上級編 4. Short Rate Models

4.3  Vasicek モデル

4.3.1  Vasicekモデルの仮定

まずVasicekは、瞬間短期金利の確率過程を下記のように仮定しました。 

\[ dr(t)=a(\theta-r(t))dt+\sigma dW(t),\ \ \ where\ \ a,\theta,\sigma \gt0 \tag{3.1} \]

この式が意味する所は、瞬間短期金利 r(t) が、長期的な均衡水準である θ に中心回帰する確率過程(Uhlenbeck-Ornstein 過程)を取り、その確率分布はガウス分布(正規分布)になる事を示しています。ドリフト項が中心回帰傾向を表現しており、α が中心回帰強度、θ が中心回帰レベルを示します。拡散項は拡散係数(すなわちVolatility)が σ のウィーナー過程を取ります。 

(ここでは、この関数が成立している確率空間の特定や、解が存在する為の条件など、数学的に厳密な条件設定については省略します。他のモデルの解説でも、その部分の説明は最低限にとどめるつもりです。) 

このように、瞬間短期金利の確率分布がガウス分布する Short Rate Model のグループを総称して Gaussian Short Rate Model(以下“GSM”)と呼んでいます(Andersen-Piterbarg “Interest Rate Modeling:Chapter 10”参照)。 

r(t)が中心回帰する様子は、ドリフト項の係数 \(a(\theta-r(t))\) を見れば判ります。 

  • 仮にt時の短期金利が中心回帰レベル θ より小さい場合 \( (\theta \gt r(t))\)、ドリフト項の係数はプラスになり、r(t) の微小変化は、平均的に、θ からの距離のa倍(通常0以上1未満)だけ θ に近づきます。
  • 逆にt時の短期金利が中心回帰レベルθより大きい場合 \((\theta \lt r(t))\)、ドリフト項の係数はマイナスになり、r(t) の微小変化は、やはり平均的に、θ からの距離のa 倍だけ θ に近づきます。

4.3.2  モデルの確率微分方程式を積分し、r(t)を求める

さて、この確率微分方程式を、初期値をr(0)と置いて解く(t時まで積分する)と 

\[ r(t)=\theta + (r(0)-\theta ) e^{-at} + \sigma \int_\theta ^t e^{-a(t-s)}dW(s) \tag{3.2} \]

となります。(解析のプロセスの説明は省略しますが、伊藤の公式を使ってこの式の両辺を微分すれば、もとの確率微分方程式の形になります。確率解析の最も基本的な部分なので、多くの解説がネットでも検索できるので、そちらをご覧下さい。) 

この式の右辺の第3項は、被積分関数をブラウン運動で積分したもので、伊藤積分と呼ばれています。この項は特定の実数値が決まるのではなく、ランダムな値を取り、その分布が特定できるだけです。従って、この式からは、t時における特定の r(t) の値ではなく、r(t) の確率分布が求まります。また、その分布はガウス分布になるので、平均と分散が特定できれば、分布関数が特定できます。 

まず平均 ( r(t) の期待値) ですが、3.2 式の第3項は伊藤積分であり、マルチンゲールになるので、平均は 0 になります。従って式の右辺全体の期待値は第1項と第2項の和になります。また、分散は、第3項の分散を求めればよく、それぞれ下記式のようになります。 

\[ \begin{align} &E^{Q_{RN}} (r(t))=\theta +(r(0)-\theta) e^{-at} \tag{3.3} \\ &E^{Q_{RN}} \left[\left(r(t)-E(r(t))\right)^2 \right] =E^{Q_{RN}} \left[ \left( \sigma \int_\theta ^t e^{-a(t-s)}dW(s)\right)^2 \right] =\frac{\sigma ^2}{2a} \left(1-e^{-2at}\right) \tag{3.4} \end{align} \]

t を 0 から ∞ まで動かしてみます。すると、t=0 の時の期待値は r(0) になります。すなわち初期値です。そこから t が大きくなるについれて θ に接近して行き、t=∞では θ に収束する事が分ります。また分散は、t=0 の時は 0、そこからtが増大するにつれ \(\sigma^2/2a\) に収束していく事がわかります。 

4.3.3  r(t) の積分の期待値として、t 時のイールドカーブを描く

<  ゼロカーブ >

さて、ここから r(t) をさらに、t 時から T 時まで積分しそれを R(t,T) とおきます。 

\[ \begin{align} R(t,T) &=\int_t^T r(s)ds \\ &=-\theta (T-t)-\frac{(r(t)-\theta)(1-e^{-a(T-t)})}{a}-\sigma \int_t^T \int_t^u e^{-a(u-s)}dW(s) du \tag{3.5} \\ \end{align} \]

この式から明らかなうように R(t,T) もガウス分布し、その平均は上の式の第1項と第2項の部分になります。 

\[ E^{Q_{RN}} (R(t,T))=-\theta (T-t)-\frac{(r(t)-\theta)\left(1-e^{-a(T-t)}\right)}{a}~~~~~~~~~ \tag{3.6} \]

これが、冒頭に述べた純粋期待仮説に基づく、   「瞬間短期金利で運用を継続した場合の、運用リターンの期待値」   として求めた長期金利になります。R(t,T) を (T-t) で割って年率換算したものが、t 時における T 満期のゼロクーポン債の利回りになり、それがすべての T で求まるので、この式からゼロカーブが描けます。 

