上級編 8 クレジットデリバティブズ
8.1 CDO Tranche
8.1.3 標準化された CDO Tranche
Synthetic CDO は、商品が登場した当初は、対象ポートフォリオや、トランチ分けのスキームなどを、取引ごとに個別に決めていました。このような CDO は、Bespoke CDO と呼ばれていました。Bespoke は、オーダーメイドの意味です。その後、CDX や iTraxx といったクレジットインデックスが頻繁に取引されるようになって、これらの CDS Index を対象にした標準化された CDO トランチのニーズが高まりました。その特定の CDS Index ですが、CDX.NA.IG(北米の投資適格クレジットインデックス)と、iTraxx Europe(欧州の投資適格クレジットインデックス)の CDS を対象にしたものがポピュラーです。いずれのインデックスも投資適格の格付けが付いている 125 の銘柄から構成されています。
CDO トランチの説明に入る前に、まずその対象クレジットとなる CDS Index について簡単に解説します。先ほど示した 2 種類の CDS Index は、いずれも Protection Seller と Protection Buyerの間の Credit Default Swap 取引になります。Swapの対象クレジットはそれぞれ
・CDX.NA.IG : 北米の発行体で、投資適格(BBB以上)の格付けを持ち、その発行債券や CDS が流動性の高い125銘柄
iTraxx.Europe.IG :欧州の発行体で、同様に、投資適格(BBB以上)の格付けを持ち、その発行債券や CDS が流動性の高い 125 銘柄
になります。
Index は、半年ごとに新しいインデックスが取引開始となりますが、その際、それまでのインデックス構成銘柄の中から数銘柄が入れ替えられます。しかし、一旦取引がスタートした Index は、満期まで同じ構成銘柄で固定されます(これを Index スタート時ごとの Vintage と呼んでいます)。その中でデフォールトが発生すれば、その銘柄のみ、その Index から除外されます。各銘柄の構成比は、いずれも1/125と、均等に決められているので、デフォールトの発生都度、みなし元本は1/125ずつ減らされます。
CDS 自体は、標準化された CDS 取引で、プレミアム支払い日は年4回の IMM月、満期日は、5年後に一番近い6月20日か12月20日のいずれかです。かつては3年、7年、10年満期のCDSも頻繁に取引されていましたが、今ではあまり見かけません。プレミアムスプレッドも、各トランチで決まっており、クレジットリスクの変動による価格変化は、up-front paymentで調整されます。
仮に対象銘柄のいずれかにクレジットイベント(デフォールトなど)が発生した場合、Protection Seller は、デフォールト損失額(Loss Given Default "LGD")を Protection Buyer に支払います。その銘柄の債権回収率を R% とすると、LGD 額は、\( \frac{1}{125}(100 \% - R\% ) \) になります。仮に R=40% とすると、みなし元本の \(\frac {1}{125} (100 \%-40 \%)=0.48 \% \) が Protection Buyer へ支払われます。また、それ以降のみなし元本は \( \frac{1}{125} =0.8 \% \) だけ減額され、以降 Premium Cash Flow は、減額されたみなし元本に対して支払われます。仮に(と言ってもまずあり得ないですが)、対象ポートフォリオ内のすべての銘柄がデフォールトした場合、そこで CDS 契約は終了します。
CDS をトランチ分けしなければそのようになりますが、CDO Tranche では、同じ対象クレジットポートフォリオに対し、複数のトランチ分けされた CDS が設定され、トランチ間で損失負担順位を付けます。トランチの分け方は標準化されており、以下のようになっています。
CDX.IG.NA | iTraxx Europe | |
エクイティ・トランチ | 0 - 3 % | 0 - 3 % |
メザニン1 | 3 - 7 % | 3 - 6 % |
メザニン2 | 7 - 10 % | 6 - 9 % |
シニア1 | 10 - 15 % | 9 - 12 % |
シニア2 | 15 - 30 % | 12 - 22 % |
トランチ毎の数字は、損失の引受範囲を示しています。エクイティ・トランチの損失引受範囲は、いずれも 0-3% となっていますが、メザニン以上のトランチは、若干異なります。エクイティの損失引受範囲の 0-3% は、ポートフォリオから発生するデフォールト損失の最初の 3% を引受けるという意味です。回収率 R を 40% とすると、1銘柄当たりのデフォールト損失は、0.48% になります。なので、\( \frac{3\%}{0.48\%}=6.25\) となり、最初の6銘柄のデフォールト損失はエクイティ トランチが引き受ける事になります。損失が発生すると、Protection seller から Protection buyer に、その損失額が支払われ、それ以降エクイティ・トランチのみなし元本は同額だけ減額されます。デフォールト銘柄数が6以上になるとエクイティ・トランチのみなし元本は 0 になります。同時に、エクイティ・トランチだけでは損失を引受きれられないので、次のメザニン1が損失を引受けます。
メザニンとシニアの損失引受範囲は、CDX.NA.IG と iTraxx Europe で、若干異なります。CDX では、メザニン1の損失引受範囲は 3-7% になっています。デフォールト銘柄の数が6銘柄を越えると、損失負担がスタートし、15銘柄以上\( ( \frac{7\%}{0.48\%}=14.58)\) のデフォールトが発生すると、メザニン1の損失負担額を越えるので、メザニン2に損失負担が発生します。一方、iTraxx のメザニン1の損失引受範囲は 3-6% になっています。なので、12銘柄\((\frac{6\%}{0.4\8%}=12.5)\) 以上のデフォールトが発生すると、メザニン2に損失負担が及びます。
メザニン1で言うと、損失負担が開始される点3%を attachment point、負担が終了する点(すなわち元本がすべて失われる点)である7%(iTraxxでは6%)を detachment point と呼んでいます。メザニン1の detachment point は、メザニン2の attachment point になります。
シニア2のdetachment pontをattachment pointとする、よりシニアのトランチ(スーパーシニアと呼ばれています)は、殆ど取引されていません。担保ポートフォリオの損失が、この部分にまで及ぶ可能性が非常に低いので、この部分のProtection Buyerを見つめるのが困難だからです。
さて、トランチ分けされた Synthetic CDO の価格評価ですが、その価値がポートフォリオ内の“デフォールトの相関”に大きく依存します。デフオールトの相関とは、デフォールトが発生するタイミングが集中するような状況を捉えるものです。実際に過去に発生した数多くのデフォールト事例を見ると、不景気時、特に金融危機が発生したような時期に集中する傾向がありました。
(例:1980年代の終わり頃にジャンクボンドが多数デフォールトし、さらにそれらに投資していた S&L が数多く倒産した時期や、1990年代後半のアジア危機、2001年~2003年に発生したテレコム危機、あるいは2006~2009年のサブプライムショックからリーマンショックにかけて発生した金融危機などでデフォールトが集中しています)
このデフォールト発生の集中度合いが、トランチ分けされた CDO の価格に大きく影響します。それを価格評価モデルの中にどう取り込むかが大きな課題です。では相関が、なぜ CDO トランチの価格に影響するかについて、次にみていきます。