基礎編 4. オプション
4.3 Black-Scholesモデルの解説
4.3.4 Black-Scholesのオプション価格式を別の方法で求める
Black Scholesのオプション価格式導出の為の論理構成や、導出過程は多段階に渡り、相当複雑で難解です。これを、もっとシンプルな論理構成で導出する方法があります。
4.1において、確率分布が判れば、期待値計算の方法により、オプション価格は必ず求まると述べました。すなわち、将来の株価の確率分布が判れば、各株価に対するPayoffに、その株価になる確率をかければいいだけで、下記式で求まるはずです。
\[ ヨーロピアンオプション価格 =\sum_{i=1}^n Payoff_i\times p_i\times DiscountFactor(T) \](株価の分布を離散的に考えています。将来発生しうる株価はn個あり、各株価の発生確率がPi、その株価でのPayoff(i)は、Call Optionであれば、max{(X(i)-Strike), 0 }になります。現在の株価から大きく離れている場合、発生確率は0に近いので、nを有限個にしても問題ないでしょう。)
あるいは、取り得る株価が連続と考えて、上記式を積分表現にすると
\[ オプション価格 =\int_0^{\infty} Payoff(x) \ p(x)\ dx \]という式でも表現できます。
しかし、4.3で説明したBlack-Scholesによるオプション価格式の導出過程で、この考え方は一切出てきません。株価の確率過程のモデルから、Black-Scholesの偏微分方程式を導出した段階において、確率変数が消えてしまったからです。彼らは、この偏微分方程式を、変数変換して、熱拡散方程式と同じ形の2階の偏微分方程式の形にしました。そして、Payoffという初期条件を与えてそれを解く事によって、オプション価格の式を導出しました。そこには、期待値計算は一切出てきません。
しかし、その方法で導き出された式は、結果的に、確率分布関数を使った期待値計算の式と全く同じになります。
オプションの価格は、Payoffの期待値と考えるのが、直感に最も訴えるので、理解しやすくなると思います。この点、Black-Scholesのオプション価格式の導出過程は、直感で理解するのは非常に困難です。しかし、結果的に期待値計算と同じになるのであれば、その方法で価格式を導出した方が、はるかに理解しやすくなると思います。以下、その導出方法について、簡単に解説します。ここでも、確率解析による難解な導出方法の説明は省きます。極力、直感(Intuition)に訴えて、理解が容易になるようにしたいと思います。
Black-Scholesモデルは、まず株価の確率過程が幾何ブラウン運動すると仮定し、その結果、将来の株価の分布は対数正規分布になると仮定しています。すなわち、、
\[ dX=\mu Xdt+\sigma XdW \hspace{50mm} \]株価がこの式に従う確率過程を取ると、T時後の将来の株価X(T)は、対数正規分布となります。Black-Scholesは、ドリフト項μの値を、特に特定しませんでした。
ここで、4.2で説明したデルタヘッジ戦略において、対象株式のヘッジ売買を、オプション行使日を決済日とする、Forward価格で行ったと仮定します。これは、現時点での売買と現先取引(株式であれば、株の貸借取引を使いますが、経済効果はほぼ同じです)を組み合わせれば、比較的簡単に行えます。(決済リスクは無いと仮定しています) Forward価格は、現時点の価格に現先取引でかかる金利コストを上乗せした価格で決まります。その金利はおおむねリスクフリー金利と見做せます。リスクフリー金利rを使って、現在の株価\(X(0)\) のフォワード価格を表現すると、\(X(0)e^{rT}\) となります。
最初からオプション行使日におけるフォワード価格を考えるので、ここに至るまでのドリフトは考える必要が無くなります。すると上記の確率過程の式を、次のように書き直す事ができそうです。
\[ d\left[ X(t) e^{r(T-t)}\right] =\sigma \left[ X(t) e^{r(T-t)}\right] dW \]ドリフト項が消えた幾何ブラウン運動の式になりました。幾何ブラウン運動をする確率変数の、一定期間後の分布は、対数正規分布になります。すると、T時後のフォワード価格の対数(Ln(X(T)))の確率分布について、その平均(すなわち期待値)は、直感では、初期値=現時点でのフォワード価格の対数、すなわち \(\ln X(0) e^{rT}\) になるのではないかという気がします。
残念ながら、少し違います。現時点で、\(X(0) e^{rT}\) となっているフォワード価格は、上記の幾何ブラウン運動を無限回繰り返して、T時後には、\(X(T)=X(0)e^{(r-\frac{\sigma^2}{2}) T+\sigma \sqrt{T} Z}\) になっています。この式は、上の微分方程式の両辺をtで積分すれば求まります。右辺の指数の肩にあるZは標準正規分布\(N(0,1)\) をする確率変数です。
