上級編 4.  Short Rate Models (後編) 

4.5  Affine Term Structure Model

4.5.2  モデル

Affine Term Structure Model("ATSM") も、考え方のベースは他の Short Rate Model と同じで、
「短期金利の運用を継続した場合の“累積リターン”の期待値は、現時点の“長期金利のリターン”と同じになる」
というものです。但し、実際のマーケットでは(すなわち自然なリスク測度の下では)、長期金利での運用リターンには、リスクプレミアムが含まれています。従って
        長期金利での運用リターン  =  短期金利での累積運用リターン  +  リスクプレミアム
という事になります。しかし、Arbitrage Free の条件が成立している場合、リスク中立測度で計算した長期金利のリターンは短期金利での継続運用リターンに一致します。これを、ゼロクーポン債価格と、短期金利の継続運用リターンの期待値との関係式で表すと、下記のようになります。(この式は、既に何度か登場しています) 

\[ P(t,T)=E^{Q_{RN}} \left[e^{∫_t^T -r(u)du} \right] \tag{5.3} \]

但し \(P(t,T)\) : t 時における T 満期のゼロクーポン債価格
          \(r(t)\) : t 時における瞬間短期金利
          \(E^{Q_{RN}}[~~]\) : リスク中立測度(Risk Neutral Measure)を使った期待値  

Short Rate Model のグループは、右辺にある瞬間短期金利 r(t) の確率過程をモデル化し,そこから r(t) の将来の確率分布を導出して右辺の期待値演算を行います。  

ここで ATSM の拡散過程(=確率微分方程式、これがモデル)を再記します。 

\[ dr(t)=k(t)(θ(t)-r(t))dt+ σ(t) \sqrt {α+βr(t)}dW(t) \tag{5.1} \]

このモデルが Affine Term Structure Model と呼ばれているのは、ドリフト項の係数と、拡散項の係数の 2乗が、いずれも確率変数 r(t) の Affine関数(一次関数)の形を取っているからです。なぜ、そのような形にしたのかは、既に述べたように、経済的な意味づけより、解析解を求めやすいという数学的な動機からではないかと思います。また、ATSM は、Gaussian Short Rate Model(ガウスモデル)と、Cox-Ingersoll-Ross (CIR)モデル(平方根過程モデル)を包含しています。α=1、β=0 と置けば、Vasicek や Hull-Whiteのような Gaussian Short Rate Model になるし、逆に α=0、β=1 とおけば、平方根過程をとる CIR モデルになります。αとβ を、一定の制約条件下で、うまく設定すれば、その中間の確率過程(従って、その中間の Volatility Skew の形状)が表現できます。ガウスモデルあるいは CIRモデルであれば r(t) の一定期間後の確率分布は、解析的に求まり、それぞれガウス分布、非心カイ2乗分布となります。いずれも確率密度関数が解析的に求まっており、それを使って、ゼロクーポン債価格など、r(t) に依存する金融商品の価格(すなわち期待値)が導出できます。 

しかし、α≠0、β≠0の場合、確率分布が正規分布あるいは非心カイ2乗分布からずれてしまい、確率密度関数が解析的に求まる保証はありません。そういった場合、通常の方法での期待値計算は行えません。このような場合(確率密度関数が解析的に求まらない場合)でも、すでに触れた通り、ファインマン・カッツの公式を使って期待値を求める方法があります。これについては、“寄り道”ですでに簡単に説明しました。すなわち、
「ある特定の形をした偏微分方程式の解が、解の終期条件の“条件付き期待値”と一致する」
というものです。かなり、難解なので、この公式に馴染みが薄い方は、“寄り道”して頂くか、確率解析の教科書等で調べてみて下さい。 

では、この方法でゼロクーポン債価格の式を求めます。始めに、簡単に解析の道筋を示します。 

  1. 瞬間短期金利 r(t) の拡散過程をモデル化。すなわち確率微分方程式(SDE)を特定。
  2. r(t) に依存する金融商品の価格式を \(u(r,t)\) とおく。
  3. 伊藤の公式を使って、r(t) の SDE から \(u(r,t)\) の SDE を導出
  4. \( u(r,t)\) のリスクを完全にヘッジできる取引戦略の存在を仮定し、その SDE から \(u(r,t)\) の偏微分方程式を導出する。
  5. \(u(r,t)\) をゼロクーポン債価格式とすると、その終期条件は \(u(r(T),T)=1\) となる。
  6. この偏微分方程式が解く。その解が、t 時における T 満期のゼロクーポン債価格式となる。

ゼロクーポン債価格式が求まれば、将来の任意の時点tにおけるイールドカーブが r(t) の情報だけで描けることになります。(1)のモデルの特定は、ドリフト項係数や拡散項係数にあるパラメータ関数を特定する事を意味しますが、これらは市場データ(あるいは過去データ)に Calibration する必要があります。その手順は、ATSM の場合、前にみた Hull-Whiteモデルと比べて、各段に複雑化します。従って、ここでは、パラメータ関数は既に求まっていると仮定して、(2)以降の解析プロセスにフォーカスし、Calibration の手順などは後回しにしたいと思います。 

