上級編 4. Short Rate Models

4.4   Hull-White モデル

4.4.4   モデルパラメータのCalibration

ここで再び、解析プロセスのスタートラインに戻ります。すなわち、モデルの特定の問題です。 

Hull-White モデルは、下記の確率微分方程式で記述されます。(4.1式を再記) 

\[ dr(t)=a(t)(θ(t)-r(t))dt+σ_r (t)dW(t) \tag{4.1} \]

モデルを特定する為には、3 つのパラメータ(関数) \(a(t),~θ(t),~σ_r(t)\) を特定する必要があり、その内 \( θ(t)\) については、モデルが Arbitrage Free になるような条件を決めて、そこから解析的に求めました(Section 4.4.1 )。 

一方 Volatility関数 \(σ_r(t)\) と中心回帰強度 \(a(t)\) は、市場データにできるだけフィットするように、Calibration して求めます。 

ここでは、その Calibration の方法について、簡単に解説したいと思います。この段階では、オプション価格の解析解の導出方法のみ説明済で、3項 Tree や有限差分法などの数値解のスキームについては、まだ説明していません。解析解のみを使った Calibration のアルゴリズムは、比較的簡単なので、アルゴリズムの説明は簡単に済ませます。 

 

4.4.4.1  Calibration手続きにおける実務上の課題

(i)  モデルパラメータのCalibrationとは

モデルパラメータの Calibration に説明については、このセクションが最初になるので、はじめに Calibration 全般についての実務上の課題についてコメントしておきます。 

モデルパラメータの Calibration とは、ベンチマーク商品の市場価格を使って、モデルによって計算されるその商品の価格が「市場価格に出来るだけ近い(または同じ)価格になるようにパラメータを調整する作業」です。金利デリバティブズの場合は、Cap/Floor やヨーロピアン Swaption などが、ベンチマーク商品になります。これらの商品は、比較的流動性が高く、広範な行使期間、行使レート、対象スワップについて、市場価格を得やすくなっています。これらの商品の市場価格は、一般的にBlackモデルを使って計算されています。市場で Quote されている価格は、価格そのものではなく、価格計算に使うVolatility の水準で提示されているケースが多くみられます。いわゆる Black (Implied) Volatilityです。  

Short Rate Model や Libor Market Model などの Term-Structure モデルは、Black モデルでは対応できないエキゾチックな商品の価格計算をする為に存在意義があります。シンプルな CAP や Swaption の時価評価に Term-Structureモデルが使われる事はまずありません。モデルパラメータの Calibration は、Term-Structureモデルでエキゾチックな金融商品の価格を評価する際に、ベンチマーク商品との相対価格を求める為の事前準備と言えます。言い換えると、ベンチマーク商品の価格が 100 の時に、エキゾチックな商品の価格はいくらになるの?という考え方です。 

さらに、エキゾチックな商品のリスクヘッジをベンチマーク商品で行う際、モデルを使ってベンチマーク商品に対する価格感応度を計算します。特に、Short Rate Model では、確率変数が “瞬間短期金利” という、実際には存在しない抽象的な経済量を使っており、それを使ったデルタヘッジは行えません。モデルの Volatility 係数についても、瞬間短期金利の Volatility なので、そこから発生する Vega リスクのヘッジも不可能です。エキゾチック商品のリスクヘッジは、ベンチマーク商品のリスク指標に対する相対価格感応度を使って行います。 

Calibration とは、ベンチマーク商品を物差しと考えて、相対価格や相対リスク感応度を計算する為に、物差しの目盛を調整しているようなものです。 

 

(ii)  パラメータの安定性

物理・化学の世界では、モデルは、ある法則に従って変化する物理量を予測する為に使われます。従って、モデルのパラメータは、実験などで一旦求まれば、後はそれを使い続ければよく、パラメータの変動は想定されません。パラメータの精度を上げるため、実験を繰り返す事はあるでしょうが、それによってパラメータが大きく変化する事など、あってはならないはずです。 

しかし、金融の世界で使われるクオンツモデルでは、絶えずパラメータを市場データにフィットするように調整しています。実務の世界では、Volatility パラメータなどは、ほぼ毎日 Calibration されます。すると、経済現象が先にありきで、それを説明する為に、後付けでモデルを決めている印象を受けます。 

