上級編 4. Short Rate Models

4.4   Hull-White モデル

4.4.3 ヨーロピアンオプションの価格式の導出

Section 4.1で、モデルがArbitrage Freeとなる様な、中心回帰レベル \(θ(t)\) を求めました。その際、ゼロクーポン債価格の確率過程から、瞬間短期金利 \(r(t)\) の確率過程を導出しました。そこでは、ゼロクーポン債価格が幾何ブラウン運動するとの仮定(従って、ゼロクーポン債価格は対数正規分布する)からスタートし、最終的にガウス分布(正規分布)する瞬間短期金利の確率過程に行きつきました。逆方向への解析も可能で、ガウス分布する瞬間短期金利の確率過程から、対数正規分布するゼロクーポン債価格の確率過程が導出できます。

そもそも、Short Rate Modelのベースなる考え方は、瞬間短期金利の継続運用から得られるリターンの、リスク中立測度下での期待値が、長期金利のリターンと一致するというもので、下記式で表されます。 

\[ P(0,T)=E^{Q_{RN}} \left(e^{-\int_0^T r(u)du} \right) \]

ゼロクーポン債価格は r(t) の指数関数として表記され、かつ r(t) がガウス分布することが分かっているので、ゼロクーポン債価格は対数正規分布します。その平均と分散は、ギルザノフの定理を使って、r(t) の平均と分散から簡単に導出できます。
すると、Blackモデルを使って、ゼロクーポン債のヨーロピアンオプション価格式が導出できます。 

 

4.4.3.1  ゼロクーポン債のヨーロピアンオプションの価格式

まず、Blackモデルから導出されたヨーロピアンオプションの価格式を再記します。(上級編 3.2 BlackモデルとBlackの公式 参照 ) 

\[ Call price(t,T,F(t),K)=P(t,T)\left[ F(t)Φ(d_+ )-KΦ(d_- )\right]~~~~~ \\ Put price(t,T,F(t),K)=P(t,T)\left[ KΦ(-d_- )-F(t)Φ(-d_+ )\right] \\ ~~d_+=\frac{\ln \frac{F(t)}{K}+\frac 1 2 σ^2}{σ},~~~~d_-=\frac{\ln \frac{F(t)}{K}-\frac 1 2 σ^2}{σ}, \\ \]

但し、
      \(F(t)\) : t 時における、対象資産の、Tを決済日とする 先物価格(あるいはフォワード価格) 
      \(K\) : ヨーロピアンオプションのストライク
      \(P(t,T)\) : t 時における T 満期の割引債価格 (リスクフリー金利によるDiscount Factor)
      \(σ\) : 先物価格の変化率のVolatility (先物価格の対数のVolatility)
      \(Φ()\) :標準正規分布の、累積分布関数

ここで、対象資産を、T+τ 満期のゼロクーポン債とし、T が行使日で、行使価格が K (但し、\( 0~<K~<~1\) )のヨーロピアンオプションを考えます。上記の式で、Discount Factorとなる P(t,T) は、現時点 t における市場のイールドカーブから取り出します。また、T と K はオプションの契約から決まります。従って、価格式を成立させる為に必要な変数は、対象資産のフォワード価格の対数Volatilityである σ のみです。 

Section 4.1で、Arbitrage Freeとなる中心回帰レベル θ(t) を解析的に求めた際、既に瞬間短期金利のVolatility \(σ_r (t)\) と、瞬間フォワード金利のVolatility \(σ_f (t,T)\) と、ゼロクーポン債価格の対数Volatility \(σ_P (t,T)\) の関係は求まっています (4.7 式及び4.13 式)。 

\[ σ_P(t,T)=\int_t^T σ_f (t,u)du= \int_t^T g(t)h(u)du =\int_t^T σ_r (t) e^{-∫_t^u a(s) ds}du \]

ここで、右辺の \(σ_r (t)~ と~ a(t)\) をいずれも定数と仮定すると、 

\[ σ_P (t,T)=\frac{σ_r (1-e^{-a(T-t)})}{a} \tag{4.22} \]

