基礎編 4. オプション
4.3 Black-Scholesモデルの解説
4.3.2 確率過程のモデルからヨーロピアンオプション価格式の導出
4.3.2.1 Black Scholesのヨーロピアンオプションの価格公式
Black-Scholesは、株価の確率過程のモデルから、一定の仮定を置いて、後は解析のテクニックだけを使って、かの有名なヨーロピアンオプションの価格式を導き出しました。すなわち、
\[ CallPrice_{BS-model}(S,K,T,Rfr,Vol)=S\times N(d_1) - e^{-Rfr\ T}\times K\times N(d_2) \hspace{40mm} \\ d_1=\frac{\ln(S⁄K)+(Rfr+Vol^2⁄2)T}{Vol\sqrt{T}} \hspace{72mm}\\ d_2=\frac{\ln(S⁄K)+(Rfr-Vol^2⁄2)T}{Vol\sqrt{T}}=d_1-Vol\sqrt{T} \hspace{50mm} \\ \]但し
- S: Spot Price(現在の株価)
- K: Strike Price(行使価格)
- T: Term (オプション行使日までの期間、単位;年)
- Rfr: Risk Free Rate(リスクフリー金利、連続複利ベースの年率表示)
- Vol: Volatility(拡散係数またはボラティリティー、年率表示)
- N( ): 標準正規分布関数
この式は、4.2のデルタヘッジ戦略の所で使った価格式から、配当利回りと借株料のパラメータを無くしたものです。Black-Scholesは、それぞれ0と仮定していた為です。配当利回りまで勘案した式は、Black-Scholes-Mertonのオプション価格式と呼ばれています。
経済現象である株価の動きを、「株価は、一定のドリフトと、一定の拡散係数を持つ、連続時間の幾何ブラウン運動で動く」と仮定し、それを数式で表現した、
\[ dX=\mu Xdt+\sigma XdW \hspace{50mm} \]がBlack-Scholesモデルです。ここから、オプション価格式を導出するまでの、論理プロセスは、大胆な仮定と、かなり難解な解析のプロセスです。確率解析の知識と実務経験が無い初学者が理解するには、相当ハードルが高いと思います。
ここは基礎編なので、偏微分方程式の解析のプロセスを、数式で説明するのは止めます。むしろ、考え方のプロセスを、数式ではなく、言葉を使って直感(intuition)で理解できるような説明を心掛けたいと思います。しかし、ある程度、微分方程式の解法に関する基本的知識を持ち合わせている事を前提としています。
それでも、解析のプロセスをきちんと理解したいと思われる方には、下記サイトを紹介します。
数理ファイナンスの世界へようこそ
サイトのOwnerの方は、名前を公開されておられないので、どなたか存じ上げませんが、おそらく実務では無く、アカデミクスの方かと思います。アカデミクスの方の書かれた金融工学の解説の中では、非常に丁寧な説明で最も解りやすいものです。私自身も、このサイトに随分助けられました。
4.3.2.2 モデルの前提
まず、モデルの仮定ですが、ドリフト項の係数μ は定数としています。しかし、これがどういった値を取るかについては、一切議論していません。Black-Scholesの論文が登場する以前は、このドリフト係数を、CAPMの枠組みで何とか特定しようとしたようです。しかし、Black-Scholesは一定の未知数と置いただけです。未知数のままでいい理由は、確率過程の式から、偏微分方程式を導出する過程で式から消えてしまい、特定する必要が無かったからです。(しかし結果的には、μ をリスクフリー金利と同じと置いたのと同じ結論が導き出されます。)
また、拡散項の係数σ も定数としています。σ はオプション期間における予想Volatilityになり、価格公式からオプション価格を導き出す為に最も重要なパラメータになります。
以上から、Black-Scholesモデルは、「株価は、一定比率のドリフトと、一定比率の拡散係数を持つ、連続時間の幾何ブラウン運動で動く」という仮定を数式で表したものになります。Black-Scholesは、これ以外にも、最初にいくつかの前提条件を付けています。列記すると以下の通りです。
- リスクフリー金利は既知で、オプション期日まで一定
- 株の配当はゼロ
- オプションの行使タイプはヨーロピアン
- オプションの対象資産となる株式の売買コストはゼロ。オプションの売買コストもゼロ。
- オプションの売買、対象資産の売買に必要な資金は、リスクフリー金利と同じ利率で調達・運用できる。
- 対象資産となっている株式の空売りに何の制約も無く、コストもかからない。
以上の条件の内、最も重要なのは、最後です。 6.の仮定は、デルタヘッジ戦略を取る為に不可欠の条件です。デルタヘッジ戦略が取れないなら、Black-Scholesが、オプション価格の公式を導出した解析プロセスの論拠が崩れてしまうからです。
4.3.2.3 解析のプロセス
以上の仮定からの解析のプロセスは、非常に大まかに言えば以下の道筋です。
(i) Black-Scholesモデルの仮定からスタート(ここではXをtの関数と明示しています)
\[ dX(t)=\mu X(t)dt+\sigma X(t)dW(t) \](ii) (i)の式から、伊藤のレンマを使ってオプション価格式\(C(t, X(t))\) を未知関数とする確率偏微分方程式に変換
\[ dC(t,X(t))=\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial t} dt+\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial X(t)}dX(t)+\frac{1}{2}\sigma^2 X(t)^2 \frac{\partial^2 C(t,X(t))}{\partial X(t)^2} dt \](iii) Black-Scholesは、ここで、「“デルタヘッジ戦略”を取った合成ポートフォリオリオ全体のリターンは、リスク(確率的変動)がゼロになるので、CAPMの理屈から裁定が働き、リスクフリー金利に収束するはず」と考える。(セクション4.2のデルタヘッジ戦略の説明で、Implied Volatilityと実現Volatilityが一致した場合、損益が0 に収束する事を思い出して下さい) この理屈を使って、(ii)の確率偏微分方程式から、拡散項(\(dX(t)\) の項)が消えた、偏微分方程式(Black-Scholes Equation)を導出。
