上級編 6. Libor Market Model
6.6 モンテカルロシミュレーション
6.6.7 リスク感応度(Greeks)の計測
6.6.7.2 有限差分近似 (Finite Difference approximations または Perturbation Method)
6.6.7.2.1 有限差分近似による感応度の計算
この方法は、2項モデル、3項モデル、有限差分法といった他の数値解を求めるテクニックでも使われている、シンプルかつ汎用的な方法です。各パラメータに対する感応度は、オプションの価格計算式を、パラメータで微分した値に相当しますが、それを有限差分商で近似するものです。
下記式は、マルチンゲール理論に基づく、オプション価格式の一般的な形です。すなわち、Payoff 関数のニュメレールとの相対価格は、そのニュメレールを基準とした確率測度の下、マルチンゲールになるというものです。式中の θ は、パラメータを一括してベクトル表記したもので、現時点の対象資産価格や、Volatility、リスクフリー金利などが該当します。また \(N(t)\) は t 時のニュメレール価格を示しています。
\[ P(t_0,{\bf θ})=N(t_0)∙ E\left[\frac {Payoff(T,{\bf θ})}{N(T,{\bf θ})} \right],~~~~ {\bf θ}=\{θ_1,θ_2,…,θ_K \} \]感応度は、この価格式の各パラメータに対する偏微分に相当し、式で表せば下記のように表記できます。
\[ \frac {∂P({\bf θ})}{∂θ_k}=N(t_0)∙ \frac {∂}{∂θ_k} E\left[\frac {Payoff(T,{\bf θ})}{N(T,{\bf θ})} \right], \tag{6.159} \]有限差分近似法は、この偏微分を、下記式のようにサンプル平均を使った有限差分商で近似して求めます。
\[ \begin{align} \frac {∂P(θ)}{∂θ_k} & = N(t_0)∙ \frac 1 h \left[ E\left[ \frac {Payoff(T,θ_k+h)} {N(T,θ_k+h)}\right] - E\left[\frac {payoff(T,θ_k}{N(T,θ_k)} \right] \right] \\ & ≈ N(t_0)∙ \frac 1 h \left[\frac 1 m \sum_{i=1}^m \frac{Payoff^{(i)}(T,θ_k+h)}{N^{(i)}(T,θ_k+h)} - \frac 1 m \sum_{i=1}^m \frac{Payoff^{(i)}(T,θ_k)}{N^{(i)}(T,θ_k)} \right], \tag{6.160} \end{align} \]上式は、前進差分を使っていますが、中心差分を使って求める事も可能です。その場合、価格計算の為のシミュレーションに加え、パラメータを ±h ずらした値を求める必要があり、シミュレーションは合計 3 回必要となります。その分、計算時間はよりかかりますが、Convexity から発生する離散化バイアスを大きく軽減できます。
次のセクションでの説明を分かり易くする為に、シミュレーションで得られた、デリバティブズ価格 および 有限差分商の表記を、以下のように簡略化します。
\[ N(t_0) \frac 1 m \sum_{i=1}^m \frac{Payoff^{(i)}(T,{\bf θ})}{N^{(i)}(T,{\bf θ})} ≡\hat P(m,{\bf θ}) \tag{6.161} \] \[ \frac 1 h \left[\hat P(m,θ_k+h,…)-\hat P(m,θ_k,…)\right]≡\hat Δ_{F,θ_k}(m,h) \tag{6.162} \] \[ \frac {1}{2h} \left[\hat P(m,θ_k+h,…)-\hat P(m,θ_k-h,…)\right] ≡\hat Δ_{C,θ_k}(m,h) \tag{6.163} \]\(\hat P(m,{\bf θ})~は、~P({\bf θ})\) の値を m 個のサンプル平均で近似したものになり、\(\hat Δ_{F,θ_k}(m,h)\) は、パラメータベクトルの内、\(θ_k~を~h\) だけずらした前進差分近似で、\(\hat Δ_{C,θ_k}(m,h)~は~θ_k~を~±h\) だけずらした中心差分近似を示します。
6.6.7.2.2 バイアスと推定誤差
