上級編 3. 基本的な金利オプション
3.2 Black Model
ここでは、金利オプションの基本的なモデルとして、Blackモデルを紹介し、モデルからオプション価格式(Blackの公式)を導出するプロセスを紹介したいと思います。解析プロセスの主要な部分は、Brigo-Mercurioの“Interest Rate Models”(2006年版)を参考にしています。
3.2.1 モデル
イントロダクションで既に述べましたが、Blackモデルは、Black-Scholesモデルを援用する形で、商品先物のオプション価格を求める公式として発表されました。Black-Scholesモデルが、対象資産価格(スポット価格)の確率過程を、定数のドリフト係数 μと拡散係数 σを使って、
dS(t)=μS(t)dt+σS(t)dWと記述していました。それに対し、Blackモデルでは、対象資産の先物価格(フォワード価格)を、ドリフト項を 0 と見做して下記のように記述しています。
dF(t)=σF(t)dW先物価格には、リスクフリー金利によるドリフトが内包されています。さらに言えば、先物の対象商品の、配当とか借株料とか、現物の管理コスト等も内包されています。現物価格と先物価格との価格差は、Basisと呼ばれていますが、仮にスポット価格(対象資産の現時点の価格)が(1)式の確率過程を辿ると仮定した場合、Basisはドリフト項を現時点から先物決済日までの積分した値と見做す事が出来ます。従って、Blackモデルは、リスクフリー金利や配当レートや借株料などがすべて含まれたドリフト項を持つBlack-Scholesモデルと同等と見做せます。
また、拡散項はBlack-Scholesモデルと同様、幾何ブラウン運動すると仮定しているので、対象資産の確率分布は対数正規分布となります。するとそこから、オプション行使日における先物価格の確率密度関数が求まるので、それにPayoff関数を掛けて期待値計算ができます。その期待値を現在価値に直したものがオプション価格になります。その期待値は解析的に求まり、以下のBlackの公式(Black’s Formula)と呼ばれるオプション価格式になります。
Call price(t,T,F(t),K)=P(t,T)[F(t)Φ(d1)−KΦ(d2)] Put price(t,T,F(t),K)=P(t,T)[KΦ(−d2)−F(t)Φ(−d1)]d1=ln(F(t)/K)+1/2 σ2σ, d2=ln(F(t)/K)−1/2 σ2σ,
但しF(t): t 時における、Tが決済日の対象資産の先物価格(あるいはフォワード価格)K: ヨーロピアンタイプのCallオプションのストライクP(t,T): t 時におけるT満期の割引債価格(リスクフリー金利によるDiscountFactor)σ: Volatility (ここでは定数と仮定)Φ(): 標準正規分布の、累積分布関数
では、(2)式のモデルから、(3)式のオプション価格公式の導出方法を、次に解説します。
3.2.2 BlackモデルからBlackの公式を導出
上記のBlackの公式を導出するプロセスを解説します。解析の手順を、少し丁寧にしたので、長くなっていますが、やろうとしている事はシンプルです。すなわち、
- オプション対象資産の確率過程を仮定(すなわちモデルの特定)
- そこから、オプション行使時における対象資産の確率分布を導出
- その分布に対応する確率密度関数を使って、Payoff の期待値を計算
- それに Discount Factor をかけて現在価値に換算
というステップです。Black-Scholesモデルから、Black-Scholesの公式を導出したプロセス(基礎編4.3.2: Black-Scholesの偏微分方程式を解析的に解く手法)と比較すると、より理解し易いのではないかと思います。
3.2.2.1 モデルの特定
Blackモデルの(2)式を、再度、下記しますが、ここではVolatilityを時間に依存する関数と見做しています。(Brigo-MercurioによるBlackの公式の導出過程の説明がそうなっています。後々、LIBOR Market Modelへの拡張を考えての事です。)
dF(t)=σ(t)F(t)dW先ほどの繰り返しになりますが、この式は、F(t) すなわち先物価格の微小変化が幾何ブラウン運動をする事を示しています。またBlackモデルでは、ドリフト項が消えています。先物価格には、スポット価格とのBasisという形で、リスクフリー金利(+借株料などのヘッジコスト)によるドリフトが内包されています。従って、ドリフト項=0 とするのは、実質的にはスポット価格がリスクフリー金利でドリフトしていると仮定しているのと同じです。
この事は、対象資産のリスクを Replicateできる取引戦略が構築可能である事も内包しています。ロングとショートの組合せで対象資産の価格変動をヘッジできなければ、Basisがリスクフリー金利に収束しないからです。オプションのリスクを完全にヘッジできる取引戦略が存在するという仮定は、オプションの価格理論で極めて重要です。すなわち、Fundamental Theory of Asset Pricingにおける”Attainable”の条件であり、これが満たされない限り、同値マルチンゲール測度による期待値計算の考え方が成り立たないからです。
