基礎編 5. リスク量の計測 

5.1 イントロダクション

トレーディング勘定から発生するリスクは、トレーダー自身にとっても、経営管理者にとっても、さらには中央銀行や金融規制当局にとっても重要な関心事です。 

各金融機関は、そのリスク量をコントロールする為、様々なリスク指標を使ってリミットを設定してきました。にも関わらず、トレーディング勘定から、想定外の損失が発生するような事態が、繰り返し発生しています。不正によって発生した損失はさておき、リミット内で取っていたリスクなのに、実際に発生した損失が想定を大きく超える様な事態も、頻繁に起こっています。スワップの所で説明した、LTCMショックやJP MorganのLondon Whaleの事件は、金融工学の先進的な知識を持つスタッフが揃っている組織で、想定外の巨大な損失が発生しています。また、サブプライムショックの際に、大手の金融機関が被った損失は、彼らが公表していたVARの、数十倍から数百倍の額に膨らみ、VARが過小評価であった事を物語っています。 

リスク量には、個別の市場リスクファクター毎に計測される、Sensitivities(感応度)と、ポートフォリオ全体のリスク量を計測するValue At Risk(VAR)があります。ミクロ的なSensitivitiesは、市場リスクファクターが一定幅動いた時の損益インパクトの数字を使って表されます。その計測は、基本的に価格計算式を使うので、価格計算式の導出過程についての理解が必要です。一方マクロ的なVARは、ポートフォリオ全体のSensitivitiesを使って、市場が大きく変動した場合のポートフォリオ全体の損益インパクトで表されます。各市場リスクファクターの変動の相関も勘案するので、Sensitivity毎の損益インパクトの単純合計よりは小さくなります。また市場リスクファクターが大きく変動した場合の損益インパクトの計測なので、非線形のリスクの影響も無視できなくなります。非線形のリスクとは、オプションのように、市場リスクファクターの変動に対する損益変動をグラフで表示した場合に、Convexity(凸な曲率)の強い曲線になる場合に発生します。Convexityは、金融商品の価格式を市場リスクファクターで2階微分した値に相当します。 

ミクロ的なSensitivitiesによるリスク量は、トレーダーがポジションから発生するリスクをヘッジする場合、あるいは積極的に市場リスクを取りに行く場合に必要になります。また、トレーダーレベルや、トレーディングの部署レベルのポジションリミット設定にも使われます。 

一方、マクロ的なVARは、一般的には経営管理者によって、ポジションリミットの設定やリスク資本の配分に使われます。各トレーディング部門が、VARで計測されたリスクに見合った収益を上げているかどうかをチェックしながら、リスク資本の配分を決めるような場合に使われる指標になります。 

以下、最初にミクロ的なリスク量であるSensitivitiesについて説明し、その後、VARやストレス損失といったマクロ的なリスク量の説明をしたいと思います。マクロ的なリスク量を計算するには、まずSensitivitiesのからスタートするので、そこの説明から入ります。 

最後に、SensitivitiesやVARでは計測できないリスクについても指摘しておきます。LTCMやLondon Whale事件で発生した巨額なロスは、リスク量をきちんと計測しモニターする能力がある組織で発生しました。サブプライムショックからリーマンショックで、金融機関が被った損失も、計測されたリスク量からすれば予想外の巨額な数字でした。リスク量で計測できないリスクとはどういうものか、最後の方にまとめてみました。 

リスク管理においては、むしろ計測できないリスクをどう予測し、コントロールする事が最も重要ではないかと考えています。 

尚、ここではポートフォリオ理論で使われる、シャープレイシオやMarket Price of Riskといったリスクの概念の説明はしません。これらは、ポートフォリオを選択する際、すなわちポジションを取る前に使われるリスク指標であり、実際にポートフォリオを組んだ後の、「損失の可能性」を示す数字ではありません。

 

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