上級編 4. Short Rate Models (後編)
4.6 対数正規 Short Rate Model
4.6.4 数値解の導出方法
対数正規モデルについては、一部の例外を除き、ゼロクーポン債価格式やオプション価格式の解析解は求まりません。従って、それらを求めるには、Tree 構造や有限差分法といった数値解を求める方法を使う必要があります。
3項Tree を使う方法は、Hull White モデルのセクションですでに説明しました(“Hull Whiteモデル:3項Treeの構築”)。同じ考え方が、Black-Karasinski モデルなどでも使えますが、アルゴリズムは、遥かに複雑になります。3項 Tree 構築の基本となる Tree の分岐確率は、一定期間後の r(t) の分布について、平均と分散が求まっているので(6.6, 6.7式)、それを使って求めます。Hull-White モデルと同じように、まず r(t)を、0 に中心回帰する確率変数 x に変数変換し、x の3項 Tree を構築します。それを r(t) の3項 Tree にシフトして戻します。フィッティングパラメータは、当初イールドカーブにフィットするように決めます。
ここで Hull-White モデルとの差が表れます。対数正規モデルでは、拡散係数 と、フィッティングパラメータが、お互いに依存関係にあるので、イールドカーブをフィットさせる度に、拡散係数が動きます。あるいは、拡散係数を Calibration する度に、イールドカーブに再フィットさせる必要があります。多変量の Solver を使えば、何とかなりそうですが、アルゴリズムが相当複雑化し、計算結果が収束しないリスクがあります。その為、少し簡略化したアルゴリズムが、Andersen-Piterbarg の本などで、紹介されています。さらに、ゼロクーポン債価格の解析解が求まらない事から、Tree の最終期日は、対象資産のキャッシュフロー発生日すべてをカバーする必要があります。
主要先進国で、超低金利や、マイナス金利が常態化した現在、対数正規型の Short Rate Model を、そのままの形で使っている所は無いと思います。実務で使われる見込みの無いモデルで、複雑な Calibration アルゴリズムを説明するのは苦痛なので、Tree 構築アルゴリズムの詳細は説明しません。参考に、Hull-White モデルと比較して、複雑になる部分を列挙しておきます。
- Treeの最終期日は、オプション行使日ではなく、対象商品の最終期日まで構築する必要がある。
- オプション行使により発生する対象資産のキャッシュフローが複数ある場合(Swaption の場合)、オプション行使日からそのキャッシュフロー日まで、すべてのキャッシュフロー用に Tree を構築する必要がある。
- Bermudan Option であれば、行使日は複数存在するが、そのすべての行使日における、すべての対象商品のキャッシュフロー期日までの Tree を構築する必要がある。
- ベンチマーク商品となるシンプルなヨーロピアンオプションであっても、数値解で価格を計算する必要があり、Calibration で余計に時間がかかる。
- 拡散係数がr(t)に依存するため、VolatilityをCalibrationする際、都度中心回帰レベルへのフィッティングをやり直す必要がある。あるいは、その逆も。その結果、Calibrationアルゴリズムが複雑化し、相当時間がかかることになる。
- 中心回帰レベルへのフィッティングは、時間軸を t=0 からスタートしノード毎に時間軸を前に進みながらゼロクーポン債価格を、当初カーブに一致するよう求めていきます。フィッティングは、Solver を使って計算するので、各ノードで複数回(2~5回)、ゼロクーポン債価格を計算する必要があります。各ノードでのゼロクーポン債価格の計算は、そのノードから Treeを遡及して t=0 時の価格を求めるので、各ノードで、Solverを使った複数回の遡及計算を、全のノードで行う必要があります。計算時間のオーダーは、時間軸のステップ数を N、各時間軸での状態変数のグリッド数を M、Solverによる再計算の回数を m とすると、\( {\oldstyle O}(N^2Mm)\) となり、相当時間がかかる事になります。
有限差分法を使えば、上記の手間のうち、いくつかは省略できます。例えば、対象商品の最終期日まで、有限差分グリッドを作ってしまえば、それ以前のキャッシュフローすべてに対応できます。従って、実務の世界では、有限差分法を使っているところが大半ではないかと思います。有限差分法については、どこかでアルゴリズムについて詳細に解説したいと思いますので、ここでの解説は省略させていただきます。
という事で、対数正規モデルの解説はここまでです。Hull-Whiteモデルのセクションと比べると、大分簡単に済ませましたが、解析解を求めるプロセスの説明が不要な事と、実務では、もはや殆ど使われていないので、この程度でご容赦下さい。