上級編 1. イールドカーブ

1.2 Multi-Curve 対応

1.2.2 Multi-Curvesの構築方法

1.2.2.1  イントロダクション

これまで述べてきたように、Index Curve(Forecasting Curve)としてLIBOR-SWAPカーブを使った場合でも、Discounting Curveとして別のカーブを用意する必要が出てきました。では、具体的に、どうやってそれらのイールドカーブを構築すればいいのでしょうか? 

市場でカレンシースワップのBasis Spreadや、OISスワップとLIBORカーブのBasis Spreadの情報が取れるのであれば、従来の方法でLIBOR-SWAPカーブを構築し、それにBasis Spreadを加減すればDiscounting Curveとして使えそうな気がします。 

実際にBasis Spreadが数bpで、イールドカーブがフラットに近ければ、それでも問題ないと思います。その方法で構築されたイールドカーブを使って、ベンチマーク商品の時価評価を行うと、時価がParから若干ずれるかもしれませんが、誤差は許容範囲内に留まると思います。しかし、Basis Spreadが数10bpを超えて、かつイールドカーブが急傾斜になると、誤差が許容範囲を越える可能性があります。(許容範囲かどうかは、オファービッド差と比較して、それよりも相当程度小さいかどうかがひとつの判断基準かと思います。) この場合、Index CurveとDiscounting Curveを、金利スワップのベンチマーク商品と、OISあるいはカレンシースワップのベンチマーク商品の両方に完全フィットするようなアルゴリズムを使う必要があります。 また、イールドカーブの原データとなるベンチマーク商品を選択する際にも、注意が必要です。 

まず、LIBOR金利がTenor(期間)によって分断化した為、かつてのように、Overnight、から1カ月、3カ月、6カ月LIBORをいっしょくたにして、一本のイールドカーブの原データとして使えません。また、金利先物や、FRAについても、Underlying(対象金利)の金利期間によって分ける必要があります。金利先物は、Underlyingが、3カ月物が中心ですが、そのデータは3カ月LIBORのIndex Curveを構築する為の原データとしては使えますが、6カ月LIBORのIndex Curve構築には使えません。また、3×9のFRAは3か月後スタートの6カ月LIBORのレートを取引するものですが、このデータは6カ月LIBORのIndex Curve構築には使えますが、3か月LIBORのIndex Curve構築には使えません。 

さらに、6カ月LIBORのIndex Curveを構築しようとすると、期間の一番短いベンチマークは、スポットスタートの6カ月LIBORレートになるので、一番手前のPillarが6カ月+2営業日となり、それ以前の情報がありません。例えば、1×7のFRA取引があれば、1カ月と7カ月のPillarのデータに使えますが、1カ月より短い期間のデータは不足しています。その情報を補完する為には、6カ月のPillarから手前を、何等かの方法でExtrapolationする必要があります。これらの点に注意しながら、具体的なアルゴリズムの説明をしたいと思います。 

1.2.2.2 カレンシースワップのIndex CurveとDiscounting Curveの構築方法。

まず、カレンシースワップのBasis Spreadに対応するIndex CurveとDiscounting Curveの構築アルゴリズムについて説明します。歴史的には、この調整の方が、OISスプレッド対応より先に発生していました。このセクションの内容は、主にAndersen-Piterbargの“Interest Rate Modeling”のChapter-6、及びFujii-Shimada-Takahashiの”A Note on Construction of Multiple Swap Curves with and without Collateral“を参考にしています。 

ここで言うカレンシースワップは、異なる通貨の変動金利キャッシュフロー同士の交換を考えます。ベーシススプレッドは、ドルLIBOR以外のキャッシュフロー側に付けるのが一般的なので、次の様なカレンシーベーシススワップを考えます。 

  • t 時の円―ドルの為替レート: Fx(t)。 現在の為替レート = Fx(0)  (円/$表示)
  •  みなし元本: \( Notional_$ = 1.0, \ \ Notional_{yen} = Fx(0) \) 円 (スワップの満期まで一定で、満期時に元本交換)
  • 米ドルキャッシュフロー: US$ LIBORフラット
  • 円キャッシュフロー: 円LIBOR + \( Spread_{$-Y}^{ccy}\) 但し \( Spread_{$-Y}^{ccy}\) はカレンシースワップのBasis Spreadの市場実勢(今の市場環境ではマイナス)