有限差分近似による感応度の計算は、Payoff 関数の Convexity から起因する誤差、すなわち離散化バイアスが発生すると同時に、サンプル値の分散からくる推定誤差も発生します。推定誤差は、サンプル数を増やせば小さくできますが、バイアスは、サンプル数をいくら増やしても真の値に収束しません。離散間隔 hを小さくすれば、バイアスを小さくできますが、逆に推定誤差が大きくなるので、バイアスと推定誤差は、h について二律背反の関係にあります。計算時間は限られているので、ある程度の誤差は受け入れざるを得ないのですが、その誤差を許容範囲内に収める為、サンプル数 m と離散幅 h の適切な組み合わせが必要になります。その為に、離散幅 h がバイアスと推定誤差にどの程度影響を及ぼすか、みてみます。
< 離散化バイアス >
離散化バイアスは、\(\frac {∂P(θ)}{∂θ_k}\) を、有限差分商の一次近似式で求めた場合、2階微分より高階の微分項を無視する事により発生します。言い換えると、\(P(θ)\) は、一般的には直線ではなく、ある程度の Convexity を持つ曲線になりますが、有限差分商の一次近似式は、それを直線と看做すので、Convexity の部分がバイアスとして発生するものです。従って、仮に\(P(θ)~が~θ_k\) で2階微分可能とすると、テイラー展開式から
\[ P(θ_k+h)=P(θ_k)+P'(θ_k)h + \frac 1 2 P''(θ_k)h^2+O(h^3) \]となりますが、離散化バイアスは
\[ Bias(\hat Δ_{F,θ_k}(m,h)) = E\left[\hat Δ_{F,θ_k}(m,h) - P'(θ_k)\right] = \frac 1 2 P''(θ_k)∙h+O(h^2 ) \tag{6.164} \] \[ Bias(\hat Δ_{C,θ_k}(m,h)) = E\left[\hat Δ_{C,θ_k}(m,h) - P'(θ_k)\right] = \frac 1 6 P'''(θ_k)∙h^2+O(h^2 ) \tag{6.165} \]となります。これは、前進差分近似では、バイアスは h に対し 1 次のオーダーで発生し、その大きさは関数 \(P(θ_k)\) の2階微分(ガンマあるいはConvexity)に比例するという事です。また、中心差分近似では、バイアスはhに対し2次のオーダーで発生し、その大きさは関数 \(P(θ_k)\) の3階微分に比例するという事です。h を小さくしていけば、当然バイアスは小さくなり、\(h→0 ~で~ \frac {∂P(θ)}{∂θ_k}\) に収束します。
< 推定誤差 >
一方、有限差分近似による、推定誤差(分散の平方根)は、シミュレーションで使うサンプル経路の(その基となる有限個の乱数列の)分布の偏りから発生し、その大きさは、下記式で表せます。
\[ Var(\hat Δ_{iid,F,θ_k}(m,h))^{1/2}=\left[\frac {Var^{(iid)}(\hat P(θ_k+h)-\hat P(θ_k))}{h^2} \right]^{1/2} =\left(\frac {σ_{F,θ_k}^2}{mh^2}\right)^{1/2} \tag{6.166} \] \[ Var(\hat Δ_{iid,C,θ_k}(m,h))^{1/2}=\left[\frac {Var^{(iid)}(\hat P(θ_k+h)-\hat P(θ_k-h))}{4h^2} \right]^{1/2} =\left(\frac {σ_{C,θ_k}^2}{4mh^2}\right)^{1/2} \tag{6.167} \]\(σ_{F,θ_k}^2~ と~ σ_{C,θ_k}^2\) は、それぞれ前進差分の分散の理論値と、中心差分の分散の理論値を表記しています。また、\(\hat Δ_{iid,F,θ_k}(m,h),~ \hat Δ_{iid,C,θ_k}(m,h),~Var^{(iid)}\) に付されている“iid”の印は、サンプル平均で \(\hat P(θ_k+h)~と~\hat P(θ_k)\) を求める際、それぞれ別個の i.i.d. な乱数列を使った事を表しています。有限個の乱数列は、どうしても分布の偏りが発生するので、有限差分商を計算すると、分布の偏りの差により、分散値が増幅されます。上の式の右辺をみればわかる通り、分散が \(h^{-2}\) のオーダーで影響を受けるので、h を 0 に近づけると分散値が発散してしまい、有限差分商による感応度の信頼性を大きく落とす事になります。