クオンツモデルは、あくまで“モデル”であり、複雑な経済現象を簡略化して表現した数式です。その為、経済や市場を動かす様々なファクターをすべて把握できる訳ではなく、従って予測性能は限定的です。経済・市場環境の変化によって、ある程度のパラメータの変動は止むを得ません。かといって、Calibration によって、その都度パラメータが大きく動くようなモデルは、予測性能が落ち、使えないモデルになります。パラメータには、日々Calibration して調整するにしても、ある程度の安定性が求められます。 

金融工学の様々な文献を見ても、Calibration の方法・アルゴリズムについての説明はあっても、Calibration されたパラメータの安定性に触れられた部分はあまり見かけません。しかし、実務では、パラメータの変動は非常に頭の痛い問題で、トレーダーやリスク管理者を悩ます元凶です。Volatility パラメータはまだしも、Skew や Smile を調整するパラメータや、相関係数パラメータなどは、実質的にヘッジ不可能です。これらのパラメータに大きく動かれると、デルタやベガを完全にリスクヘッジしたとしても、予想外の損失が発生したりします。実務で、可能な限りシンプルな Black モデルが使われているのは、パラメータの多い Term-Structure では、どうしてもそのような問題が発生するからです。 

 

(iii)  市場データのクオリティー

パラメータの不安定性は、必ずしもモデルの問題だけではありません。質の高い市場データが存在しない場合、パラメータはしばしば大きく変動します。価格の質は、商品の流動性、市場で Quote されている価格のオファービッド差、あるいはその価格で直ちに取引が可能かどうかで判断されます。 

データの数とパラメータの数の関係も重要です。データの数は、必ずパラメータの数より同数かそれ以上でなければなりません。それが同数の場合、Exact Fit (モデルの価格と市場価格が完全に一致する事) が可能になりますが、そういう場合は、おおむね Over-fitting の問題が発生しており、モデルの予測性能を落とします。すなわち、パラメータがモデルの後付けの説明に使われているだけという事になります。 

 

4.4.4.2   Hull-Whiteモデルの表現力

モデルのパラメータを Calibration する為には、そもそもパラメータが、確率変数の動きをどの様にコントロールしているかを、理解する必要があります。言い換えれば、パラメータを動かす事により、確率変数の分布あるいは確率変数から導出される、金融商品の価格分布が、どのように変化するか把握する必要があります。それをモデルの表現力と呼んでみましょう。 

それをHull-Whiteモデルで見てみます。
Hull-Whiteモデルは、パラメータが3種類あり、いずれも時間tの関数とされています。すなわち、 

  • \(a(t)\) : 中心回帰強度
  • \(θ(t)\) : 中心回帰レベル
  • \(σ(t)\) : 瞬間短期金利の Volatility

パラメータの名前から、これらが、何をコントロールできるか、ある程度推察できるでしょう。 

このパラメータの内、中心回帰レベル \(θ(t)\) の決め方については、既に説明済です。モデルが Arbitrage Free になる様に、当初イールドカーブに完全にフィットするように設定します。 

一方、中心回帰強度と Volatility は、イールドカーブ上の”期間" に対応する Volatility をコントロールし、ベンチマーク商品の Volatility 期間構造に Calibration されます。 

実務では通常、これらのパラメータは、全期間一定の定数とするか、階段関数のように、一定期間だけ定数で、それを期間ごとに設定する Piecewise Constant な関数とします。ここでは一旦、全期間共通の定数 \(a,σ_r\) と置いて、これらのパラメータがモデルの表現力にどのような影響を及ぼすか見てみます。 

(i)  モデルが表現するゼロクーポン債価格Volatilityの期間構造

ここで、\(T_{i+1}\) 満期のゼロクーポン債の、(スポット価格ではなく) \(T_i\)時フォワード価格の(変化率)Volatility を \(σ_{FwdP(T_i,T_{i+1})}\) と表記します。すると、Hull-Whiteモデルから導出される \(σ_{FwdP(T_i,T_{i+1})} \) は、下記のようになります。(ゼロクーポン債のヨーロピアンオプション価格を導出する際に、既に求めています。Section 4.4.3参照) 

\[ σ_{FwdP(T_i,T_{i+1})}=σ_P(0,T_{i+1}) - σ_P(0,T_i)= σ_r\frac{1-e^{-aT_{i+1}}}{a}- σ_r \frac{1-e^{-aT_i}}{a} =\frac{σ_r}{a} \left(e^{-aT_i} - e^(-aT_{i+1}) \right) \]