スワップ取引は、取引時点でキャッシュフローの現在価値が等価なもの同士の交換になります。両サイドの通貨が異なるので、まず それぞれの通貨のDiscounting Curveを使って現在価値に換算し、それを取引時点の為替レートFx(0)を使って換算したものが等価になります。 

ここで、ドルのForecasting Curve(Index Curve)を使った LIBOR を \(L_$ (0,t_i,t_{i+1}) \)、Discounting Curveを \(P_$ (0,t_i ) \)、 円のForecasting Curveを使ったLIBORを \(L_y (0,t_i,t_{i+1})\)、Discounting Curveを \(P_y (0,t_i) \)、とおくと、次の等式が成立します。(カレンシーベーシススワップでは、満期時の元本交換があるので、両辺の第2項は元本の現在価値に相当します。) 

\[ \sum_{i=0}^{n-1} L_$ (0,t_i,t_{i+1}) \tau_i P_$ (0,t_{i+1}) + P_$ (0,t_n)\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \\ = \frac{Notional_{yen}}{Fx(0)}\left\lbrack \sum_{i=0}^{n-1} \left( L_y (0,t_i,t_{i+1})+ Spread_{$-Y}^{ccy} \right) \tau_i P_y(0,t_i+1) + P_y(0,tn) \right\rbrack \tag{1} \]

但し、\(τ_i\) は、クーポン期間 \( [t_i,t_{i+1}] \) を年表示した値。 

ここで、とりあえずドルの Forecasting Curve と Discounting Curve は同じと仮定します。実際には、ドルの OISスワップスプレッドが 0 で無ければ、この2つのカーブを別のものにしなければなりませんが、その調整は後から行うとして、まずこの仮定からスタートします。 そうすると、上の等式の左辺はPar(みなし元本と同額、すなわち1.0)になります。また取引時点では \(Notional_{yen}=Fx(0)\) なので、上の式を書き換えると 

\[ 1=\sum_{i=0}^{n-1} (L_y (0,t_i,t_{i+1}) + Spread_{$-Y}^{ccy} ) \tau_i P_y (0,t_{i+1} )+ P_y (0,t_n ) \tag{2} \]

すなわち、円のキャッシュフロー側は、スプレッドを加減した変動金利キャッシュフローの現在価値がParになります。これは、将来の LIBOR金利を導出するための Forecasting Curve と、現在価値に割引く為の Discounting Curve が、大体スプレッド相当分だけ異なる事を意味します。 

ここで、円の Forecasting Curve を推定するために、まず通常の円の固定金利と変動金利の交換となる金利スワップの市場レートを使います。ここでは便宜上、変動金利のインデックス、固定金利と変動金利のクーポン日はすべてカレンシーベーシススワップと同じと仮定します。円金利スワップの固定金利レートを \(C_y\) とおくと、\(C_y\) が市場実勢レートであれば、固定金利キャッシュフローと変動金利キャッシュフローの現在価値は等価になり、次の等式が成り立ちます。 

\[ C_y \sum_{i=0}^{n-1} \tau_i P_y (0,t_{i+1} )=\sum_{i=0}^{n-1} (L_y (0,t_i,t_{i+1} )) \tau_i P_y (0,t_{i+1} ) \tag{3} \]

ここから、カレンシーベーシススワップの等式(2)と円金利スワップの等式(3)の両方を満たすような Forecasting Curve と Discounting Curve を求めます。 

Piterbarg と、Fujii-Shimada-Takahashi では、ここから少し方法が異なります。Piterbarg は、まず Forecasting Curve を導出(推定)し、そこからベーシススプレッドを使って Discounting Curve を導出します。一方 Fujii-Shimada-Takahashi は、Discounting Curve をまず導出し、そこからベーシススプレッドを調整して Forecasting Curve を導出しています。同じような結果になりそうですが、微妙に異なります。Piterbarg によれば、先に導出するイールドカーブは、その導出アルゴリズムの中でSmoothingや連続性を勘案した Interpolation の方法が使えますが、後から導出するカーブは、そこから単純にスプレッドを加減するだけで、出来上がったカーブの連続性や Smoothing 等は保証されません。Piterbarg は、両方とも Smoothing や連続性を勘案した Interpolation法を使うと、計算が非常に複雑になり、現実的ではないと述べています。また金利の確率過程などを考える場合、Forecasting Curve (Index Curve) の方が、連続性や微分可能性が重要になるので、Interpolation法はこちらのカーブを構築する際に使われるべきだとも述べています。 