これでは問題が大きいので、通常実務では、サンプル平均で \(\hat P(θ_k+h) ~と~ \hat P(θ_k)\) を求める際、同じ乱数列を使います。すると、乱数列の分布の偏りが相殺されるので、より精度の高い有限差分が得られます。Glasserman 本によれば、こうする事によって、サンプル平均の分散値が、\( h^{-2}\) のオーダーか \(らh^{-1}\) のオーダーに減少するとされています。さらに、\(\hat P(θ_k)~が、θ_k\) に対して至る所で微分可能なら、分散は、\(h^0=1\) のオーダー(すなわちhの大きさの影響を受けない)にまで減少するとされています。同じ乱数列(Identical Random Numbers)を使った有限差分商を \(\hat Δ_{irn,F,θ_k}(m,h),~~\hat Δ_{irn,C,θ_k}(m,h)\) と表記すると、その推定誤差のオーダーは
\[ Var \left(\hat Δ_{irn,F,θ_k}(m,h)\right)^{1/2} = \left( \frac {σ_{F,θ_k}^2}{mh} \right)^{1/2} \] \[ Var \left(\hat Δ_{irn,C,θ_k}(m,h)\right)^{1/2} = \left( \frac {σ_{C,θ_k}^2}{4mh} \right)^{1/2} \]となります。
< バイアスと推定誤差の2乗和 >
有限差分商で求める感応度の誤差は、結局、バイアスから発生する誤差と、推定誤差の2乗和で求まります。前進差分と中心差分による有限差分商を求める際、同じ乱数列を使った場合の誤差の2乗和は下記のとおりです。
\[ MeanSquareError(\hat Δ_{irn,F,θ_k}(m,h))=\frac 1 4 P''(θ_k)^2 h^2+ \frac {σ_{F,θ_k}^2}{mh} \] \[ MeanSquareError(\hat Δ_{irn,C,θ_k}(m,h))=\frac {1}{36} P''(θ_k)^2 h^4+ \frac {σ_{C,θ_k}^2}{mh} \]見ての通り、h を小さくすれば、\(h^2\) あるいは \(h^4\) のスピードでバイアスからくる誤差の分散は小さくなりますが、逆に \(h^{-1}\) のスピードでサンプル値の分散による誤差が大きくなります。バイアスのマグニチュードは、Pの2階微分あるいは3階微分で決まり、分散のマグニチュードは、差分の分散値 \(σ_{F,θ_k}^2\) あるいは \(σ_{C,θ_k}^2\) の大きさで決まります。一般的なデリバティブズ商品では、\(P''(θ_k)\) あるいは \(P'''(θ_k)\) は、通常の市場変動の範囲であればそれほど大きな影響を与えず、上記の Mean Square Error では、差分の分散の方が、はるかに大きな影響を与えます。では、この式を参考に最適な h の幅をどうやって決めればいいでしょうか。Glasserman 本では、それを数式で示していますが、そこで使われる、\(P''(θ_k)\) あるいは \(P'''(θ_k),~~σ_{F,θ_k}^2\) あるいは \(σ_{C,θ_k}^2\) などの数値は、通常は解析的に求まりません。結局は MCS を何度も試行しながら、heuristic に最適な h を探す事になります。
デジタルオプションやバリアオプションのように、バリア値において Payoff 関数が非連続な場合は、特に注意が必要です。そういったオプションでは、最終行使日直前で、市場価格がバリア近辺にある場合、ガンマが非常に大きくなります。また、サンプルの分散値も h の影響を大きく受けます。そういった場合は、さらなる注意をして適切な h の幅を求める必要があります。
6.6.7.2.3 ガンマ、クロスガンマの計測
有限差分商で、ガンマやクロスガンマ、すなわち価格式の2階微分を求める場合は、1階微分を求める場合よりも、さらに困難が伴います。通常、Payoff 関数が連続であっても、その1階微分はストライク値において非連続であり、その為に2階微分を有限差分商で求めようとすると、分散値が非常に大きくなり、かつそれが \(h^{-2}\) のオーダーで増幅されます。また、LMM のように、パラメータの数が非常に多い場合、交差微分の数は、パラメータ数の2乗の数の組み合わせがあるので、すべてを計算するのは実質的に困難です。おそらく実践では、クロスガンマの計算はあきらめ、対象資産でオプション価格に大きく影響を及ぼすものに対応するガンマのみを計算するのが精いっぱいではないでしょうか。