両辺の対数を取れば明らかですが、\(\ln X(T)\) の分布は、平均が\(\ln X(0)e^{(r-\frac{\sigma^2}{2})T}\)、分散が\(\sigma^2 T\) の正規分布になります。すなわち、平均は\(\ln X(0)e^{rT}\) から\(-\frac{\sigma^2}{2}T\)だけ下方にずれています。伊藤積分を使うと、こういう結果になるのですが、その部分の数学的説明は、その分野の専門家の方にお任せします。直感的には、価格100の株が、10%上昇した直後に10%下落すると、100×1.1×0.9=99になることから、幾何ブラウン運動をする確率変数は、ブラウン運動という非常に変化の激しい運動を微小時間の間に無限回繰り返す結果、\(-\frac{\sigma^2}{2}T\)だけ下方へのバイアスが累積したものと理解しています。
これで、確率分布が特定できました。\(X(T)=X(0)e^{(r-\frac{\sigma^2}{2})T+\sigma \sqrt{T} Z}\)の式中のZが標準正規分布をする確率変数なので、Zを−∞から+∞まで動かせば、X(T)の分布が求まります。それをPayoff関数に代入し、それに各Xの確率密度を掛けて−∞から+∞まで積分すれば、期待値が求まるはずです。
Payoffは、株価の将来価格とストライクの差でCall Optionであれば、
\[ \max \left[ (X(0) e^{(r-\sigma^2/2)T+\sigma \sqrt{T}Z}-Strike),0 \right] \hspace{50mm} \]また、確率密度関数は、
\[ \frac{1}{2\pi \sigma^2 T} exp\left[\frac{-(z-(r-\sigma^2 /2 )T)^2}{(\sigma^2 T)} \right] \hspace{40mm} \]となります。これを冒頭の期待値計算の式\(オプション価格 =\int_0^{\infty} Payoff(x) \ p(x)\ dx\)に代入すると、
\[ \int_{-\infty}^{\infty} \max \left[ (X(0) e^{(r-\sigma^2/2)T+\sigma \sqrt{T}Z}-Strike),0 \right]\times \frac{1}{2\pi \sigma^2 T} exp\left[\frac{-(z-(r-\sigma^2 /2 )T)^2}{(\sigma^2 T)} \right] \times dZ \]となります。但し、これは、オブション行使時の将来価値なので、これにTから現在までの\(Discount Factor= e^{-rT}\) をかけた値が、Callオプションの現在価値になります。すなわち、
\[ CallOptionPrice\hspace{120mm}\\ =e^{-rT}\times \int_{-\infty}^{\infty} \max \left[ (X(0) e^{(r-\sigma^2/2)T+\sigma \sqrt{T}Z}-Strike),0 \right]\times \frac{1}{2\pi \sigma^2 T} exp\left[\frac{-(z-(r-\sigma^2 /2 )T)^2}{(\sigma^2 T)} \right] \times dZ \]この式の右辺を解析していけば、Black-Scholesのオプション価格式と一致するはずです。
上記の期待値計算の式は、数値積分を使って近似値を求める事ができます。積分範囲を有限にして、その範囲を微小区間に区切り、例えば台形則やガウス求積法を使って近似値計算をします。zの範囲を、例えば標準偏差の±10倍より外は、確率がほとんど0なので、無視するとして、その内側をn個の微小区間に区切ります。そうやって計算されたオプション価格も、Black-Scholesの価格式の結果に非常に近い値が求まります。
複雑なオプションであれば、うまく解析解が求まらない場合がほとんどです。そういった場合でも、Payoffと確率分布が判っていれば、数値積分で解くのもひとつの方法です。 数値積分が使えない場合もあります。そういった場合は、別の数値解法を考える必要がありますが、モンテカルロシミュレーションを使えば、求まります。
ここは、基礎編なので、測度変換、伊藤積分などのテクニックを、数式を使わずに、言葉だけで説明してみました。従って、数学的には厳密性を欠いた、不正確な説明になっているかも知れません。
フォワード価格を基準に考える方法は、フォワード測度への測度変換を行って、オプション価格を求める手法と同じです。急に、フォワード測度とか、測度変換と新しい概念を、説明なしに使ってしまいました。測度変換のテクニックは、オプションの価格式を導出する金融工学の分野で、非常に便利な方法ですが、それを理解するのは、簡単では無いと思います。私自身も、相当苦労し、未だにきちんと理解しているかどうか自信がありません。
4.3.2.2のBlack-Scholesモデルの前提の説明の中で、仮定(1)~(6)の内、(6)が重要であると述べました。すなわち、株式の空売りを無制限にゼロコストでできるという仮定です。ここで説明した、Forward価格による期待値計算の方法でも、当然その条件は含まれています。すなわち、Forward価格による売買は、スポットでの売買に現先を組み合わせ、ショートポジションを作れる事が前提になっているからです。