以下に、Piterbargの方法を、もう少し詳しく紹介します。 

Piterbarg は、始めに Forecasting Curve を導出し、Discounting Curve は、それにベーシススプレッドを加減した、Piecewise Constant なカーブと仮定します。すなわち Forecasting Curve を瞬間フォワード金利で表現し、それにクーポン期間毎に一定のベーシススプレッドを加減して導出されたものを Discounting Curve とします。式で表現すると 

\[ f_y^d (t)=f_y^f (t)+Spread(t),\ \ \ \ \ \ Spread(t)=\sum_{i-0}^{n-1} Spread_i I_{t∈[T_i,T_{i+1}]} \tag{4} \]

但し、 \(f_y^d (t)\) : 瞬間フォワード金利で表現した Discounting Curve
          \(f_y^f (t)\) : 瞬間フォワード金利で表現した Forecasting Curve
          \(Spread_i\) : 期間 \(t∈[T_i,T_{i+1}]\) 内で一定のベーシススプレッド 

そして 

  1. まず通常の円金利スワップの市場レートの集合(ベンチマーク商品の集合)から、従来の Single Curve 構築の時と同じ Bootstrapping +Interpolation のアルゴリズムを使って、Forecasting Curve (の推定値)を導出します。
  2. その Forecasting Curve を使って、カレンシーベーシススワップの円の変動金利キャッシュフローを構築します。キャッシュフローは、当然ベーシススプレッド\(Spread_i\) を勘案したものになります。
  3. (ii)で構築したキャッシュフローが、(2)式を満たすような Discounting Curve を求めます。 Discounting Curve は、そこから導出される Forward Curve の連続性や微分可能性を気にしなくていいので、シンプルな Bootstrapping のアルゴリズムで導出できます。
  4. (iii)で導出された Discounting Curve を使って、(3)式を使ってベンチマーク商品の価格を再計算すると、Parから若干ずれます。そこで、市場レートにフィットするように、Forecasting Curve を再計算します。その後(ii)~(iv)のアルゴリズムを(iv)の誤差が許容範囲に収まるまで繰り返します。(iv)の誤差はもともと軽微なので、数回の再計算で収束するはずです。

これで、(2)式と(3)式を同時に満たす、Forecasting Curve と Discounting Curve が構築できました。 

< 私見 >
 Piterbargのアルゴリズムは、カレンシースワップと金利スワップの両方で、市場レートに完全にフィットする Forecasting Curve と Discounting Curve を求めています。個人的には、カレンシーベーシススワップの時価評価にだけフィットすれば十分ではないかと思います。そうすると、上記(i)~(iii)までのアルゴリズムだけで終了し、(iv)の検証と、(i)~(iii)のやり直しが不要になり、計算速度が上がります。一方で、出来上がったカーブは、(2) の等式は満たしますが、(3)の等式では、右辺と左辺に微妙な差が生まれます。
 Piterbargの方法は、導出された Forecasting Curve と Discounting Curve を、カレンシースワップだけでなく、通常の円金利のキャッシュフローすべてで使う事を想定したものと考えられます。しかし、ここで導出されたカーブは、カレンシースワップの時価評価にだけ使い、円のキャッシュフローだけを持つデリバティブズについては、次で求める、OISスプレッドを勘案した Forecasting Curve と Discounting Curve を使っていいのではないかと思います。あるいは、CSAが無い場合は、従来の Single Curve ベースの LIBOR-SWAP カーブを Forecasting と Discounting Curve に使ってもいいのではないかと思います。
 ちなみに、Fujii-Shimada-Takahashi の論文では、Discounting Curve の導出からスタートしますが、(i)~(iii)までのアルゴリズムでストップしており、導出された Forecasting Curve は、通常の金利スワップには完全にフィットしないと思われますが、特にそこには触れられていません。

