上級編 5. マルコフ汎関数モデル
5.3 ニュメレール価格の確率分布の導出法
5.3.2 市場価格からデジタルオプション価格を導出
まず、ヨーロピアン Swaption の市場価格(あるいは Black Implied Volatility)から、デジタル Swaption 価格を導出します。デジタル Swaption は、対象スワップ金利が、ストライク金利を下回れば(あるいは上回れば)、その超過度合いにかかわらず、一定の対価を受け取れるオプションです。ここでは、行使日のスワップ金利がストライクを下回れば、対象スワップのクーポン日にそれぞれ1単位を受け取れるとします。オプション行使日を \(T_i\)、ストライクを K とすると、その Payoff 関数は下記のように表現できます。
\[ DigitalPayoff = Annuity(T_i,T_i,T_n) I(S_{T_i} < K ) \tag{5.6} \]ここで、\(Annuity (T_i,T_i,T_n )~は、スワップ取引のスタート日~T_i\) から、各クーポン日 \(T_j,~~j=i+1,…,n\) までの 期間の Discount Factor を、クーポン期間で加重した合計で、下記のような数式になります。これは、クーポン 1 のキャッシュフローを \(T _i\) 時まで割り引いた総額に相当します。
\[ Annuity(T_i,T_i,T_n)= \sum_{j=i+1}^n \tau _j~P(T_i,T_j) ~~~~~ where~~~ τ_j=T_j-T_{j-1} \]また \( I(S_{T_i}< K)~は~ S_{T_i} < K \) の場合に 1 を返し、それ以外では 0 を返す関数です。 要は In the Money になれば、その程度にかかわらず一律、行使時における Annuity の現在価値相当を受け取れる Payoff なります。
この Payoff 関数を、Annuity 測度(フォワードスワップ測度と同じ)を使って期待値を計算し、現在価値に割り引いたものが、市場データから導出されるデジタル Swaption 価格になります。5.4式を使ってこれを表現すると
\[ \begin{align} & DigitalPrice_{Market}(S_0,K,T_i,σ_K) \\ & =Annuity(t_0,T_i,T_n) E^{Q_A} \left[ \frac{Annuity(T_i,T_i,T_n) I(S(T_i,T_i,T_n) < K)}{Annuity(T_i,T_i,T_n) }~|~S_0 \right] \\ & =Annuity(t_o,T_i,T_n) E^{Q_A} \left[ I(S(T_i,T_i,T_n) < K)~|~S_0 \right] \tag{5.7} \end{align} \]但し
\(S_0~ :~ t=0~における、T_i~スタート~ T_n\) 満期のフォワードスワップ金利
\(S(T_i,T_i,T_n)~:~行使日~ T_i~ におけるスワップ金利\)
\(K~:~ストライク金利\)
\(T_i~:~オプション行使日(=対象スワップのスタート日)\)
\(T_j,~~~j=i+1,~…~,n~:~ 対象スワップのクーポン日\)
\(T_n~:~対象スワップの最終期日(ここではニュメレールの満期日と同じとします)\)
\(σ_K~:~\) 市場価格から得られる、ストライク K に対応する Black Implied Volatility
\(E^{Q_A}~ :~\) Annuity 測度(フォワードスワップ測度)を使った期待値演算
この式の期待値演算の部分 \(E^{Q_A} \left[I(S(T_i,T_i,T_n)< K)\right] \) は、まさに \(Q_A\) 測度での、\(S(T_i,T_i,T_n) < K \) となる分布確率を表します。すなわち、デジタルオプション価格を求めるのは、実質的には、フォワードスワップ金利の確率分布を求めるのと同じ事です。
上記のデジタルオプション価格は、対象スワップ金利の確率分布を対数正規分布と仮定すれば、Black の公式で解析的に求まります。
\[ \begin{align} DigitalPrc_{Black}(S_0,K,T_i,σ_K) & =Annuity(t_0,T_i,T_n)~Φ(d_2^{T_i}) \\ &= ∑_{j=i+1}^n \tau _j~P(0,T_j)~ Φ(d_2^{T_i}) \\ where~~~~ d_2^{T_i} & =\frac{\ln{\frac{S_0}{K}}}{σ_K \sqrt {T_i}}- \frac 1 2 σ_K \sqrt{T_i} \tag{5.8} \end{align} \]但し \(Φ \left(d_2^{T_i}\right) \) は標準正規累積分布関数。
\(\Phi \left(d_2^T\right)\) は、Black の公式(“上級編:基本的な金利オプション”)の第2項に現れる標準正規累積分布関数で、In the Moneyすなわち \(S(T_i)< K\) になる確率を示します。Black の公式は、Volatility Smile カーブがフラットの場合は、そのまま使えますが、Smile カーブの傾斜がきつい場合は、別の方法を使う必要があります。ところで、ヨーロピアンオプション価格が、ストライク価格 K に対して1階微分可能であれば、下記のように、そこからデジタルオプション価格が求まり、さらにそこから対象資産(対象金利)の分布確率を導出できます。
\[ \begin{align} DigitalPrc_{Market}(S_0,K,T_i,σ_K) & =\frac{d~EuropianPrc_{Market}(S_0,K,T_i,σ_K)}{d~K} \\ & =Annuity(t_o,T_i,T_n)~Φ^*(S(T_i,T_i,T_n)< K) \tag{5.9} \end{align} \]但し、\(Φ^*(S(T_i,T_i,T_n)< K)\) は市場価格に内容されている \(S(T_i,T_i,T_n)< K \) となる確率を表します。 上記式を、差分を使って近似値を計算すると、
\[ \begin{align} &\frac{ EuropianPrc_{Market}(S_0,K+Δ,T_i,σ_{K+Δ})-EuropianPrc_{Market}(S_0,K,T_i,σ_K)}{ΔK} \\ & \simeq ~ Annuity(t_0,T_i,T_n) Φ^* (S(T_i,T_i,T_n) < K) \tag{5.10} \end{align} \]ここから、\(S(T_i,T_i,T_n) < K\) となる確率は、下記のように数値的に求める事ができます。
\[ \begin{align} & Φ^*(S(T_i,T_i,T_n) < K) \\ & \simeq \frac{ EuropianPrc_{Market}(S_0,K+Δ,T_i,σ_{K+Δ})-EuropianPrc_{Market}(S_0,K,T_i,σ_K)}{Δ~K~Annuity(t_0,T_i,T_n)} \tag{5.11} \end{align} \]市場データを、ストライク軸で適切な Interpolation をすれば、以上のような計算操作で、ヨーロピアンオプションの市場価格から、デジタルオプション価格、ひいては対象となるフォワード金利の分布確率を求める事ができます。ここで、適切な Interpolation とは、Interpolation 後に5.11式で導出された \(Φ^*(S(T_i,T_i,T_n) < K)\)が、全領域で K に対して単調増加関数になっている事を意味します。でなければ、Arbitrage Freeになりません。