上級編 4. Short Rate Models
4.2 Short Rate Model の概観
4.2.1 Short Rate Model のベースとなる考え方
最初に、SRMのベースとなっている考え方について概観します。すなわち、たったひとつの確率変数である瞬間短期金利の動きだけで、どうやって無限の点の集合であるイールドカーブの変動を表現しているかについて考えます。
Vasicekモデルを嚆矢とするSRMの基本となる発想は、"イールドカーブは、短期金利が将来どのように変化していくかという予想に基づいて、形状が決まっていく"というものです。経済学の分野では、純粋期待仮説と呼ばれている考え方です。
言い換えると、投資家は、長期金利での運用リターンと、短期金利での運用を継続して得られる予想リターンとを比較して、有利な方に投資するので、その結果 ”長期金利でのリターンは、短期金利での運用を継続した場合の予想リターンに均衡していく” というものです。ただし、長期への投資は、リスクを伴うので、リスクプレミアムが乗っかるので、それを勘案して優劣を判断する事になります。
この考え方を数式で表現すると、
・リスクフリーの瞬間短期金利をr(t)
・長期運用に要求されるリスクプレミアムをλ(t)、
・t時からT時までの長期運用におけるリターンをR(t,T)
と表記すれば、下記の式にようになります。
但し、E( ) は自然な確率測度による期待値演算。
「自然な」という表現は意味がよく判りませんが、他にいい訳を思いつきません。英語では、Natural とか Actual とか Observed なProbability Measure(確率測度)といった表現を使っています。多数の投資家の投資行動の合算として、実際に金利が将来に渡り変動していく様子を、現時点で予想しているだけです。そもそも事象が発生する前なので、現時点で実際にそのような確率測度が観測される訳ではないし、それが客観的に特定できる訳でもありません。
さらに、R(t,T) の符号をマイナスにして指数を取ると、ゼロクーポン債価格になります。
\[ P(t,T)=e^{-R(t,T)}=E\left( e^{-\int_t^T (r(u)+\lambda (u))du}\right) \]Short Rate Model は、この式の右辺を特定すれば、将来のイールドカーブを、短期金利運用による累積リターンの期待値を辿る事で描けるという発想です。右辺を特定するとは、短期金利の確率過程を特定する事です。しかし、自然な確率測度による確率過程を特定するのは不可能です。
ここで、右辺の期待値計算に使う確率測度について、Short Rate Model をデリバティブズの価格評価に使うのであれば、実際に予想される確率測度では無く、「リスク中立測度」を使います。(但し、リスク中立測度が使える前提条件が満たされている事が条件です。) そうすると、リスクプレミアムを特定する必要はなく、上の式は、下記のように表記できます。
\[ R(t,T)=E^{Q_{RN}}\left(\int_t^T r(t)du\right) \tag{2.1} \] \[ P(t,T)=e^{-R(t,T)}=E^{Q_{RN}} \left( e^{-\int_t^T r(u)du)}\right) \tag{2.2} \]但し、\( E^{Q_{RN}} (\ ) \) はリスク中立測度による期待値演算を表しています。
デリバティブズの価格評価の際に、なぜリスク中立測度を使うのかについては、すでにFundamental Theory of Asset Pricingのセクションで解説しました。この理論は、デリバティブズの価格が、基本的には、
「市場参加者の相場の方向性に対する予測とは一切関係なく(予測される自然な確率測度とは関係なく)、市場参加者のアービトラージ取引により、もはやそれ以上アービトラージが出来なくなる価格(=リスク中立測度で計算した期待値)に収束する。」
という考え方がベースになっています。難解な理論ですが、すでに、“上級編 2.2 資産価格付けの基本定理 ”で、できるだけ直感でも理解できるような解説試みています。この点について、再確認されたい方は、そちらをご覧下さい。
さらに、短期金利の確率過程が特定されれば、将来の累積リターンの確率分布が特定できるので、それを使って、金利を対象資産とするオプションの価格評価が可能になります。
いずれにしても、これまで様々なSRMが発表されてきましたが、そのすべてが、この“瞬間短期金利の累積リターンが、リスクフリーなゼロクーポン債価格のリターンに収束する”という考え方がベースになっています。