1.2.2.3  OISスワップのBasis Spreadを勘案したMulti-Curve 構築

CSA を交換している取引相手方との金利スワップにおいて、OISスプレッドを勘案した Multi-Curve 構築のアルゴリズムを考えます。基本的には、前のセクションのカレンシースワップの Basis Spread への対応方法と同じです。 

ここで注意しなければならないのは、LIBOR の Tenor(期間)によって、Index Curve (Forecasting Curve) も別々に用意する必要があるという事です。というのは、変動金利インデックスの Tenor が異なる変動金利同士のベーシススワップにおいても、無視できない水準のスプレッド(Tenor Basis Spread と呼ばれています)が発生し、それが恒常化しているからです。 

この場合、まずその通貨の最も流動性の高い金利スワップで使われる LIBOR の Tenor を特定します。ドルであれば、変動金利インデックスは3カ月LIBOR を使うのが多いと思います。また Euro や円では6カ月物の EURIBOR あるいは、円LIBOR、円TIBOR を使うのが一般的です。 

そして、最初にその Tenor を変動金利インデックスに使う金利スワップのベンチマーク商品を特定します。この時、これまでの Single Curve 構築の場合のように、期間の異なる LIBOR や FRA をベンチマーク商品として使う事はできません。例えば、6カ月LIBOR の Index Curve を構築する場合、ベンチマーク商品として 6カ月LIBOR や、1×7 や 3×9 の FRA は使えますが、O/N、1Week、1カ月、3カ月、12カ月などの Tenor の LIBOR は使えません。また金利先物も通常3カ月LIBOR を指標とするので使えません。 

後は、前のセクションと同じアルゴリズムを使います。すなわち、 

  1. まず通常の円金利スワップの市場レートの集合(ベンチマーク商品の集合)から、従来の Single Curve 構築の時と同じ Bootstrapping +Interpolation のアルゴリズムを使って、Forecasting Curve(の推定値)を導出します。
  2. その Forecasting Curve を使って、OIS basis swap の変動金利インデックスキャッシュフロー(OISキャッシュフローの反対側)を構築します。キャッシュフローは、当然ベーシススプレッド \( Spread_i\) を勘案したものになります。
  3. (ii)で構築したキャッシュフローが、(2)式を満たすような Discounting Curve を求めます。Discounting Curve は、そこから導出される Forward Curve の連続性や微分可能性を気にしなくていいので、再帰計算を必要としないシンプルな Bootstrapping のアルゴリズムで導出できます。
  4. (iii) で導出された Discounting Curve を使って、(3)式を再計算すると、Parから若干ずれます。そこで、金利スワップの市場レートにフィットするように Discounting Curve はそのままにして、Forecasting Curve を再計算します。その後(ii)~(iv)のアルゴリズムを(iv)の誤差が許容範囲に収まるまで繰り返します。(iv)の誤差は軽微なので、数回の再計算で収束します。

これで、(2)式と(3)式を同時に満たす、Index Curve(Forecasting Curve) と Discounting Curve が構築できました。Piterbarg が指摘しているように、Index Curve は Smoothing や連続性を考慮した Interpolation法が使えますが、Discounting Curve については、そこから導出される Forward Curve の連続性などは保証されません。Discounting Curve は、現在価値を求める Discount Factor を導出する為だけに使われるので、その点はあまり気にする必要が無いかも知れません。 

同様のアルゴリズムを使って、Tenor Basis Spread を勘案した他の Tenor の Index Curve も導出できます。 

< Synthetic Deposit >

例えば、6カ月LIBOR の Index Curve を構築する場合、ベンチマーク商品として使えるのは、6カ月LIBOR 自体と、それを対象とする FRA、変動金利キャッシュフローが6カ月LIBOR を変動金利Index として使っている金利スワップになります。 

そうすると、一番手前の Pillar は、6カ月LIBOR のエンド日、すなわち6カ月+2営業日になり、それより短い期間の情報がありません。1カ月LIBOR、3カ月LIBOR といった市場レートは、6カ月LIBOR のカーブ構築には使えません。1×7 (1カ月先スタートの6カ月LIBORのFRA) の FRA のレートが判っていれば、1カ月の Pillar の情報は取れますが、O/N や1週間、2週間といった期間の情報は取れません。FRA の時価評価や、6カ月LIBOR を対象としるオプションの時価評価において、こういった情報があった方が、より精密な評価ができるかも知れません。 

