寄り道 : 期待値の導出方法 

A.2  3種類の期待値導出方法

 金融工学の分野で使われている期待値計算の方法は、主に下記のような3通りの方法があります。 

  1. 確率変数に、その発生確率を掛けて、合計する方法。
  2. ファインマン-カッツの公式から、特定の形をした偏微分方程式を解く方法。
  3. フーリエ変換を使う方法

1.の方法は、一般に馴染みのある期待値計算の方法で、直感的な理解も容易です。2 と 3 については、かなり難解な数学のテクニックで、おそらく数学や物理学を専攻されている方でないと、馴染みがないと思います。 

Affine Term-Structure Model や Local Volatility Model や Stochastic Volatilityモデルなどの、確率分布を正規分布から敢えてずらすモデルでは、2 か 3 の方法による期待値計算が頻繁に使われています。そのようなモデルでは、将来の確率変数の分布が歪んでいるため、確率密度関数が解析的に求まらないケースが殆どです。すると、1 の方法での期待値計算は簡単にできません。そういった場合でも、2 や 3 の数学テクニックを使って期待値を求める事が出来る場合があります。 

金融工学で期待値計算が必要なのは、単にオプションPayoffの期待値を計算してオプション価格を求めるだけではなく、Short Rate Modelモデルから導出されるゼロクーポン債価格や、確率変数の特性関数を求める際にも必要になります。そこで、これら、3種類の期待値計算の方法について、簡単に解説したいと思います。 

A.3   一般的な期待値演算の方法

確率変数の期待値の計算で一般的に馴染みのあるのは、以下のような計算方法です。確率変数を \(x_i~,~~i=1,2,…,N~ ≤ ~ ∞~(N~は \Omega 上の事象の数)\) その発生確率を \(p_i\)、事象の集合を \(Ω\) とすると、 

\[ \sum_{i=1}^N x_i \times p(x_i) ~~~~ または~~~~ \int_Ω x_i \times p(x_i) dx \]

が、確率変数 x の期待値になります。これについて、特に説明は必要ないと思います。 

 この方法の中でも実際にこれを計算する方法が何通りかあります。主な方法を下記します。 

  • 解析解を使う方法
  • 2項Treeあるいは3項Treeで、確率分布を離散的に近似する方法
  • 数値積分を使う方法
  • モンテカルロシミュレーションを使う方法

最初の方法は、\p(x_i)\) すなわち確率密度関数が解析的に求まっている場合に使えます。期待値も解析解として導出できれば、計算速度は最も速くなります。これまで見てきた、Black-Scholes のオプション価格式や、Hull-White モデル(上級編 “Hull-Whiteモデル:ヨーロピアンオプションの価格式の導出”)から導出されるオプション価格式では、この方法でオプション価格を導出しました。 

2番目の、Treeを使う方法は、モデル(すなわち確率過程を記述した確率分方程式)が特定されていれば、確率変数が拡散していく様子を、離散時間で近似するもので、将来の時点(オプション行使日など)の確率分布が、離散的に特定されます。その離散的確率分布を使って、キャッシュフローの期待値が計算できます。

3番目の数値積分は、\( \int_Ω x_i \times p(x_i) dx\) の計算が、解析的に求まらない場合、ガウス求積法や台形則を使って、期待値の近似値を計算するものです。金融工学の中では、Markov Functional Model で活躍します。Markov Functional Model では、市場で観測される CAP・FLOOR や Swaption といった金利オプション価格から、ゼロクーポン債価格の確率分布を逆算し(市場データなので当然正規分布や対数正規分布からずれて、歪んでいます)、それを使って、より複雑な金融商品の価格を求める方法です。 

確率密度関数が解析的に求まらない場合でも、モデル(すなわち、ブラウン運動を使った確率微分方程式での記述)が特定されていれば、モンテカルロシミュレーションを使って、期待値の近似値は計算できます。計算時間はかかりますが、期待値計算としては、シンプルで最も理解しやすい方法です。その解り易さから、解析解や有限差分法などで求めたオプション価格の検証に使われることもあります。解析解や有限差分法は、導出過程が難解で、それが正しく解析されたかどうか一般の人には検証が難しい場合があります。(導出した本人でさえそうでしょう。) そういった場合、モンテカルロシミュレーションで計算されたオプション価格と比較する事で、モデルの検証を行う事があります。モデルの検証は、最初に1回やっておけば十分なので、計算時間に多少時間がかかっても気にする必要は無いので。 

 

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