上級編 8 クレジットデリバティブズ
8.1 CDO Tranche
8.1.1 Collateralized Debt Obligation ("CDO")
このチャプターでは、トランチ分けされたCDO(tranched CDO)の価格評価方法を解説しますが、まずその前に、CDO 自体について、簡単に解説したいと思います。
CDO は、名前の通り、債券やローンなどの”Debt”を担保”Collateral”にして発行される、新たな負債 ”Obligation” になります。この定義に該当する証券(債券あるいは信託受益証券)は、1980年代から既に数多く発行されてきました。ただ、その当時発行されていたCDOは、トランチ分けの仕組みを持たず、発行された証券はすべて同じ順位の債務ランクを持つものでした。担保となるDebtは、単一銘柄の債券やローンや、自動車ローンやクレジットカードローンなど、小口分散された多数のローンの集合など、多様でした。(注:当時はCDOと呼ばず、Asset
Back Securitiesとか、Structured Securitiesという名前で呼ばれていました)。 これらの証券は、担保となるDebtのクレジットリスクを平等に引き受けるのが一般的です。ただ、同時期に取引が急拡大した、モーゲージ証券を担保にした Collateralized Mortgage Obligation(”CMO”)では、複数の債券(信託受益証券)が発行され、担保から発生する期限前返済キャッシュフローを元本償還に充てる際、債券間で順番を付けるスキームを取っていました。
2000年代に入り、発行される複数の債券の間で、担保となる Debtポートフォリオのクレジットリスクの引受に、順番をつけるスキーム(CDO Tranche)が登場し、この市場が急拡大しました。中でも、米国のサブプライム住宅ローンを担保とする CDO は、世界中の機関投資家に販売されましたが、その後、大量のサブプライムローンが不良債権化し、世界的な金融危機を引き起こしました。この事から、CDO のスキームや商品性が大きな批判を浴び、その後の大幅な規制強化につながりました。それ以降、サブプライムローンの CDO のみならず、その他の CDO
Tranche の発行も、殆ど見かけなくなりました。1980年代から始まったデリバティブズ市場の急拡大に伴って、金融イノベーションが声高らかに謳われて来ましたが、その明と暗が現れた典型的な例と言えるでしょう。CDOに限っては、暗の方が圧倒的に強く出た例かもしれません。
(参考:現在の CDO 市場の規模をネットで検索したら、2024年で、約5億ドル(750億円)程度という数字がありました。Collateralized Debt Obligation Market Size and Share 2025-2030 これが、発行残高なのか、1年あたりの発行量なのかよく分かりませんが、ピーク時には、年間 数十兆円単位で発行され、残高が百兆円以上あったのと比べると、いかに縮小したかが分かります。但し、この数字にはCMOは含まれていません。CMOは引き続き大きな市場規模を持っています。)
CDO には、様々な種類がありますが、大きく分けて、ローンや債券といった実物資産を担保に発行され、"証券"の形態を取る Cash CDO と、Credit Default Swap(デリバティブズ)を対象資産とした、"デリバティブズ"の形態を取る Synthetic CDO とよばれるグループがあります。
Cash CDO も、担保となるローンポートフォリオの種類によって様々な種類があります。典型的なのは、先ほど述べたサブプライ住宅ローンを担保にした CDO や、ローンの中でも比較的リスクの高いleveraged loan を担保にした CDO(=CLO)などがあります。また中には、担保となるローンポートフォリオを固定せず、第3者に運用を委託して、ローンの中味を一定のルールに従って入れ替えるような CDO もありました。このような CDO は Dynamic CDO と呼ばれ、そうでない、担保ポートフォリオが同じものは Static CDO と呼ばれていました。Dynamic CDO の中には、Constant Proportion Debt Obligation(“CPDO”)と呼ばれる、ポートフォリオインシュアランスに似たスキームの CDO もありました。この商品は、出た当初、トリプルAの格付けを得ながら Libor +150bp という非常に高いスプレッドの変動金利ク―ポンが支払われた為、市場にかなりの驚きを与えました。しかし、一部の専門家からは、スキームに無理があり、トリプルAの格付けが得られるほど安全ではないとの批判が巻き起こりました。案の定、その後の金融危機の際に元本が毀損してしまい、スキームをよく理解せずにトリプルAを付けた格付け機関が、厳しく批判されました。
以上をもとに、CDOを分類すると、おおむね以下のようになります。
− Cash CDO | ・CBO (Collateralized Bond Obligation) |
・CLO (Collateralized Loan Obligation) | |
・CMO (”Collateralized Mortgage Obligation”) | |
! Static CDO | |
! Dynamic CDO (including CPDO) | |
− Synthetic CDO | ・Single Tranche CDO |
・CDO^2 (CDO squared : CDO を担保ポートフォリオにした CDO) |
Synthetic CDO では、債券発行を伴わず、Credit Default Swap の形で CDO Tranche を組成し、それをリスク移転するケースが一般的です。Cash CDO では、担保となるポートフォリオ全額の資金調達が必要になるので、債券発行は、エクイティからシニアまですべてのトランチの投資家を見つける必要があります。(この場合、シニアやリスクの低いメザニン部分は、比較的投資家を見つけやすいものの、リスクが最も高いエクイティ部分の投資家を見つけるのは簡単ではありません。なので CDO を組成した投資銀行が、自身で保有する事もあります。)一方で、Synthetic CDO においては、必ずしもすべてのトランチのリスクを売る必要がなく、メザニン部分だけを売買するような取引も多く見られました。このような CDO は特に“Single Tranche CDO”と呼ばれています。この商品を仲介した投資銀行は、対象資産の CDS や、それと同銘柄の債券を使ってデルタヘッジを行うのが通常です。
Cash CDO は、現物の証券になるので、その価格は基本的に需給に応じて市場で決まるのに対し、Synthetic CDO は、主に Credit Default Swap の形で取引されるので、価格は、何等かの価格評価モデルを使って計算する必要があります。CDO の価格評価方法については、CDO の全盛時に様々なモデルが発表されましたが、今となってはあまり使い道が無く、大半が廃れてしまったと言えるでしょう。なので、ここで、多数ある価格評価モデルの内容を逐一解説しても仕方がないので、限られた主要なモデルの紹介だけに留めたいと思います。むしろ、そういった CDO の価格評価モデルの、何が問題であったかを中心に解説したいと思います。特に、デフォールトする銘柄が集中する時期と、あまりデフォールトが発生しない時期がある事が価格評価にどう影響するのかを詳しく解説したいと思います。