こういった場合に、“Synthetic Deposit” という、架空の預金金利を想定して、足りない情報を補完する方法が、Ametrano-Bianchetti の論文(”Everything You Always Wanted to Know About Multiple Interest Rate Curve Bootstrapping But Were Afraid To Ask”) で紹介されています。具体的には、OIS と6カ月LIBOR の Basis Spread を、6カ月より先の3点の Pillar の情報を使って、2次関数の係数を求め、その2次関数で6カ月より手前を補外して求めています。詳細は、同論文をご覧下さい。  

1.2.2.4  CSA付きのカレンシースワップの場合

< はじめに >

取引相手方とCSAを交わしている場合に、カレンシースワップの Basis Spread と、OISスワップの Basis Spread の両方を勘案した Index Curve と Discounting Curve をどう構築したらいいのかという問題があります。この場合、担保として認められる現金の通貨が何であるかも問題になります。一方の通貨だけが認められている場合もあるし、両方の通貨が認められている場合もあります。現在の市場環境であれば、現金担保の通貨に円と$が認められていたとすると、OISスプレッドの小さい方の通貨である円が選択されるのが合理的と推定されます。従って、ここでは円の現金担保をベースにした Index Curve と Discounting Curve の構築方法について考えます。 

< 考え方の整理 >

相当ややこしそうなので、まず、考え方について整理してみます。デリバティブズの評価に使う Discounting Curve は、“リスクフリー”に拘るのではなく、デリバティブズのリスクをヘッジする取引から発生する“資金取引の運用・調達レート”を使います。これについては、セクション1.2.1.3 のMulti-Curve 対応の正当化、のところで理由を説明しています。CSA を交換している場合は、現金担保であれば通常オーバーナイト金利が付利されるので、それが自動的に資金取引の運用・調達レートになります。従って、オーバーナイト金利の期間構造を表す OISカーブを Discounting Curve として使います。 

CSA で授受される担保金額は、デリバティブズの時価評価額です (Initial Margin や Independent Amount はゼロと想定)。その時価評価額は、(市場変動が無いと仮定すると)将来、デリバティブズのキャッシュフロー期日において、順次、実現損益(現金)に変わっていきます。また、その実現損益は、手元の担保現金を、時価評価で使った Discounting Curve の金利水準で運用・調達した場合の元利合計額と一致します。キャッシュフロー期日における現金の動きは、(市場価格の変動が無いと仮定すると)デリバティブズ取引から発生するキャッシュフローと、同額で逆方向の担保返還義務のキャッシュフローになります。実務上は、両者は相殺されて実際の現金の移動は起こりません。しかし会計上は、評価益が実現益に変わり、受入れ担保(相手に変換すべきもの)が手元現金(自分のもの)に変わります。 

ところが、カレンシースワップの場合は、将来発生するキャッシュフローは円だけでなくドルでも発生します。一方、CSA で受け入れる現金担保は、ここでは円です。現時点の評価益が、将来発生する円のキャッシュフローで実現し現金化されるのであれば、円金利の Discounting Curve は、円の OISカーブを使うのが合理的です。実際に担保に付される金利がそれだからです。一方、評価益が、将来発生するドルのキャッシュフローで実現し現金化される場合、どう考えたらいいのでしょうか? その場合、手元の担保現金を、カレンシースワップでドルに変換して運用・調達レートを固める(ヘッジする)必要があります。(実際のそのようなヘッジ取引を行う訳ではありませんが、理論上は、そう見做して時価評価しているのと同じです) そうすると、ドルのキャッシュフローの評価には、円をドルに変換して固められた運用・調達レートを Discounting Curve として使うべきでしょう。円の担保現金には、オーバーナイト金利が付利されます。それを一旦、円LIBOR の Index Curve に変換し、それをさらにカレンシースワップでドル LIBOR の Index Curve に変換します。その2回のスワップの結果得られたドル側のイールドカーブで運用・調達レートが固まります。そのレートは以下のような、スワップの組合せで求まります。 

