上級編 7.  Local Volatility Model とStochastic Volatility Model 

7.1  はじめに 

これまで、ベンチマークモデルとして広く使われている、Black Scholes Model や Black Model、および金利デリバティブズの世界でポピュラーな、Short Rate Models や、Libor Market Models について解説してきました。これらのモデルは、確率変数となる対象資産価格や金利インデックスなどの確率分布が、対数正規分布あるいは正規分布すると仮定したモデルです。確率分布をそのように仮定することで、Tractability(解析の容易さ)が良くなり、価格計算が高速でできるので(但し LMM は別)、実務では、様々なデリバティブズの価格評価に、広く使われています。 

一方で、これらのモデルについて、いくつかの問題点も指摘されてきました。そのひとつが、市場で観測される Volatility Skew や Volatility Smile カーブに対応できない点です。すなわち、Black Model の仮定下では、同じ対象資産で、同じオプション期日のヨーロピアンオプションであれば、ストライク価格が異なっていても Implied (Black) Volatility は、同じであるべきです。すなわちストライク軸に沿った Volatility カーブは水平な直線になるはずです。しかし、実際に市場価格に内包している Implied Volatility カーブは skew や smile の形状を持っているという事です。 これは、市場参加者が予測する、対象資産価格の確率分布が、正規分布あるいは対数正規分布の形状に対して、歪んでいる事を意味します。実際に観測される価格変動もそのような傾向がみられますが、その特徴としては、 

  1. 価格の変動は、価格が上昇時よりも下落時に大きくなる傾向がある。
  2. 正規分布であれば、確率的に数10年に1度しか起こらないような事象(大きな価格変動)が、それよりもはるかに頻繁に起きる傾向がある。
  3. 日々のVolatilityを観測すると、価格変動が比較的低い期間が続いたり、あるいは比較的高い期間が続いたり、Volatilityそのものが変動する傾向がある。

といったものです。 

1.の傾向は、価格変化率の分布が、(対数)正規分布のそれより左方向(下落方向)に偏る形状を示します。これは、歪度と呼ばれ、分布の 3次のモーメントで計測されます。実務家の間では、歪度と言わず、分布の skew と呼ばれています。2.と 3.の傾向は、分布の裾野が、(対数)正規分布より広くなるものです。尖度と呼ばれ、価格分布の 4次のモーメントで計測されます。実務家の間では、fat tail と呼ばれています。実際に、様々な金融商品の価格分布を、過去データを使って統計処理すると、このような 3次モーメントや 4次モーメントの傾向が観測されます。 

ただ、市場価格に反映されている分布の歪みは、過去の観測データを反映してそうなっているというよりも、需給の偏りや、流動性リスクの反映から発生している事が多く、それをそのまま、将来の分布の予想と看做すと、リスクヘッジを間違えることになり、注意が必要です。ここでは、市場価格に内包されてる(市場が予想している)確率分布の歪みが、どういった要因で発生しているかの分析に深入りするつもりはありません。ただ、1点だけ、金利のオプション市場で発生している顕著な skew については、株や為替のオプション市場で見られる skew とは様相が異なっているので、そこだけ指摘しておきます。 

金利の世界では 2000年代以降、主要な金融市場で超低金利が常態化し、Implied Black Volatility カーブの skew が、金利の低い方が高くなる、かなり急勾配な形状を示すようになりました。普通、金利が上昇すると債券価格は低下するので、本来なら債券価格下落、すなわち金利上昇方向へ分布が偏りそうなものです。しかし、低金利環境下では、それとは逆方向の skew カーブを描くことになります。これは、Black Model のVolatility は変化率 Volatility(いわゆるBlack Volatility)で表現されている事により、超低金利環境下では、それが非常に大きな値になるからです。例えば、金利が 5%の水準から 0.25% 動くと、5%動いた事になりますが、0.5%から 0.25% 動くと、50%動いた事になります。主要先進国の中央銀行は、金利が 5%の時も、0.5%の時も、だいたい0.25%きざみで政策金利を動かしており、超低金利環境化下では、どうしても変化率 Volatility は大きくなります。その結果、金利オプションの Volatility カーブは、右下がりの、かなり急勾配な skew カーブを描く事になります。この事は、対数正規分布を仮定する Black Model が、全く実態を表してないという事を意味します。 

さらに大きな問題は、サブプライムショック以降、ユーロや円やスイスフランなど主要な金利市場で、マイナス金利が恒常化した結果、マイナス金利を許さない Black モデルや、古典的 LMM では、もはや対応できなくなった事です。株や為替の世界では、確率変数がマイナスになる事を想定する必要はありませんが、金利の世界では、マイナス金利に対応するモデルが必要となりました。 