このフォワード価格 Volatility は、そのまま、その期間に対応する Caplet の Volatility としても使えます。 

ここで、期間 \([T_i,T_{i+1}]\) に対応するフォワード価格 Volatility と、その次の期間 \([T_{i+1},T_{i+2}]\) に対応するフォワード価格 Volatility を比較してみます。すなわち、\(σ_{FwdP(T_i,T_{i+1})} ~と~ σ_{FwdP(T_{i+1},T_{i+2})}\) の差を取ると、 

\[ \begin{align} σ_{FwdP(T_i,T_{i+1})} -σ_{FwdP(T_{i+1},T_{i+2})} &=\frac{σ_r}{a} (e^{-aT_i} - e^{-aT_{i+1}})-\frac{σ_r}{a}(e^{-aT_{i+1}}-e^{-aT_{i+2}}) \\ & =\frac{σ_r}{a} \left(e^{-aT_i}-e^{-aT_{i+1}}-e^{-aT_{i+1}}+e^{-aT_{i+2}} \right) \\ & =\frac{σ_r}{a} \left(e^{-aT_i}+e^{-aT_{i+2}}-2e^{-aT_{i+1}} \right) \\ \end{align} \]

となります。ここで最後の行は、\(σ_r~と~a\) は正の定数で、\(e^{-aT}\) は T に対して 凹関数( T が大きくなるにつれて、傾きが緩やかになる)なので、\(T_i,~T_{i+1},~T_{i+2}\) が等間隔なら、必ず正になります。 

\[ \frac{σ_r}{a} \left(e^{-aT_i}+e^{-aT_{i+2}}-2e^{-aT_{i+1}} \right) > 0 \]

すなわち、Hull-White モデルから導出されるフォワード LIBOR の Volatility は、最も手前で \(\frac{σ_r}{a} (1-e^{-aT_1})\) となり、フォワード期間が、イールドカーブの先に行く程、小さくなっていきます。最終的に、T→∞ で、右辺は 0 に収束します。また、この式から明らかな通り、\(σ_r\) を動かせば、Volatility の絶対水準を動かす事ができます。また、\(a\) を動かすと、T に対する Volatility 低下のペースをコントロールできます。 

これが、\(a,~~σ_r\) を定数パラメータと置いた場合の Hull-White モデルで表現できる、Caplet Volatility の期間構造になります。 

しかし、定数パラメータである限り、Volatility の期間構造は必ず単調減少になります。実際の市場で観測される Caplet Volatility の期間構造は、一旦上昇した後、低下に向かうという形になる事がよくありますが、この形は表現できません。そうする為には、\(σ_r\) を、全期間一定ではなく、LIBOR 期間ごとに一定の Piecewise Constant な関数にする必要があります。 

(ii)  モデルから導出されるInter-temporal Correlation(時系列相関)

中心回帰強度 \(a\) は、Volatility カーブの減少度合いを調整する以外に、異なる観測時点における、異なるフォワード金利間の Inter-temporal Correlation (適切な訳が見当たりませんが「時系列相関」としておきます。同じフォワード金利の異なる時点の相関は Auto-Correlation で自己相関と訳されます。)にも影響を与えます。ここで言う相関は、同じ観測時点における、フォワード金利間の相関ではありません。1ファクターの Short Rate Model であれば、それはすべて相関1になります。 

異なる観測時点の、2つのフォワード金利間の時系列相関は、下記式で表現できます。まず、2つの観測時点を \(t_1,t_2\) とし、それぞれの時点で、期間 \(t_1~から~T_1\) までのフォワード金利を、\(F(t_1,t_1,T_1)\)、期間 \(t_2~から~T_2\) までのフォワード金利を、\(F(t_2,t_2,T_2)\)、と表記すると、 

\[ Corr(F(t_1,t_1,T_1 ),F(t_2,t_2,T_2 ))=Corr(r(t_1 ),r(t_2 ))=e^{-a(t_2-t_1 )} \left(\frac{1-e^{-2at_1}}{1-e^{-2at_2}} \right)^{1/2} \]

となります。 

この式から読み取れる事は、 2つの観測時点となる \(t_1~ と~ t_2\) が近いほど、相関は 1 に近づき、離れるほど低下します。また、\(a\) を大きくすると、相関が低下するスピードが上がります。但し、時系列相関は常に正です。また、\(σ\) は式に含まれておらず、従って時系列相関に影響を及ぼしません。 

この、異なる時点の異なるフォワード金利間の時系列相関は、まさに Bermudan Swaption の価格に影響を及ぼします。但し、その価格から時系列相関の情報を取り出すのは簡単ではありません。 

