寄り道 : 期待値の導出方法 

A.1   はじめに

ここまで、最も基本的な Short Rate Models(SRM) のいくつかを紹介してきました。
 ここから、Affine Short Rate Model や、マルチファクターの Short Rate Model の説明に進むのか、一旦 SRM から離れて、Local Volatility や Stochastic Volatility モデルの説明に進むか、思案しています。流れからすれば、Affine SRM やマルチファクターの SRM といった、より複雑で表現力が豊かになる SRM の説明に進むべきかでしょう。しかし、オプション価格式を導出する解析のプロセスで、かなり難解な数学的テクニックを使っており、理解するのは容易ではありません。難しい割に、これらのモデルが実務で使われる事は殆ど無く、理解の為の努力が報われないという残念な所があります。  

一方で、Short Rate Model からは一旦はずれますが、Local Volatility モデルや、Stochastic Volatility モデルは、市場で観測される Volatility Smile の形状をうまく説明できるモデルとして、実務では結構使われています。これらのモデルは、もともと金利オプションではなく、株式オプションや為替オプションといった分野で発展したもので、これまでの金利オプションのモデルの説明の流れからすると、ややはずれますが、先にそちらの説明へ進んだ方がいいのではないかとも思います。しかし、いずれの方向に進むにしても、かなり難解な数学のテクニックが多く使われており、理解するのは容易ではありません。 

そこで、まずこれらのモデルの解析プロセスを理解する為に、一旦寄り道をして、「期待値演算の方法」について、解説したいと思います。これらのモデルの解析で使われる期待値演算の方法は、一般的に馴染みがある方法とは、全く異なる方法で行われています。その方法を、あらかじめ理解しておけば、この後の理解が大分楽になると思います。 

クオンツファイナンスは、極論すれば、金融商品の価格を、将来の不確実なキャッシュフローの期待値(の現在価値)として求める理論体系です。基礎編で、すべての金融商品の価格は、下記式で表現されると述べました。 

\[ 金融商品価格=\sum_{i=1}^n Cashflow_i×Probability(Cashflow_i)×DiscountFactor(r(T)) \]

この式の内、Cashflow は当事者間の契約で決まり、Discount Factor は市場で観測されるイールドカーブから求まるので、あとは Cashflow の確率分布さえ特定できれば、どんな金融商品でも価格評価が可能です。基礎編の説明では、いとも簡単に出来る様に述べましたが、上級編を読まれている方は、そうでもない事を理解されていると思います。 

難解な部分のひとつは、確率測度として、基本的にリスク中立測度を使う事です。あるいは、計算が容易になるように、適当なニュメレールを選択して測度変換を行う事です。実際に観測(予測)される確率測度ではなく、それを若干修正した確率測度を使う理由について、直感で理解するのは容易ではありません。これについては、上級編の“資産価格づけの基本定理(Fundamental Theory of Asset Pricing)”の所で、私なりに、直感でもある程度理解できるような解説を試みました。 

そして難解な部分のもうひとつが、期待値演算の方法です。これまで見てきた、Black-Scholes モデルや Hull-White モデルでは、確率変数が、正規分布あるいは対数正規分布すると仮定しているので、確率密度関数が解析的に求まり、従って上記の期待値計算はそれ程難しくありませんでした。しかし、Local Volatility Model、Stochastic Volatility Model など、確率変数の分布を、あえて正規分布や対数正規分布からずらしたモデルでは、確率密度関数が解析的に求まらないケースが殆どです。確率が求まらないのに、どうやって期待値計算を行えばいいのでしょうか?  

そういった場合に、最も解りやすく期待値を計算する方法は、モンテカルロシミュレーションです。モデルとなる確率過程の式(確率微分方程式)から、将来の確率変数のサンプルを多数生成させ、そこから力づくで、期待値を計算します。計算時間を気にしなければ、どのような確率過程のモデルでも期待値計算が可能で、ほぼ万能です。しかし、マルチファクターモデルのように、確率変数の数が多くなると、計算時間がかかりすぎて、実務で使うには、大きな障害になります。 

このようなモデルの解析過程では、一般的にはあまり馴染みの無い方法で期待値計算が行われています。それらの方法は、かなり難解な数学のテクニックを使っているので、初学者にとっては、ハードルが高いと思います。 

そこで、確率分布をあえて正規分布からずらしたモデルを説明する前に、特殊な期待値計算の方法について、まとめてみました。私自信、これまで金融工学の文献を読む上で壁にぶつかったのは、そこで使われていた難解な期待値計算の方法でした。事前に、それらに馴染んでおけば、そのようなモデルの解析過程を理解する上で助けになるのではないかと思います。 

 

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