ではこのプロセスを具体的に見ていきますが、その前に少し寄り道をします。 

<  関数のRegularity(正則性)について  >

ATSM の解析のプロセスに入る前に、これまで触れてこなかった、確率微分方程式が解を持ち、かつそれが一意で決まる条件について触れます。 

クオンツファイナンスの世界で使われているモデルは、基本的に、金利や為替や株価といった経済量が、将来に渡って不確実に変動していく様子を、確率微分方程式の形で表現しています。一般的な表記は 

\[ dx(t)=μ(x(t),t)dt+σ(x(t),t)dW(t) \]

という形をとります。シングルファクターモデルであれば、係数 \(μ(x(t),t),σ(x(t),t)\) はいずれもスカラ値を返す実数関数で、\(dW(t)\) は1次元ブラウン運動を表します。マルチファクターであれば、\(x(t),μ(x(t),t),dW(t)\) は n ファクターのベクトルで、\(σ(x(t),t)\) は \(n × n\) 行列になります。 

この微分方程式の解、すなわち積分形は、初期値を与えてやると、下記のように記述できます。 

\[ x(t)=x(0)+\int_0^t μ(x(s),s)ds+\int_0^t σ(x(s),s)dW(s) \tag{5.4} \]

ただし、この積分形は無条件に成立している訳ではありません。ドリフト項と拡散項の係数に一定の制約をかけないと、右辺の積分形が一意に求まらなかったり、∞ に発散してしまったりするからです。そうならない為の制約条件は、下記の2条件になります。 

(i) Lipschitz Condition (リプシッツ条件)

\[ |μ(x(t),t)-μ(y(t),t)|+|σ(x(t),t)-σ(y(t),t)|≤K|x-y|, \tag{5.5} \]

(ii) Growth Condition (成長条件)

\[ |μ(x(t),t)|^2+|σ(x(t),t)|^2≤K^2 (1+|x|^2 ) \tag{5.6} \]

(但し Kは任意の正の定数) 

なぜ、こうなるかの証明(の説明)は、私の手に負えません。ただ、この条件が意味する所を直感でわかるように説明すると、次の様になります。 

 ・まずリプシッツ条件ですが、ドリフト項係数と拡散項係数が確率変数 x(t) の値に依存する場合( x の何らかの関数になっている場合)、確率変数の任意の 2点の距離以上に、ドリフト項と拡散項の値(の合計)が動いてはいけないという事です。もしそうなると、確率変数の変化が、ドリフト項と拡散項の変化を激しく増幅し(確率変数が動く無限小の幅の間に、無限回増幅され)、その結果、ドリフト項係数と分散が連続でなくなります(正則でなくなる)。非連続な点では、微分方程式の解が一意に求まりません。 

・次に成長条件ですが、ドリフト項と拡散項が x の 2次関数より低いオーダーでしか増加してはいけないという事です。これは、x の絶対値がある一定値をこえると、x の拡散のスピードが、ドリフト項と拡散項によって加速され、それが無限小の時間の間に無限回繰り返されると、x が発散してしまうからです(積分不可能になる)。 

(iii) 以上の条件に加え、ATSM では、拡散係数に r(t) の平方根が含まれている為、この値が実数値の範囲にとどまる必要があります。すなわち 

\[ α+βr(t)≥0 \tag{5.7} \]

という条件も加わります。少し書き換えると 

\[ -\frac {α}{β}≤r(t) \tag{5.8} \]

となります。従って、-α/β が r(t) の下限値になります。仮に r(t) = -α/β になると、拡散係数が 0 となり、その直後の dr(t) の動きは 5.1 式のドリフト項のみとなります。従って、その瞬間に、ドリフト項が α+βr(t) をプラス方向に引き戻す力をかけなければ、拡散項が 0 のままか、あるいは実数域から離れて方程式が定義できなくなります。 

その為の条件は、その時点でのドリフト項の正負の符号が β と同じである必要があります。すなわち 

\[ k~β~\left(θ(t)+ \frac α β \right)≥0,~~~~ β≠0 \tag{5.9} \]

となります。(5.1式のドリフト項にある r(t) が -α/β になったとき、そのドリフト項とβを掛ければ 0 または正になるという条件式。但し、 ATSM では β≧ 0 と仮定するのが普通で、\(k(θ(t)+ \frac α β )≥0~かつ~β≧0\) という条件でも良いと思います。) 

但し、この条件だと、拡散項が 0 になる可能性は残ります。そこでドリフト項により強い力をかけ、拡散項が常に正の値を取るための条件(r(t)=-α/β に絶対にならない条件)を付ける事も可能です。それは、Feller条件と呼ばれ、下記のようになります。 

\[ k~β~\left(θ(t)+ \frac α β \right) ≥ \frac 1 2 β^2~ σ^2,~~~~ β≠0 \tag{5.10} \]

仮に、α=0、β>0 とおけば、CIR モデルとなり、その Feller条件は \(kθ(t)≥ \frac 1 2 βσ^2\) となります。これはCIRモデルによる瞬間短期金利が常に正の領域に留まる為の条件となります。 

ちなみに、ガウスモデルでは β=0 なので、この条件を設定する事はできません。従って、ガウスモデルでは、r(t) がマイナスになる可能性が 0 ではありません。 

 

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