また R(t,T) の分散は下記のようになります。 

\[ \begin{align} E^{Q_{RN}} & \left[\left(R(t,T)-E^{Q_{RN}}(R(t,T))\right)^2 \right]~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \\ & =E^{Q_{RN}} \left[ \left(\sigma \int_t^T \int_t^u e^{-a(u-s)} dW(s) du \right)^2 \right] \\ & =\sigma^2 \int_t^T e^{2as}\left(\int_s^T e^{-au}du \right)^2 ds \\ & =\frac{\sigma ^2}{2a^3} \left(-e^{-2a(T-t)}+4 e^{-a(T-t)}+2(T-t)a-3\right) \tag{3.7} \\ \end{align} \]

(解析のプロセスは省略しましたが、期待値計算の中の2重積分を、フビニの定理で積分の順序交換を行い、さらに伊藤の等長定理を使えば、上記のような式になります) 

< ディスカウント カーブ >

さらに、R(t,T) の符号をマイナスにして、その指数を取ると、T 満期のゼロクーポン債価格になります。 

\[ P(t,T)=e^{-R(t,T)}=E^{Q_{RN}} \left( e^{-\int_t^T r(u)du} \right) \]

指数の肩にある R(t,T) は、ガウス分布(正規分布)すると先ほど説明しました。従って、両辺の対数を取れば判る通り、P(t、T) が対数正規分布する事を意味します。(他のガウス分布を仮定した Gaussian Short Rate Model (“GSM”)でも同様です。 ) 

対数正規分布する確率変数は、(指数にある)正規分布する確率変数の平均と分散を使って下記のように表現可能です。(ギルザノフの定理を使えばそうなります) 

\[ P(t,T)=e^{-R(t,T)}=E \left[ exp{ (\sim N(E(R),Var(R))\ } \right]=exp⁡\left[ E(R)+\frac{1}{2} Var(R)\right] \]

従って、上式の指数の肩を、先ほど導き出した R の平均と分散で置き換えると 

\[ \begin{align} P(t,T)&=e^{-R(t,T)}=exp \left[ E(R(t,T))+1/2 Var(R(t,T))\right] ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \\ & =exp⁡\left[-\theta t-\frac{(r(t)-\theta)(1-e^{-a(T-t)})}{a}+ \frac{\sigma^2}{4a^3} \left(-e^{-2a(T-t)}+4e^{-a(T-t) }+2(T-t)a-3 \right) \right] \tag{3.8} \\ \end{align} \]

となります。この式から t 時におけるすべての満期 T のゼロクーポン債価格が求まるので、t 時における Discount Curve が描けます。すなわち Vasicek モデルによるt時におけるゼロ金利カーブとディスカウントカーブが導出できました。 

<  P(t,T) の式を、r(t) の指数関数として簡略化して表記 >

最後の式は、かなり長ったらしい式ですが、よく見ると、この式はr(t)の指数関数として、以下のような形に変形できます。 

\[ \begin{align} &P(t,T)=A(t,T) e^{-B(t,T)r(t)} \tag{3.9}\\ &但し、\\ &B(t,T)=\frac{1}{a} \left( 1-e^{-a(T-t)} \right) \\ &A(t,T)=exp⁡\left[\left(\theta-\frac{σ^2}{2a^2}\right)(B(t,T)-T+t)-\frac{σ^2}{4a} B(t,T)^2 \right] \end{align} \]

このように、t時のゼロクーポン債価格が、t 時の瞬間短期金利の指数関数として記述できるモデルは、Affine model あるいは Affine Term-Structure モデルと呼ばれています。イントロダクションの所で、Short Rate Model を瞬間短期金利の分布の形態で区分しましたが、ガウスモデルが Affine モデルに含まれると述べたのはこの為です。 

計算結果は複雑に見えますが、考え方のベースは当初示した通り、シンプルです。すなわち、短期金利運用を継続して得られる”累積リターン”のリスク中立測度による期待値は、同期間の”長期金利のリターン”と一致するというもので、それを瞬間短期金利の確率微分方程式を解いて、積分する事によって導出しました。 

<  モデル(確率微分方程式)のパラメータの特定 >

後は、パラメータとなっている \(a,~~ \theta,~~ \sigma \) を外生的に与えればモデルが完成します。この内、θ について Vasicek は、長期的な金利の均衡水準から求めるとしています。現時点のイールドカーブから取ってくるとは考えていませんでした。これは、もともと Vasicek が経済学的な均衡モデルとしてイールドカーブモデルを構築しようとしていたからです。また、\(a,~~\sigma \) についても、過去のデータから計測される値を外生的に与える事でモデルが特定されます。 

4.3.4  オプション価格式の導出

その後、Jamishidian 等によって、Vasicek モデルから、T満期のゼロクーポン債 P(t,T) を対象資産とするオプション価格の解析解が導出されました。上の式から P(t,T)は 対数正規分布する事が分っているので、平均と分散も簡単に求まります。それを使えば、Blackの公式から、ヨーロピアンオプションの価格式も求まります。 

Blackモデルによる解析解の導出方法は、すでに説明済("ブラックモデル")なので、ここではあえて説明しません。しかし、先ほども述べた通り、このモデルから導出されたオプション価格では、Arbitrage Free にならないので、実務で使われる事はありません。従って、解析しても無駄なので、Vasicek モデルによるオプション価格式の導出は省略します。 

次のHull-Whiteモデルで、それを行います。 

 

目次

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