3.2.2.2 モデルから、確率変数のオプション行使日における確率分布を導出
(i) F(t)の確率過程から lnF(t)への確率過程への変換
(2)式を解いて、確率変数の一定期間後の確率分布を求めます。まず (2)式の確率微分方程式から、伊藤の公式を使えば、lnF(t)の確率過程を、下記のように導出できます。
dlnF(t)=ln′F(t)dF(t)+12ln″となります。すなわち、F(t) が幾何ブラウン運動をする場合、その対数 \ln F(t) は、拡散係数が \sigma (t)、ドリフト係数が -\sigma (t)^2/ 2 となるブラウン運動をします。
(ii) \ln F(t) の、一定期間後の確率分布の導出
ブラウン運動する確率変数の、一定期間経過後の分布は正規分布になり、その平均と分散は、以下のようにして求まります。
まず、(4) 式の両辺を時間 t=0 から、T 時まで積分します。
\int_0^T d\ln F(t) = \int_0^T \sigma (t) dW(t) - \int_0^T \frac 1 2 \sigma (t)^2 dt \tag{5}T時における、 \ln F(T) の平均は、(5)式の右辺の期待値になるので、以下のように導出できます。
\begin{align} & E\ \left( \int_0^T σ(t)dW(t) -\int_0^T \frac 1 2 σ(t)^2 dt \right) =E \left(- \int_0^T \frac 1 2 σ(t)^2 dt\right) = -\int_0^T \frac 1 2 σ(t)^2 dt \tag{6} \\ & (期待値計算内の第1項は伊藤積分でマルチンゲールになり、期待値=0。\\ & 第2項は確率変数が含まれていないので、それ自体が期待値になる。) \end{align}また、T時における、 \ln F(T) の分散は下記のようになります。
\begin{align} Var \left( \int_0^T \sigma (t)dW(t) - \int_0^T \frac 1 2 \sigma (t)^2 dt \right) &= E \left[ \left\{ \left( \int_0^T σ(t)dW(t) - \int_0^T \frac 1 2 \sigma (t)^2 dt \right) - \left( -\int_0^T \frac 1 2 \sigma (t)^2 dt \right) \right\} ^2 \right] \\ &= E \left[ \left( \int_0^T \sigma (t)dW(t) \right) ^2 \right] = \int_0^T \sigma (t)^2 dt \tag{7} \\ \end{align} (最後の行は伊藤の Isometry\ すなわち \ E \left( \int_0^T σ(t)dW(t) \right)^2=\int_0^T σ(t)^2 dt\ を使っています。)すると、平均も分散も、時間に依存する Volatility σ(t) の積分となります。ここからさらに解析を進めるには、関数形を特定する必要がありますが、それは後回しにして、一旦、平均と分散を、それぞれ m,\ v^2 と置きます。
\begin{align} -\int_0^T \frac 1 2 σ(t)^2 dt &= m, \\ \int_0^T σ(t)^2 dt &= v^2 \tag{8} \end{align}(iii) 分布関数での表現に置き換え
従って、正規分布を N(平均 ,分散) と表記すると、(5)式の右辺の分布は以下のように表記できます。
\left[ \int_0^T σ(t)dW(t) - \int_0^T \frac 1 2 σ(t)^2 dt \right]\ \sim N(m ,v^2 )\ \sim m+vx,\ \ ( x\sim \ N (0 ,1) ) \tag{9}但し、x は標準正規分布をする確率変数を示し、その確率密度関数は下記式で与えられます。
p(x)= \frac 1 {\sqrt{2π}} e^{-\frac 1 2 x^2} \tag{10}(iv) \ln F(t) を F(t) に戻す
次に、(5)式の左辺の定積分ですが、下記のように解析できます。
\int_t^{T_1} d \ln F(t) =\left( \ln F(t) \right)_t^{T_1} = \ln F(T)- \ln F(t) =\ ln \frac {F(T)}{F(t)}これを使って、(5)式を書き直すと、
\ln \frac{F(T)}{F(t)} = \int_t^{T_1}σ(t)dW(t) - \int_t^{T_1} \frac 1 2 σ(t)^2 dtこの式の両辺の指数を取り、さらに右辺の指数の肩にある積分を、標準正規分布する確率変数 x, (-∞ \lt x \lt ∞) を使った表現に置き換えると