円 OIS  ⇔ 円 \(LIBOR ― Spread_y^{OIS}\) 

円 \(LIBOR ― Spread_y^{OIS}\) ⇔ ドル \(LIBOR ― Spread_{$-Y}^{ccy} ― Spread_y^{OIS}\) 

この取引を経由して、円の現金担保にかかるオーバーナイト金利からドルベースで固められる運用・調達レートは、概ね 

ドル \(LIBOR ― Spread_{$-Y}^{ccy} ― Spread_y^{OIS}\) 

となります。先ほどの論拠から、このレートをドルの Discounting Curve として使うのが、デリバティブズの価格評価理論と整合性が取れます。(市場で Quote されている \(Spread_y^{OIS}\) と \(Spread_{$-Y}^{ccy}\) は、それぞれ OISキャッシュフロー、円LIBORキャッシュフロー側に付されているスプレッドです。現在(2019年6月)の市場実勢は、\(Spread_{$-Y}^{ccy}\) がマイナスで、\(Spread_y^{OIS}\) はプラスです) 

実際には、上記のプロセスで、 

  • 円LIBOR と ドルLIBOR の Index Curve(Forecasting Curve) は、通常の金利スワップから、Bootstrapping + Interpolation法により導出。これを使って将来の円とドルの LIBORキャッシュフローを導出。
  • 円の OISインデックスカーブすなわち Discounting Curve は、OISスワップの市場レートから Bootstrapping + Interpolation法で導出
  • 最後に、円ドルのカレンシーベーシススワップの市場レートにフィットするよう、簡単な Bootstrapping のアルゴリズムを使ってドルの Discounting Curve が導出できます。

その場合、その Discounting Curve は、ドル \(LIBOR ― Spread_{$-Y}^{ccy} ― Spread_y^{OIS}\) に、近いものになるはずです。 

全く同じ論法で、CSA を交換しているカレンシーベーシススワップで、現金担保の通貨がドルの場合の円の Discounting Curve も導出できます。まずドルの Discounting Curve と Index Curve はドルの OISスワップと金利スワップから導出します。円の Index Curve も円の金利スワップの市場レートから導出します。最後に円の Discounting Curve は、カレンシースワップのBasis Spreadにフィットするように導出できますが、 

円 \(LIBOR + Spread_{$-Y}^{ccy} - Spread_$^{OIS}\) 

に近いものになるはずです。(円の現金担保の場合と比較して、\(Spread_{$-Y}^{ccy}\) の符号がプラスマイナス逆になっている点に注意して下さい。\(Spread_{$-Y}^{ccy}\) が円のキャッシュフロー側に付いているという前提からくるものです。) 

< 別のアプローチ >

先に紹介した Fujii-Shimada-Takahashi の論文では、別のアプローチで、CSA を交換したカレンシーベーシススワップ取引におけるそれぞれの通貨の Index Curve と Discounting Curve の導出方法を紹介しています。この論文では、フォワードLIBOR金利を、「 OISレートを使ったマネーマーケット口座をニュメレールとした期待値になる」 という考え方をベースにしています。 

まずカレンシーベーシススワップの円キャッシュフローについては、円を現金担保として使うので、Discounting Curve に OISカーブを使います。その場合、円キャッシュフローの価値は以下の様になります。( 同論文では、みなし元本の Initial Exchange に相当する \(-D_{t,T_0}\) (円キャッシュフローの \(T_0\) 時における現在価値ともみなせます)が式の中に含まれています。その部分だけ前のセクションの(1)式と異なります。) 

\[ V_y=Notional_y \left\lbrack \sum_{m=1}^M \delta_m D_{t,T_m} E^yen-c (L(T_{m-1},T_m )+Spread_{$-Y}^{ccy})-D_{t,T_0 }+D_{t,T_M} \right\rbrack \ \tag{5} \]

ここで、Discounting Curve : \(D_{t,T_m} \) は、円の OIS スワップカーブから導出します。また、フォワードLIBOR の期待値: \(E^{yen-c} (L(T_{m-1},T_m ))\) は、円の OIS と円の金利スワップを同時に満たすような Index Curve を導出して求めます。\(E^{yne-c} (L(T_{m-1},T_m ))\) は厳密には、これと異なりますが、それ程離れていないと推定しています) 