となります。すなわち、ゼロクーポン債価格の(対数の) Volatility が、瞬間短期金利の Volatility と、中心回帰強度パラメータから求まります。 

ところで、Black の公式を使うには、ゼロクーポン債価格のフォワード価格の(対数)Volatility が必要です。時点 t からみた、満期が T+τ のゼロクーポン債の、オプション行使日(T) 時点のフォワード価格を \(FwdP(t,T,T+τ)\) と表記します。すると 

\[ FwdP(t,T,T+τ)=\frac{P(t,T+τ)}{P(t,T)} \tag{4.23} \]

となります。 

このフォワード価格の対数の確率過程は、分子と分母にあるゼロクーポン債価格の確率過程(4.3式参照)から、下記のように導出できます。 

\[ \begin{align} d\ln FwdP(t,T,T+τ) &=d\ln \frac{P(t,T+τ)}{P(t,T)} =d \ln P(t,T+τ) - d \ln P(t,T)\\ &=\frac{(σ_P (t,T)^2-σ_P (t,T+τ)^2)}{2} dt+\left[σ_P (t,T+τ)-σ_P (t,T)\right] dW(t) \\ \end{align} \]

ここから、ゼロクーポン債価格(の対数)の T 時フォワード Volatility は、右辺の第2項の拡散係数から簡単に求まり、下記式のようになります。(下記式では、分散を求めているので、その平方根が Volatility になります。) 

\[ \begin{align} σ_{FwdP}^2 & =\int_t^T \left| σ_P (u,T+\tau)-σ_P (u,T)\right|^2 du \\ & =\int_t^T \left|σ_r \frac{1-e^{-a(T+\tau-u)}}{a}-σ_r \frac{1-e^{-a(T-u)}}{a}\right|^2 du\\ & =\int_t^T \frac{σ_r^2}{a^2} \left(e^{-a(T-u)}-e^{-a(T+\tau-u)} \right)^2 du \\ & =\frac{σ_r^2}{2a^3} \left(1-e^{-a\tau} \right)^2 \left(1-e^{-2aT} \right) \tag{4.24}\\ \end{align} \]

これが求まれば、後は Black の公式に代入するだけです。すると、現時点 t における、行使日が T、ストライクが K のヨーロピアンオプション価格式は下記のようになります。 

\[ \begin{align} & Call(t.T,P(t,T,T+τ),K,σ_{FwdP})=P(t,T+τ)\Phi(d_+)-P(t,T)K \Phi(d_-) \tag{4.25}\\ & ~~~~d_±=\frac{\ln \frac{P(t,T+τ)/P(t,T)}{K}±\frac{σ_{FwdP}^2}{2}}{σ_{FwdP}} \\ \end{align} \]

また、Put Option の価格は、Put-Call パリティーの考え方から、下記のようになります。 

\[ Put(t.T,P(t,T,T+τ),K,σ_{FwdP})=P(t,T) K \Phi(-d_-)+P(t,T+τ) \Phi(-d_+ ) \tag{4.26} \]

 

4.4.3.2   Capletの価格式

ゼロクーポン債のヨーロピアンオプション価格式が導出できたので、Caplet の価格式もそれを応用して、簡単に導出できます。 

<  Caplet の Payoff 式  >

Caplet の Payoff は、行使時の LIBOR(以下“L”)が K より大きい場合は、Caplet は行使され みなし元本 × τ (L-K) の利益が得られます(τ は LIBOR 期間で、通常3カ月か6カ月)。但し、通常の市場慣行では、その Cash Flow が発生するのは、LIBOR期間の終了日、すなわち行使日からτ期間経過後になります。すると、見做し元本=1として、\(T+\tau)\) 時のPayoff を表現すると下記のようになります。 

\[ Payoff(T+τ)=τ(L-K)^+ \]

T+τ から T 時までのDiscount Factorは、T 時に確定した L を使って計算できるので、上式の Payoff は T 時の Payoff に換算出来て、下記のようになります。 

\[ Payoff(T)=\frac{1}{1+\tau L} τ(L-K)^+ \]

<  CapletのPayoffをゼロクーポン債オプションのPayoffに変換する  >

さらに、 式中の L (LIBOR金利) を、オプション行使日 T 時における T+τ 満期のゼロクーポン債価格で書き換えると、 

\[ P(T,T+τ)=\frac{1}{1+Lτ}~~~~or~~~~L=\frac{1}{P(T,T+τ)}-1 \]