\begin{align} \frac {F(T)}{F(t)} &= \exp \left(\int_t^{T_1} σ(t)dW(t)-\int_t^{T_1} \frac 1 2 σ(t)^2 dt \right) \\ F(T) &= F(t) \exp \left( \int_t^{T_1} σ(t)dW(t) -\int_t^{T_1} \frac 1 2 σ(t)^2 dt \right) \\ F(x;T) &= F(t) \exp (vx\ +\ m), \ \ \ \ \ \ \ (-∞ \lt \ x\ \lt ∞\ ) \tag{11} \end{align}となります。
即ち F(T)= F(t) \exp (v x+m) となる確率が(10)式 p(x)= \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left( -\frac 1 2 x^2 \right) になるという事です。ちなみに、この確率はBasisがリスクフリー金利によるドリフト相当と見做した、リスク中立測度による確率に相当します。これでオプション行使時の先物価格 F(T) の確率分布が特定できました。
3.2.2.3 Payoffの期待値の計算
あとは T時の Payoff関数に、この確率密度関数を掛けて積分すれば期待値が求まります。さらに、それを現在価値に換算すれば、現時点のオプション価格になります。すなわち
オプション価格=P(t,T)×\int_{-∞}^{∞} Payoff(x)p(x)dx \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \tag{12} 但し、P(t,T):\ t\ 時における\ T\ 満期のゼロクーポン債価格。\\ リスクフリー金利での\ Discount\ Factor\ に相当。\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \シンプルなヨーロピアン・Callオプションの Payoffは、行使時の対象資産価格がストライク価格Kを上回っていれば行使され、その場合に限り利益が出ます。式で表現すれば下記のようになります。
Max(F(T)-K\ ,\ 0\ )これに、(11)式を代入すると
Max\left[ F(t)\exp (v x+m) - K\ ,\ 0\ \right] \ \ \ (-∞\lt x \lt∞) \tag{13}となり、これをさらに(12)式に代入します。(簡略化のため、P(t,T)=DF とおく)
オプション価格 =DF \int_{-∞}^∞ Max\left[ F(t) \exp (vx+m)-K\ ,\ 0\ \right] \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left( -\frac 1 2 x^2 \right) dx \tag{14}あとは、この右辺を解析していけば、Blackの公式になります。それを見ていきましょう。
(i) まず、この式の中のMax[ ]関数は、積分の下限を \left( -\ln F(t)/K - m \right) /v とする事により Maxをはずせます。
\begin{align} \because \ \ & F(t) \exp (vx+m)-K \gt 0\ の場合だけを積分範囲として計算すればよく、そうなる x の範囲を求めます。\\ & まず K と F(t)を右辺に移項して \exp (vx+m) \gt K/F(t) とし、そこからさらに両辺の対数を取ると\\ & vx+m\gt \ln K/F(t) = -\ln F(t)/K\\ & さらに左辺の m と v を右辺に移すと \\ & x\gt (-\ln F(t)/K-m)/v\\ & となる x が積分範囲 \end{align}(ii) 次に \left( -\ln F(t)/K -m \right) / v = \underline x と置き積分範囲の下限を置き換えると、(14)式の右辺は以下のように書き換えられます。(少し長いですが、[ ]内の第1項の指数関数の変形プロセスに注目して下さい。)
\begin{align} &= DF \left[ \int_{\underline x}^∞ F(t) \exp (vx+m) \frac {1}{\sqrt{2π}} \exp \left( - \frac 1 2 x^2 \right)dx -\int_{\underline x}^∞ K \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right) dx \right] \\ &= DF \left[ F(t)\int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left( vx+m-\frac 1 2 x^2 \right)dx - K \int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right) dx \right] \\ &= DF \left[ F(t)\int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 (x-v)^2+m+\frac 1 2 v^2\right)dx -K \int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right) dx \right] \\ &= DF \left[ F(t)\int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 (x-v)^2 \right) \exp \left( m+ \frac 1 2 v^2 \right) dx - K \int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right) dx \right] \end{align}(iii) さらに、この式の第1項の被積分関数の内、 \exp \left( m+\frac 1 2 v^2 \right) は積分計算の外に出せます。また残った部分は、平均が v 分散が 1 の正規分布の確率密度関数です。これの積分範囲の下限を \underline x -v とすれば、確率密度関数内の v を 0 に出来るので、下記にように書き替えられます。
= DF\left[F(t)\exp\left(m+\frac 1 2 v^2\right)\int_{\underline x -v}^∞ \frac 1{\sqrt{2π}}\exp\left(-\frac 1 2 x^2\right)dx - K \int_{\underline x}^∞ \frac 1 {\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right) dx \right] \tag{15}(iv) ここで、標準正規分布の累積分布関数を
\Phi (x)=\int_{-∞}^x \frac 1{\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right)dxとおくと、
\begin{align} & \Phi (-∞) = 0,\\ & \Phi (∞) = 1, \\ & 1-\Phi (x)= \Phi (-x) \\ & \int_{\underline x -v}^∞ \frac 1{\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right)dx =\int_{-∞}^∞\frac 1{\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right)dx -\int_{-∞}^{\underline x -v} \frac 1{\sqrt{2π}} \exp \left(-\frac 1 2 x^2\right)dx \end{align}となるので、 (15)式は、さらに下記のように書き換えられます。
\begin{align} &= DF\left[ F(t)\exp\left(m+\frac 1 2 v^2\right) \left[ 1-\Phi (\underline x -v)\right]- K\left[1-\Phi (\underline x)\right]\right] \\ &= DF\left[ F(t)\exp\left(m+\frac 1 2 v^2\right) \Phi(-\underline x +v)-K\Phi (-\underline x)\right] \tag{16} \end{align}(v) \Phi の引数を d_1,\ d_2 に置き換え、m と v を(8)式の元の積分に戻します。
\begin{align} d_1 &= -\underline x +v = -\frac {-\ln \frac{F(t)}K-m}v +v &= \frac { \ln \frac {F(t)}K + \frac 1 2 \int_0^T σ(t)^2 dt }{\sqrt{\int_0^T σ(t)^2 dt}} \tag{17} \\ d_2 &= -\underline x \ \ \ \ \ \ \ = -\frac {-\ln \frac{F(t)}K-m}v &=\frac { \ln \frac {F(t)}K - \frac 1 2 \int_0^T σ(t)^2 dt }{\sqrt{\int_0^T σ(t)^2 dt}} \tag{18} \end{align} \exp \left( m+ \frac 1 2 v^2\right) = \exp\left( -\frac 1 2 \int_0^T σ(t)^2 dt+ \frac 1 2 \int_0^T σ(t)^2 dt\right)=\exp (0)=1 \tag{19}(vi) 最後に、(17),(18),(19)を(16)式に代入すると、
オプション価格=DF\left[ F(t)\Phi (d_1)-X\Phi (d_2)\right] \tag{20}となりました。但し、DF=P(t,T)
ここではまだ、d_1,\ d_2\ の中に\ σ(t) の積分が含まれており、解析が終わっていませんが、仮に、定数σで置き換えれば、(3)式になります。この式の中の
\left[ F(t)\Phi (d_1)-X\Phi (d_2)\right]がBlackの公式と呼ばれています。