、圧倒的にLIBOR Market Modelのグループです。理由は、 

  • LIBORという実際に取引されている金利を確率変数としているので、直感で理解しやすい
  • 多数のフォワード金利の動きをモデル化する事により、モデルの表現力が豊かになる
  • LIBORベンチマーク商品の価格評価モデルであるBlack Modelとの親和性が高く、LMMで時価評価している複雑なデリバティブズのリスクヘッジを、シンプルなベンチマーク商品で行う際に、ヘッジの効果に対する安心感がある

といった点かと思います。一方で、数多くのフォワードLIBORのシリーズを取り扱うので 

  • 価格計算にはモンテカルロシミュレーションを使わざるを得ず、計算に非常に時間がかかる
  • フォワードLIBOR間の相関係数が変動するとデリバティブズ価格も影響を受けるが、相関を有効にヘッジする手段は存在しておらず、リスク管理上の大きな課題となっている。

などの点が、難点になっています。後者の問題点は、マルチファクターのShort Rate Modelでも同様です。 

LMMの解説については、SRMの解説の次に、チャレンジしようと思います。 

 

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