となるので、これを使って、上記の Caplet の Payoff 関数をゼロクーポン債の Payoff 関数に書き換える事ができます。

\[ \begin{align} Payoff(T) & =P(T,T+τ) \left(\frac{1}{P(T,T+τ)}-1-τ K \right)^+ \\ & =\left(1-P(T,T+τ)-P(T,T+τ)τK \right)^+=\left(1-(1+Kτ)P(T,T+τ)\right)^+ \\ & =(1+Kτ)\left(\frac{1}{1+Kτ}-P(T,T+τ)\right)^+ \\ \end{align} \]

これは、対象資産が、T+τ 満期のゼロクーポン債で、みなし元本(の修正ファクター)が 1+Kτ、行使価格が \( \frac{1}{1+Kτ} \) のヨーロピアン Put Option の Payoff と同じ形です。 

<  Blackの公式を適用  >

すると Caplet 価格はゼロクーポン債を対象とするヨーロピアンPut Option の価格式(4.26)を使って、次の様に書けます。 

\[ \begin{align} CapletPrice(t,T,T+τ,K) & =(1+Kτ)Put\left[t.T,P(t,T,T+τ),1/(1+Kτ),σ_{FwdP} \right] \\ & =(1+Kτ) \left[ P(t,T) \frac{1}{1+Kτ} \Phi(-d_-)-P(t,T+τ) \Phi(-d_+ )\right] \\ & \\ & = P(t,T) \Phi(-d_-) - P(t,T+τ)(1+Kτ) \Phi(-d_+) \tag{4.27} \\ & d_{±}=\frac{ \ln \left[ \frac{P(t,T+τ)}{P(t,T)}(1+Kτ)\right]± \frac{σ_{FwdP}^2}{2} }{σ_{FsdP}} \end{align} \]

4.4.3.3   ヨーロピアンSwaption の価格式

 最後にヨーロピアン Swaption の価格式を導出します。複数のシンプルな固定金利キャッシュフローからなる金融商品であれば、Swaption に限らず、固定金利債の Call Option や Put Option の価格評価でも、同様の方法が使えます。以下の方法は、Jamishidian (“An Exact Bond Option Pricing Formula” 1989)により提示され、Jamishidian トリックと呼ばれている手法です。 

Swaption の場合、対象資産は複数の Cash Flow を持つ金利スワップです。Jamishidian は、各 Cash Flow をゼロクーポン債と見做し、行使日 T が共通で、対象資産の満期が異なる、複数のヨーロピアンオプションの集合と見做しました。そして、Swaption のストライクレートから、各ゼロクーポン債オプションのストライク価格を導出し、後は、4.3.1で求めたゼロクーポン債オプションの価格式を使って各オプション価格を求め、その合計を Swaption 価格としました。 

ここで着目すべきは、本来なら、スワップレートから、各 Cash Flow を構成するゼロクーポン債価格を求めようとしても、イールドカーブの形状によって、価格の組合せは無限に存在します。しかし、Short Rate Model では、オプション行使時の瞬間短期金利 r(T) が決まれば、それに対応するイールドカーブの形状が決まってしまいます。すると、Swaption のストライクレートに対応する \(r_{ATM}(T)\) を求めれば、そこから、(4.21式を使って、)すべてのゼロクーポン債のストライク価格が一意に求まります。(これが Jamishidian Trick と呼ばれている部分) また、すべてのゼロクーポン債価格は、\(r(T)\) に対して単調減少関数になるので、すべてのオプションが、\(r(T)\) を基準に、同時に At the Money になったり、In the Money になったり Out of the Money になったりします。であれば、Swaption の価格は、各ゼロクーポン債オプション価格の単純合計で求まります。 

では、具体的にそのプロセスを見ていきましょう。 

まず、Swaption の Payoff を定義します。ここでは、ヨーロピアンの Payer Swaption で、Physical Settlement(現物決済)、すなわち“オプションが行使されると、当事者間で対象スワップ取引を新たに行う”という契約を考えます。  

また、対象スワップやスワップションの条件を下記のように表記します。 

  • みなし元本:1
  • ストライクレート:C
  • オプション行使日:\(T_0 \)
  • 対象スワップのキャッシュフロー日: \(T_i, i=1,2,…,N\)
  • キャッシュフロー期間: \(τ_i =T_{i+1}-T_i\)
  • 行使日におけるキャッシュフロー日に対応するゼロクーポン債価格(即ち Discount Factor):P(T_0,T_i ),~~i=1,2,…,N