一方で、同論文では、ドルのフォワードLIBORをドルのリスク中立測度を使った期待値と考えます(注:なぜ円の現金担保口座をニュメレールとしないのか解りません)。仮に円を現金担保とした場合のドルの金利スワップの市場レートが取れるのであれば、その期待値(すなわちドルのフォワード LIBOR カーブ)は、下記等式を満たすと考えます。 

\[ C_K^$ \sum_{k=1}^K \Delta_k^$ P_{t,T_k}^$ E_t^$ \left( e^{\int_t^{T_m} Spread_y^{OIS} ds} \right) = \sum_{m=1}^M \delta_m P_{t,T_m}^$ E^$ \left( e^{\int_t^{T_m} Spread_y^{OIS}ds} L^$ (T_{m-1},T_m )\right) \tag{6} \]

但し \(C_K^$\) はドルの金利スワップの固定クーポンレート 

取組時の為替レートを \(Fx(0)/$,\ \ Notional_$=$1と\) とすると \(Notional_$=Notional_{yen} / Fx(0) =$1\) なので、同論文では、円―ドルのカレンシースワップの下記の条件式が成立するとしています。 

\[ \sum_{i=1}^M \delta_m P_{t,T_m}^$ E^$ \left( e^{\int_t^{T_m} Spread_y^{OIS}ds} L^$ (T_{m-1},T_m ) \right) =\sum_{i=1}^M \delta_m D_{t,T_m} E^{yen-c} \left( L(T_{m-1},T_m)+Spread_{$-Y}^{ccy} \right)-D_{t,T_0}+D_{t,T_M}\ \tag{7} \]

(注:同論文の(56)式をそのまま引用してますが、右辺と比べて明らかに左辺に \(-P^$_{t,T_0}+P^$_{t,T_M}\) の項が不足しています。) 

右辺は導出済で、左辺の \(P_{t,T_m}^$\) もドルの OISカーブから導出できるので、あとは \( E^$ \left( e^{\int_t^{T_m} Spread_y^{OIS}ds} L^$ (T_{m-1},T_m ) \right) \) を(6)、(7)式にフィットするように、導出できるとしています。 

(注) Fujii-Shimada-Takahashi の論文では、カレンシースワップの市場レートにフィットさせる為の条件式として(7)式(論文中では(56)式)を提示していますが、みなし元本の交換部分に相当する\(-P_{t,T_0}^$+P_{t,T_M}^$\) の項が、左辺から抜けています。右辺と比較すれば明らかです。
さらに、左辺の Discounting Curve に、\(Spread_{$-Y}^{ccy}\) 相当の修正( \(e^{-\int_t^{T_m} Spread_{$-Y}^{ccy} ds}\) になると思います) を入れないと、等式は成立しないと思います。それとも、\( E^$ \left( e^{\int_t^{T_m} Spread_y^{OIS}ds} L^$ (T_{m-1},T_m ) \right) \) の期待値計算の中に、その部分の修正も含まれるのでしょうか? 同論文の方法で、\( E^$ \left( e^{\int_t^{T_m} Spread_y^{OIS}ds} L^$ (T_{m-1},T_m ) \right) \) を導出すると、結果的にそうなりそうです。 

Fujii-Shimada-Takahashi の論文のように、フォワードLIBOR 金利を、Stochastic に動くものとし、現金担保の口座をニュメレールに使った期待値とする考え方は、Multi-Curve 下のデリバティブズの価格評価方法に関する文献に多く使われています。しかし、単にイールドカーブ構築のアルゴリズムを考えるだけであれば、フォワードLIBOR はすべて現時点の Index Curve から、確定的に決める事ができるので、もう少しシンプルに考えてもいいように思います。 

カレンシースワップの場合、円サイドに付されている \(Spread_{$-Y}^{ccy}\) と \(Spread_y^{OIS}\) を使って、ドルの Discounting Curve を修正すると、円とドルのイールドカーブの水準と傾きの違いから、若干の Convexity 調整が必要になるかも知れませんが、非常に僅かだと思われるので、私の考え方では、あえて期待値とせず、フォワードLIBOR をイールドカーブから導出できる確定的なものと見做しました。 

 

目次

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