上級編 6.  Libor Market Model 

6.5   Calibration

6.5.1    はじめに

まず、最も一般的な形のLMMの式を再記します。 この式の拡散項係数は、LMM の様々なバリエーションに対応した一般的・抽象的な形の関数形になっていますが、Calibration の前に、まずこれを具体化する必要があります。

\[ dL_i(t)=Drift(∙)dt+ϕ_i~ψ(t,T_i)~η(L_i(t))~ζ(z(t))∙ {\bf c_i (t)∙dw(t)^Q },~~~~~i=1,…,n \tag{6.37} \]

但し、\(\bf c_i(t) \) は、相関行列 \(\bf \rho\) を分解した n×m 次元の行列 \(\bf C ~~(\rho=CC^{\top} ) \) の i 番目の行ベクトル、\(\bf dw(t)^Q\) は Q 測度下の、それぞれ独立した m 次元(m<<n)のブラウン運動。 

この連立 SDE のモデルを具体化にするには、まず Libor の期間(3か月または6か月)と最長テナー(20~40年)を決めます。それは、デリバティブズの価格評価に必要な範囲で最も長い期間をカバーします。すると確率変数となる Libor の数 n は最大で 80~160 になります。次に、右辺第2項にある拡散項係数の内、Volatility 関数の部 \(ϕ_i~ψ(t,T_i)~η(L_i(t))~ζ(z(t))\) をどう定義するかですが、それについては、Section 6.3 で解説しました。また相関の情報である \(\bf c_i(t)\) を、どのように取ってくるかについては、Section 6.4 で説明しました。あと、ブラウン運動 \(\bf dw(t)^Q\) のベクトルの次元数 m も決める必要がありますが、その決め方は、相関行列の主成分分析を行って、相関行列の働きの大半の説明がつく固有値の数を参考に選択する事になります。実務では、大体3~5程度としている所が多いのではないかと思います。以上のようにして、拡散項係数とブラウン運動の次元数が固まれば、ドリフト項係数 \(Drift(∙)\) は、Section 6.2 で説明した通り、そこから解析的に求まります。 

あとは、拡散項係数にある Volatility 関数のパラメータをベンチマーク商品の市場価格に Calibration してモデルは完成します。相関の情報 \(\bf C ~~(\rho=CC^{\top} ) \) についても、市場価格に Calibration して導出する方法もありますが、実務では過去のイールドカーブデータから統計的に求め、外生的に与える方法が主流かと思います。従って、Calibration の対象となるのは、基本的に Volatility 関数のパラメータになります。 

その Volatility 関数の内、\(\eta (L_i (t))~と~\zeta (z(t))\) は Local Volatility と Stochastic Volatility のファクターに該当し、それらの部分の Calibration は、以下に説明する Calibration とは別のアルゴリズムで行わなければなりません。それについては、Local Volatility モデルや Stochastic Volatility モデルの説明をした後で行いたいと思います。ここでは、古典的な LMM の Volatility 関数の Calibration の説明をするので、\(\eta (L_i(t))=L_i(t),~~\zeta (z(t))=1\) とおいて、\(\phi_i~\psi (t,T_i)\) の部分の Calibration のみの説明をします。すなわち、“Volatilityの期間構造”と、その期間構造の“時間による推移”がどのようになるかを、市場データにフィットさせて決める事になります。これらの Volatility 関数の Calibration は、基本的に At the Money 近辺の Cap や Swaption といったベンチマーク商品に対して行われます。何をもって At the Money と言うのか難しい部分がありますが、ここでは触れません。 

問題は、Calibration の対象として、どの範囲のベンチマーク商品を選択するかという所で発生します。これについては、議論が大きく分れる所ですが、考え方の両極は、 

A. 出来るだけ多くのCap/FloorとSwaption価格の両方にCalibrationすべきという考え方と、

B. Cap/FloorだけにCalibrationすべきという考え方です。 

前者(A)は、LMMを使って、広範なエキゾチックデリバティブズのポートフォリオを価格評価しようとする場合に取られる考え方です。多くのエキゾチックデリバティブズが Cap/Floor の性格と Swaption の性格の両方を併せ持ち、その両方の商品を使ってリスクヘッジする事が想定されます。すると、Cap/FloorとSwaptionの両方に対する感応度(ヘッジ比率)を測る必要がありますが、その為には両方に Calibration すべきだという考え方です。 