すると、オプション行使時における Payoff 関数は、下記のようになります。 

\[ SwaptionValue(T_0)=\left(1-P(T_0,T_N )-C \sum_{i=0}^{N-1} τ_i P(T_0,T_{i+1}) \right)^+, \tag{4.28} \]

(右辺のカッコ内の \(1-P(T_0,T_N )\) は、オプション行使時におけるスワップ固定金利 Cash Flow の \(T_0\) 時価格になります(基礎編 金利スワップの時価評価のセクション参照)。また、第3項は、Swaption のストライクレートを、行使時のイールドカーブを使って計算した \(T_0\) 時価格になります。) 

ここで、Hull-White モデルを使えば、\(T_0\) 時の瞬間短期金利 \(r(T_0 )\) から、すべてのキャッシュフロー日のゼロクーポン債価格 \(P(T_0,T_i )\) が求まります。そこで、\(T_0\) 時のゼロクーポン債価格を \(r(T_0 )\) の関数と見做して、\(P\left(T_0,T_i,r(T_0)\right)\) と表記します。具体的な関数形は 4.21 式の通りで、ゼロクーポン債価格は、\(r(t)\) に対する単調減少関数になっています。 

この表記を使って、上の Payoff 関数を書き換えます。 

\[ SwaptionValue(T_0)=\left(1-P(T_0,T_N,r(T_0) )-C \sum_{i=0}^{N-1} τ_i P(T_0,T_{i+1},r(T_0) ) \right)^+, \tag{4.29} \]

ここで、この Swaption 価格が 0、すなわち Swaption が At the Money になるような \(r_{ATM}(T_0)\) を探します。これは、下記式が成立するような \(r_{ATM}(T_0)\) を、ソルバーのアルゴリズムを使って求めます。変数が1個なので、1次元 Solver で十分です。 

\[ 1-P\left(T_0,T_N,r_{ATM}(T_0)\right)-C \sum_{i=0}^{N-1} τ_i P\left(T_0,T_{i+1},r_{ATM}(T_0)\right)=0 \tag{4.30} \]

また、上式が成立するような、各キャッシュフロー日のゼロクーポン債価格 \(P(T_0,T_i,r_{ATM}(T_0))~を~~K_i\) と表記します。 

\[ K_i=P(T_0,T_i,r_{ATM}(T_0)) \]

すると、Swaption の Payoff は、\(K_i,~~i=1,…,N\) をストライクとするゼロクーポン債のヨーロピアンオプションの集合と見做せ、以下のように書き換えられます。Payoff の括弧内がプラスになるケースは \(r(T_0)~>~ r_{ATM}(T_0)\) の場合に限られるので、指示関数 \(I\) を使ってそれを表現しています。 

\[ \begin{align} SwaptionValue(T_0)&=\left(1-P(T_0,T_N,r(T_0))-C \sum_{i=0}^{N-1} τ_i P(T_0,T_{i+1},r(T_0)) \right) I_{\{r(T_0) > r_{ATM}(T_0)\}} \\ & =\left(K_N + C \sum_{i=0}^{N-1} τ_i K_{i+1} -P\left(T_0,T_N,r(T_0)\right)-C \sum_{i=0}^{N-1} τ_i P\left(T_0,T_(i+1),r(T_0)\right) \right) I_{\{r(T_0)> r_{ATM} (T_0)\}} \\ & =\left(K_N-P(T_0,T_N,r(T_0))\right)^+ +\left(C ∑_{i=0}^{N-1} τ_i (K_{i+1}- P\left(T_0,T_{i+1},r(T_0 )\right))\right)^+ \tag{4.31} \\ \end{align} \]

第 1 項も、第 2 項の級数の各項も、ゼロクーポン債のヨーロピアンプットオプションの Payoff 関数と同じ形になります。すると、セクション 4.3.1 の式を使って、Swaption 価格の解析解が求まります。解析解ではあっても、Solver を使って \(r_{ATM}(T_0)\) を求める必要があるのと、Cash Flow の数が多い場合、数多くの指数関数を伴ったゼロクーポン債価格の計算をしなければならないので、結構時間はかかります。 

Swaptionの価格計算方法として、もう少し簡便な近似値計算の方法が、提示されています。(Andersen Piterbarg, “Interest Rate Modeling” Section 10.1.3.2) 

 

目次

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