\[ \frac{\partial C(t,X(t))}{\partial t}+rX(t)\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial X(t)} +\frac{1}{2} \sigma^2 X(t)^2 \frac{\partial^2 C(t,X(t))}{\partial X(t)^2}-rC(t,X(t))=0 \](iv) オプション期日のPayoffを初期条件として、上の偏微分方程式を解くと、次のオプション価格の公式が導出された。
\[ CallPrice_{BS-model}(S,K,T,Rfr,Vol)=S\times N(d_1) - e^{-Rfr\ T}\times K\times N(d_2) \hspace{40mm} \](i)の式は、右辺の第2項にdWというブラウン運動の微分が含まれており、確率微分方程式(Stochastic Differential Equation)と呼ばれるものです。dX(t)は、微小時間の株価の変動を表します。
次に、オプションの価格を、関数表現でC(・)と置きます。t 時におけるXを対象資産とするオプションの価格は、当然\(X(t)\) の影響を受けるので、\(t と X(t)\) の関数として\(C(t,X(t))\) と置きます。関数\(C(t,X(t))\) は、変数として確率変数\(X(t)\) を持つので、C(・)自体も確率変数になります。従って、その時間の経過に伴う動きは、確率過程になります。まず、その微小時間の変化\(dC(t,X(t))\)を、導出します。通常の解析であれば、C(・)は2変数\(t、X(t)\) の関数なので、その微小変化すなわち全微分は
\[ dC(t,X(t))=\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial t} dt+\frac{\partial C(t,X(t)}{\partial X(t)}dX(t) \hspace{30mm} \]となるはずです。しかし、確率変数を含む関数の微分に関しては、別のルールを適用します。すなわち、確率解析における連鎖定理に相当する、“伊藤のレンマ”を使って導出すると、次の様な式になります(上の(ii)の式を\(dt\) の項と\(dX\) の項にまとめたもの)。
\[ dC(t,X(t))=\left[ \frac{\partial C(t,X(t))}{\partial t}+\frac{1}{2}\sigma^2 X(t)^2 \frac{\partial^2 C(t,X(t))}{\partial X(t)^2} \right] dt+\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial X(t)}dX(t) \]第1項の[ ]内の2階微分の項が、伊藤のレンマを使った連鎖定理により出現したものです。この式も、確率変数C(すなわちオプション価格)の微小変動=ドリフト項+拡散項の形になっています。
Black-Scholesは、4.2で示したデルタヘッジ戦略を、微小時間の間で繰り返し行えば株価変動のリスクが消えるはず、という考え方をもとに、上記式の第2項(拡散項)をうまく消去し、(iii)の、確率変数を含まない偏微分方程式を導出しました。
\[ \frac{\partial C(t,X(t))}{\partial t}+rX(t)\frac{\partial C(t,X(t))}{\partial X(t)} +\frac{1}{2} \sigma^2 X(t)^2 \frac{\partial^2 C(t,X(t))}{\partial X(t)^2}-rC(t,X(t))=0 \]この式は、Black-Scholes Equation(Black-Scholesの偏微分方程式)と呼ばれています。
(iii)から(iv)の導出過程は、微積分学の世界ではBlack-Scholesよりも前に答えが出ており、適当な初期条件を決めれば解析解が一意で求まる事が知られていました。実際の導出過程は、相当難解ですが、先に紹介したサイトや、様々な書物で、導出過程を丁寧に説明したものがあるので、そちらをご覧下さい。
要は、(ii)から(iii)の偏微分方程式を導き出した過程が、新しい発見の部分です。すなわち、Black-Scholes以前にさんざん悩んだ、リスクプレミアム付きのドリフト係数μの決め方について、Black-Scholesは、そんな事は考える必要が無いと言い切った所です。ここが画期的でした。(結果的には、μはリスクフリー金利を使って考えて良い、と言っているのと同じです)
Black-Scholesモデルが発表されて以降、オプション価格式に使われる変数がすべて客観的に求められ、従って客観的なオプション価格が計算できるようになりました。(但し、Volatilityの値が客観的に求まると言い切るのは微妙ですが。)そうすると、市場で取引されるオプション価格は、その値に収束するので、オファービッド差が小さくなります。そうすると、流動性が高まり、取引が拡大します。また、彼らの論拠(デルタヘッジ戦略を継続すればリスクフリーになる)を発展拡大させ、様々なオプションモデルが発表され、様々なオプションの価格計算が可能になり、その結果、様々な金融商品が開発され、取引されるようになりました。オプションの市場発展に対する功績は非常に大きかったのではないかと思います。その功績を称えて、ノーベル経済学賞が授与されたのでしょう。