基礎編 4. オプション 

4.1 オプションの価格をどうやって決めるか?

4.1.5 モデルの優劣

金融工学で提示されているモデルは、様々な要因で動く経済現象を、限られたファクターを使って数式で表現したものです。完全ではないものの、経済現象を出来るだけ実態に近く、出来るだけ少ないファクターで表現できていれば優秀なモデルと言えそうです。 

金融商品の価格変動は、厳密に観測すると必ずしも正規分布ではありません。分布におけるfat tailやskewがしばしば観測されます。また分布についても、かつては正規分布ではなく対数正規分布がより実際の分布に近いと想定されていました。ところが、マイナス金利が登場した今、金利の分布を対数正規分布と仮定すると、マイナス金利を許さないので、そのままでは使えなくなりました。
 その他にも、 

  • 金利は長期的には中心回帰の分布をするが、それをどうモデルに織り込むか?
  • Volatilityは通常安定していないので、その安定しないVolatilityをどう表現するのか?
  • 確率変数が複数のファクターで動く場合、そのファクター間の相関をどう織り込むか

こういった事を考慮しながら、\(\mu ( )\) と\(\sigma ( )\) の関数の形態を変え、様々なバリエーションのモデルが生まれてきました。様々なファクター、パラメータを追加して、より経済現象の実態に近づける試みです。 

では、それでモデルがより優れたものになっていったのでしょうか? 経済モデルでは、ファクターを増やし過ぎると、Over-specificationの問題が発生し、かえって予測性能を落とす事があります。また、ファクターを増やす事によって計算時間が非現実的なほどかかるようでは、使い物になりません。さらに、モデルで使われるパラメータは、本来なら安定していなければいけないものですが、それが市場価格にフィットさせる度に(Calibrationの都度)激しく変動するようでは困ります。 

それに加え、モデルのクオリティーを判断する上で、実務上で非常に重要なファクターは、「そのモデルが想定しているリスクファクター(確率変数)は、本当にヘッジできるのか?」という点です。 

この点は、アカデミクスの教科書等では、殆ど触れられていません。というより、当然の前提となっています。金融オプションの現在価値計算の為に提示されているモデルは、すべてリスク中立確率を使って期待値計算を行っています。リスク中立確率とは、リスク資産の確率分布について、ドリフト項がリスクフリー金利のリターンと同じになると仮定した確率測度です。リスク中立確率を使える大前提は、Arbitrage Free、すなわち確率変動するリスクファクターは、他の資産で完全にヘッジ可能で、ヘッジされた合成ポートフォリオは裁定が働いてリスクフリー金利のリターンに収束するという考え方がベースになっています。 

であれば、リスクファクターがうまくヘッジできないのなら、リスク中立確率を使ってはいけないはずです。実務では、そのリスクファクターが完全にヘッジできない状況の方が、あたりまえです。完全で無いにしても、ある程度ヘッジが効く場合もありますが、どうしてもヘッジできないリスクファクターも多くあります。そういったリスクファクターがモデルの中に含まれている場合、果たしてリスク中立測度を使って期待値計算していいのでしょうか? 

さらに、そのモデルから価格計算式がうまく導出できるのか?数値解を求めるにしても、計算にかかる時間が合理的な時間内におさまるのかどうか?

ここは、基礎編なので、これ以上つっこみませんが、実務では、こういった事柄も判断項目に含まれるという点を、頭の隅に残しておいてください。 

そういう意味で、Black-Scholesモデルによるヨーロピアンオプションの価格式は、適用範囲は限られるものの、いまだに実務でも広く使われており、最も優れたモデルのひとつと言えるのは、間違いありません。 

 

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