基礎編 6. クレジットデリバティブズ
6.1 イントロダクション
クレジットデリバティブズは、一般的にクレジットトリスクのある金融商品の派生商品を指します。クレジットデリバティブズは、大きく分けて
- Funded Credit Derivatives, と
- Unfunded Credit Derivatives
の2つに分類されます。
前者は、一般的には証券化されたクレジットデリバティブズになり、クレジットリスクのある何等かの資産(ローンや債券など)を担保にして、証券化商品を発行するものです。クレジットリスクを引受ける側が、証券を購入する事で、リスク相当額の資金(fund)を拠出する所から、こう呼ばれています。Asset Back Securitiesとか、Structured (Credit) Securities(資産担保証券あるいは仕組み証券)とも呼ばれており、むしろ、そちらの呼び方の方が一般的です。
このカテゴリーの商品は、1980年代から、様々な形態のものが開発されてきました。単純に1銘柄の債券やローンを担保にした証券から、モーゲージ証券の集合を担保にした CMO(Collateralized Mortgage Obligation)や、多数の小口のクレジットカード債権や自動車ローン債権をひとまとめにして担保にした証券などです。さらに 1990年代に入り、ローンのポートフォリオを担保にした上で、それを、リスクを引受ける順番で、複数の階層(tranche)に分け、それぞれ別個の証券を発行する証券化商品が登場しました。これらは、総称して CDO(Collateralized Debt Obligation)と呼ばれ、2000年代にStructured Creditと呼ばれるビジネスが急拡大するのに大きく寄与しました。一方、このスキームを使ったサブプライムローンの証券化が活発になり、その後のサブプライムショックが発生した大きな要因のひとつになりました。いずれにしても、Financial Engineering(金融工学)の発展に大きく貢献した商品分野ですが、同時にその明と暗が如実に表れた分野でもありました。
一方Unfunded Credit Derivativesは、オフバランスシート取引となるスワップ契約やオプション契約の形を取ります。クレジットリスクを引受ける側は、日々の時価評価額を基準に証拠金を支払う事はあっても、取引開始時点では、リスク元本全体の資金(fund)を支払う事はありません。なので、unfundedと呼ばれています。この取引では、お互い取引相手方のクレジットリスク(いわゆるカウンターパーティーリスク)を取る事になります。このカテゴリーの商品は、1990年代に登場し、主に次のような商品があります。
- Credit Default Swap (“CDS”)
- single name reference (参照クレジットが1銘柄のみ)
- portfolio reference (参照クレジットが複数の銘柄のポートフォリオ) - Total Return Swap (“TRS”)
- Credit Spread Option
この中では、Credit Default Swap "CDS"が、最も取引量が多いクレジットデリバティブズになります。CDSは、さらに、特定の1債務者を対象とする single name reference と、複数の債務者のポートフォリオを対象とする portfolio reference に分かれます。特に後者は、レバレッジのかからないインデックス型の CDS と、レバレッジのかかる First to Default や tranched(優先弁債権によるリスク階層に分けられた)CDS があります。
これらのクレジットデリバティブズの価格評価方法ですが、funded タイプは現物の証券なので、価格は基本的に市場で決まります。ただ、証券に複雑なデリバティブズが組み込まれている場合や、トランシェ分けされている場合などは、価格モデルを使わないと計算できないような証券もあります。一方、unfunded タイプですが、ベンチマークとなるCDS indexや、標準化された個別銘柄のCDSの価格は、まず市場で決まります。しかし、それ以外の大半のクレジットデリバティブズは、市場価格が直接得られないので、ベンチマークを基準としたクレジットカーブを使って計算されます。通常の金利スワップも、まずベンチマークとなるスワップ金利の水準が市場で決まり、そこからイールドカーブを導出して、ベンチマーク以外のスワップを時価評価しますが、これと同じ原理です。このサイトのメインの目的は、実務で使えるデリバティブズの価格評価方法の紹介なので、このチャプターでも、主にunfundedの CDS について、ベンチマークを基準にした価格評価方法を紹介します。
さて、基礎編の冒頭( 基礎編1.2 金融商品の価格)で、
「金融商品の価格とは、将来発生するすべてのキャッシュフローを、一定の金利で割引いて現在価値(Present Value)に換算し、その合計と考える事ができる」
と述べました。さらに、オプションやクレジットデリバティブズのように、「将来のキャシュフローの発生確率が1以下の場合は、その発生確率を掛けて現在価値を計算する。」とも述べました。数式にすると以下の様に表現できます。
\[ Present~~Value~~of~~Financial~~Instruments~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\\ =\sum CashFlow_i(T_i)×Probability(CashFlow_i)×DiscountFactor(T_i) \]この式の\(CashFlow_i (T_i)\) すなわち金融商品から得られる将来のキャッシュフロー額は、基本的に契約内容や取引慣行で決まります。ただ、クレジットデリバティブズでは、キャッシュフローの額や、キャッシュフローが発生するタイミングが不確定なので、そこは何等かのモデルを使って推定する必要があります。また \(Probability(CashFlow_i)\) すなわち各キャッシュフローの発生確率ですが、これもモデルを使って予測する事になります。\(DiscountFactor(T_i)\) は、リスクフリー金利のイールドカーブを使って導出します。その方法は、既に 基礎編 Kisohen 2.6.1 イールドカーブの構築方法 bootstrapping+interpolation で簡単に解説しました。
という事なので、このチャプターでは、最も基本的なクレジットデリバティブズであるCDS取引について、まずその商品性、契約内容、取引慣行などについて解説します。その後、価格評価方法、特にデフォールト確率を推定するモデルと、デフォールト確率の期間構造であるクレジットカーブの構築方法を中心に解説したいと思います。