一方で、この方法を取ると、LMM によるベンチマーク商品の価格評価と、実際の市場価格との乖離が大きくなる傾向があります。また、Swaption から Volatility の期間構造と、その“時間経過による推移”の情報を取り込みますが、すると多くの場合、Volatility カーブに不自然な凸凹が発生します。これは、ヘッジ取引戦略がうまく機能しないリスクがある事を意味します。デリバティブズのトレーディングデスクにとって、リスクヘッジが有効に機能する事は、極めて重要なファクターであり、そこに問題が起こると、不測の損失につながりかねません。LMM を使って価格評価する場合、(本来動いてはいけない)パラメータが動く事によって、多かれ少なかれリスクヘッジがうまく機能しなケースが発生するのは避けられませんが、その度合いが甚だしいと、受け入れ難くなります。 

一方、後者(B)は、LMM がもともと“Libor”の確率過程をモデル化したもので、その Libor を対象資産とする Cap/Floor のみが、その Volatility の情報を正確に内包しているという考え方です。Swaption に内包している Libor の確率過程は、スワップ金利の確率過程からあくまで近似的に導出されるもので、LMM とはもともと非整合です。その結果、Calibration した場合の価格乖離は避けられません。LMM を Cap/Floor にのみ Calibration すれば、Cap/Floor の LMM で計測した価格が、市場価格と完全に一致するようにパラメータを設定でき、その結果 Cap/Floor を使ったヘッジ戦略において、リスクヘッジがうまくいかないリスクが減ります。また、この考え方は、Volatility 関数として、パラメトリックな関数(例えば Rebonato の4パラメータの指数関数)を想定し、Volatility の期間構造の時間による推移を、非常に安定的(斉時的)に表現し、ヘッジ戦略が、中長期に渡って機能する事が期待できます。 

しかし B の方法では、Swaption の性格を強く持つエキゾチックデリバティブズの価格変化を、うまくヘッジできるのかという問題が発生します。この Cap/Floor のみに Calibration されたLMMを使って Swaption を価格評価した場合、市場価格との乖離が、A の場合より大きくなります。そういった商品は、LMM の兄弟モデルである、Swap Market Model(Log-normal Forward-Swap Model)を使う事も考えられますが、Swaption 市場の Volatility 期間構造は Cap/Floor より次元がひとつ多くなり (Swaptionでは同じ行使日で、対象資産が複数存在する)、Calibrationアルゴリズムは相当複雑になります。 

さらに、B の考え方は、商品ごとに、最適な Calibration 対象を決めるという考え方に直結しています。しかしそれは、LMM を使うために、商品ごとに Calibration 対象を決める必要がある事を意味します。すると、広範な商品で膨大な事前準備が必要になり、巨大で多様なデリバティブズのポートフォリオを持つトレーディングデスクにとっては、非常に大きな事務負担になります。 

この両極の考え方は、どちらが正しく、どちらが間違っているという問題ではなく、結局、各証券会社は、自分のデリバティブズポートフォリオの性格や、市場環境の変化に合わせながら、試行錯誤を繰り返し、その中間で落ち着きどころをさぐっているのが実情かと思います。試行錯誤を繰り返すといっても、モデルの Calibration 手続きを頻繁に変更する事は出来ませんが。 

 

このセクションでは、Andersen-Piterbarg が紹介している、この両極のアイデアの両方にうまく対応できるような、Calibration の方法について解説したいと思います(Andersen-Piterbarg“Interest Rate Modeling” Section 14.5)。彼らは、Calibration 対象に、Swaption と Cap/Floor の両方を含めますが、目的関数におけるフィットの度合いにウェイトを付けて、どちらをより重視するかの裁量を可能にします。さらに、目的関数に、Volatilityの期間構造(Volatilityカーブ)の滑らかさに対する要求(コスト関数)も含める事により、Swaption への Calibration により発生する Volatility Curve の凸凹を、ある程度修正できるようにしています。ただ、目的関数にウェイトを付ける場合、そのウェイトの決め方は、かなり主観的な判断になり、価格評価の客観性に疑問が付きます。 

ここで、Calibrationのアルゴリズムの説明に入る前に、まずベンチマーク商品の価格を LMM で解析的に求める方法について説明します。ベンチマーク商品価格へ Calibration するには、それらの商品(一般的にはヨーロピアンオプション)を、LMM を使って価格計算をする必要があります。その際、それらの商品価格を、いちいちモンテカルロシミュレーションで計算していたのでは、Calibration に非常に時間がかかります。それらを、LMM を使った“解析解”で求められるのであれば、Calibration をより高速に行え、好都合です。古典的なLMMを使った、ヨーロピアンオプションの、解析解による価格計算方法は、いくつか提示されており、最初にその解説をしたいと思います。 

 

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