という事で、そういった Volatility カーブの skew や smile への対応、さらにマイナス金利への対応方法として、Local Volatility model や Stochastic Volatility model と呼ばれるモデルが数多く発表されています。さらに、両方のモデルを取り込んだ複合モデルも多く提示されています。これらのモデルは、Volatility関数(すなわち確率微分方程式の拡散項係数)を、確率変数のパラメトリックな関数形にしたり、Volatility自体がStochastic すなわち確率変動するような変数となる関数形にしたりして、Volatility SkewやVolatility Smileの形状を表現しようとするものです。実際にも、せいぜい2~3個のパラメータで、市場価格に内包されている、そのような Volatility Curveを、結構うまく表現できています。また、Local Volatility Model の中で、Displaced Log-normal Model(Shifted Log-Normal Modelとも呼ばれています)は、シフトパラメータを工夫すれば、マイナス金利を許容するモデルになり、実務でもBlack Modelを補正するモデルとして、よく使われるようになりました。 

 

< 問題点 >

さて、これらのモデルは、市場価格に内包されている Volatility Curve の skew や smile を捉え、うまくフィットできる事から、一見優れているように見えます。しかし、実務家からすれば、これらのモデルのパラメータは非常に不安定で、その結果モデルの予測性能が劣り、非常に使いづらいモデルです。予測性能が劣る為、モデルから計算される、デルタやベガといったリスク量をそのまま信頼する事ができず、トレーダーがヘッジ比率を、経験値から裁量で修正しているケースが多々あります。ちなみに、ここで言うモデルの予測性能とは、モデルが予想する確率分布の形状の事で、市場が上昇するのか、下落するのかを予想する能力ではありません。 

例えば、今の株価が 1000円の株で、ストライクが 1000円(At the Money)のヨーロピアンPutオプションの市場価格から、Black-Scholes Model で計算された Implied Volatility が 20%であったとします。また同じ株で、ストライクが 900円(10% OTM)の Put オプションの Implied Volatility が 30%だったとします。株のオプション市場では、このような株価下落方法に Implied Volatility が高くなる skew カーブは、よく見られる現象です。この Volatility Curve に Calibration された Local Volatility Model の場合、価格が 900円に下落すると、モデルからは Implied Volatility が30%近辺に上昇すると予想されます。しかし、実際に価格がそこまで行ったとしても、Implied Volatility は、そこまで上昇しないケースが多々あります。これは、市場価格に内包されている smile や skew カーブは、市場参加者による分布の予想というより、ATM と OTM の流動性の差や、需給の偏りによる要因の方が、大きいからです。 

すると、そこでのオプション価格はモデルが予想していた価格よりも低くなり、仮に Local Volatility Model で計算されたデルタヘッジを行った場合、十分ヘッジが効いていなかった(あるいは効きすぎていた)事になります。そのような事を多く経験したトレーダーは、モデルが算出するデルタやベガの感応度を使わず、経験値でヘッジ比率を修正したりします。 

Local Volatility Model や Stochastic Volatility Model は、このように、非常に使いづらいモデルである上に、オプション価格を導出するプロセスでかなり難解な数学のテクニックを使っており、理解するのは容易ではありません。それもモデルを使いにくくしている側面があります。もともと、証券価格や金利インデックスの確率分布が歪んでいると仮定したモデルなので、確率分布関数や密度関数が解析的に求まらないケースが殆どです。そういった確率分布をもとに、Payoff の期待値計算をする訳で、簡単にいかない事は容易に推察できます。ではあっても、シンプルなヨーロピアンオプションであれば、数学のテクニックを駆使し、価格の解析解を求めたり、解析的な近似解を求めたりする方法が、いくつか紹介されています。以下のセクションでは、そういったテクニックを使って、ヨーロピアンオプションの価格を導出するプロセスを中心に解説したいと思います。 

数学のテクニックとしては、特性関数のフーリエ変換や、特異摂動法を使って、オプション価格を漸近展開式で求める方法などが使われています。そこでは、随所にファインマン・カッツの定理を使った偏微分方程式を導出するテクニックが使われています。前に、期待値の計算方法として、特性関数をフーリエ積分して確率密度関数を導出する方法や、ファインマン・カッツの定理を使って、2階の偏微分方程式を解いて導出する方法などを、簡単に解説しました(“寄り道:期待値の導出方法”)。その辺りに馴染みが薄い方は、まずそちらを読んでから次に進んで下さい。その他、一般には殆ど馴染みの無い、マリアバン解析のテクニックなども使われています。私自身、それらをうまく説明できる能力を持ち合わせていませんので、解析のプロセスの説明は簡単に済ませる事をご容赦下さい。 

以上のような点を考慮しながら、まずLocal Volatility Model について解説したいと思います。以下の解説は、主に Andersen-Piterbarg の”Interest Rate Modeling”を参考にしています。 

 

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