(iii)  Hull-Whiteモデルが表現できない市場の動き

一方で、Hull-White モデルで表現できない市場の動きもあります。(シングルファクターの)Hull-White モデルは、Term-Structure モデルの中でも、最もシンプルなモデルであり、あまり多くのものを期待すべきではありません。シンプルな分、計算速度が速いとか、それ相応の優位点も持っています。 

まず、1点目として、Hull-White モデルでは、同じ観測時点における、イールドカーブ変動の相関が表現できません。カーブ全体が、たった1個のブラウン運動を原動力として動くので、カーブ上のすべての点が、変動幅は異なるものの、相関 1 で同一方向に動きます。従って、スプレッドオプションのように、カーブ上の 2点の金利の相関により価格が大きく影響を受けるような商品の価格評価には使えません。 

2点目として、Volatility カーブの Skew や Smile を表現できません。Hull-Whiteモデルでは、Volatility 関数が Deterministic (事象に依存しない)な関数と定義されている為です。Skew や Smile カーブを表現するには、Volatility 関数を、Local Volatility モデルや Stochastic Volatility モデルのように定義する必要があります。そのような Short Rate Model も存在しており、それらについては、別の所で説明したいと思います。 

 

4.4.4.3   Hull-WhiteモデルのパラメータのCalibration

では、具体的にパラメータのCalibrationアルゴリズムの説明に入ります。この段階では Caplet やヨーロピアンSwaption 価格の解析解を使った Calibration のみ説明します。すると、Calibration のアルゴリズムもシンプルで、Calibration にかかる計算時間も極めて短くてすみます。一方で、モデルで価格計算できる商品も、ヨーロピアンオプションに限定されます。 

まず、市場データを集める必要があります。ここでは、Caplet Volatility の期間構造あるいは、Swaption Volatility の期間構造を市場データから取り出して、それにモデルパラメータを Calibration します。ヨーロピアンオプション価格の解析解を使った Calibration なので、時系列相関に Calibration しても意味がありません。また、Volatility の Skew や Smile カーブの表現力が無いので、それらの市場データには Calibration できません。但し、市場データとして選択するオプションとして、どのストライク近辺のものにするかは、慎重に決める必要があります。

ここでは市場の Volatility の期間構造は既に取得済という前提で説明します。実は、そのプロセスも単純ではありませんが、ここでは説明しません。より詳細な説明は、数値解によるオプション価格の導出方法を解説した後にします。 

中心回帰強度 \(a\) と Volatility \(σ\) は、全期間一定の定数とします。オプション価格の解析解の式を使うので、\(a,~~σ_r\) は同時に Calibration 可能です。市場データとして、現時点のイールドカーブ、及び、(CapletまたはSwaptionの) Volatility の期間構造を取得済とします。すると、\(a,~~σ_r\) は、次の式を最小にする値として求まります。変数が2個なので一般的な多次元 Solver でも、高速で収束します。 

\[ \sum_{i=1}^{T_{N-1}} w_i \left(HW(K_i,T_i:a,σ_r) - Black(K_i,T_i:σ_{Black})\right)^2 \]

 但し
    \(HW(K_i,T_i:a,σ_r)\) : Hull-White モデルによるヨーロピアンオプションの価格式、 
    \(Black(K_i,T_i:σ_{Black})\) : Black モデルによるヨーロピアンオプションの価格式
    \(T_i.~~i=1,…,N\) : ベンチマーク商品となるヨーロピアンオプションの行使日
    \(K_i,~~i=1,…,N\) : ベンチマーク商品となるヨーロピアンオプションの行使価格
    \(σ_{Black}\) : ベンチマーク商品の市場価格に対応する Black Implied Volatility
    \(w_i\) : ベンチマーク商品毎に設定する Calibration 上のウェイト (流動性が高くオファービッド差が小さい商品のウェイトを高くする。)

ベンチマーク商品としては、Caplet のシリーズまたはヨーロピアン Swaption のシリーズを使います。両方のシリーズを使って、同時に Calibration する事も可能です。ベンチマーク商品の選択は、モデルを使ってどちらの商品の価格評価をしたいかによって決めます。Caplet の価格評価であれば、Caplet のみの Volatility カーブに Calibration すればいいでしょう。また、モデルで、Caplet と Swaption の両方の価格評価をしたいなら、両方のベンチマーク商品に対してCalibrationすればいいでしょう。パラメータの数が少ないので、いずれにしても、おおまかなフィットしかできません。 

 

目次

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