基礎編 5. リスク量の計測

5.3 マクロ的なリスク指標

ポートフォリオ全体の市場リスク量を測る、マクロ的なリスク指標としては、VARやExpected Shortfallがあります。しかし、経営管理レベルでマクロ的なリスクを認識する最も有効な方法は、ストレステストとシナリオ分析ではないかと思います。

5.3.1 Value at Risk

やや極論ですが、マクロ的なリスク量であるVARほど使えないリスク指標は無いと思っています。リスクの警告という意味では、町なかで見かける「危険、立ち入り禁止」の立て札の方がまだましです。なぜなら、その立て札を見れば、少なくとも「近寄らない」というリスク回避行動に結びつきます。しかし、「VARがUS$ 200millionである」と言われても、具体的なリスク回避行動(リスクを取りに行くのでもかまいませんが)に結びつく情報は、何も示していません。さらに言えば、使えないどころか、Misleadingな(誤解を招くような)リスク指標で、経営判断を誤らせるリスクを孕んでおり、むしろ無い方がいいのではないかと思える位です。 

VAR US$200millionというのは、ちょっとした規模の投資銀行の取っているリスク量です。そういった金融機関は、数千億円から数兆円単位の証券在庫と、数百兆円から数千兆円単位のデリバティブズ残高を持っています。デリバティブズの取引件数は数十万から数百万件になります。そこから発生するVARを計算しようとすると、膨大なデータ処理を、非常に迅速に行う必要があります。しかも、それを自己資本比率の計算に使う場合は、正確性も要求されます。膨大な人員とITリソースをかけて計算した結果が、おそらく、具体的な経営行動に結びつかないとすれば、なんと虚しい作業でしょうか。 

VARを使ったリスク量の計測方法は、1990年代の前半に、J.P. Morganのリスク管理部門により公表され、世の中に知れ渡るようになりました。きっかけは、「トレーディング部門が取っている全リスクを合算すると、一日あたり最大でどの位の損失が発生するのか」という経営レベルが提起した問題でした。それに対する回答として、編み出されたリスク指標がValue at Riskです。J.P. MorganのVAR計算方法は、RiskMetricsと呼ばれ、市場リスクファクターの分散・共分散行列を使ってリスク量を計測します。VARを算出するには、その他にも、Historical SimulationやMonte Carloを使った計測方法があります。 

その後、BISの市場リスク規制の枠組みの中で取り入れられ、多くの金融機関に浸透していきました。 

VARの計算方法については説明を省きます。別の文献を参考にして下さい。たくさんあります。VARの計算アルゴリズム自体は、そんなに難しくありません。実務での問題は、その計算の準備に必要な膨大なデータ処理です。VAR計算のエネルギーの大半はデータの準備に使われていると言っても過言ではありません。 

 

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