上級編 8  クレジットデリバティブズ  

8.2  Gaussian Copula Model

8.2.3  Vasicek's Loan Portfolio Model  

8.2.3.3   Portfolio Loss Distribution (ポートフォリオから発生するデフォールト損失の確率分布)
8.2.3.3.1  複数銘柄がデフォールトする同時確率分布

Vasicek は、前のセクションで示した個別銘柄の確率変数の確率分布から、ローンポートフォリオ全体で発生するデフォールト数の同時確率分布を求める方法を提示しています。ここで求めようとする確率分布は、N 銘柄のポートフォリオ中、k 銘柄(\(k=1,…,N\))がデフォールトする同時確率分布関数で、次のような式で表現されます。 

\[ \begin{align} & Probability ~ of ~ k ~ defaults ~ in ~ N ~ portfolio \\ & =\sum_{q=1}^{\left(\begin{array}{c} N\\k \end{array} \right)} P_q \left[\left(A_1(T)≤D_1∩…A_k(T)≤D_k \right) ∩ \left(A_{k+1}(T) > D_{k+1}∩…A_N(T) > D_N \right) \right] \\ & ~~~ 但し  q=1,…, \left(\begin{array}{c} N\\k \end{array} \right), ~~~~~ \left( \begin{array}{c} N \\ k \end{array}\right)= \frac{N!}{(N-k)!k!} ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(8.12) \end{align} \]

\(P_q[…]~は、A_1~から~A_k~までが閾値~D_1,…,D_k\) 以下となり、\(A_{k+1}~から~A_N\) が閾値 \(D_{k+1},…,D_N\) 以上になる確率を示しています。言い換えると、銘柄 1 から 銘柄 k までがデフォールトし、かつ銘柄 k+1 から N までがデフォールトしない確率を示しています。この関数は N 個の確率変数の、同時確率分布関数(joint probability distribution function)を表します。N の内、k 個をピックアップする方法は、\(\left( \begin{array}{c} N \\ k \end{array}\right)\) 通り(N 個から k 個を選択する組み合わせの数だけ)あり、上の式では、それぞれの \(P_q[…]\) を求めて、それらを足し上げています。しかし、ポートフォリオの銘柄数が多くなると、そのような計算は現実的ではありません。例えば 100 銘柄から 10 銘柄を選ぶ組み合わせだけでも、その数は 17 兆通り以上あります。さらに同時確率分布 \(P_q[…]\) を求めるには、相関行列のランク数の深さでの多重積分が必要です。銀行のローンポートフォリオのように数万から数十万銘柄からの組み合わせで、デフォールトの相関もまちまちであれば、もはや計算不能です。 

なので、Vasicek は、この式を示さず、最初にすべての銘柄のデフォールト確率が同じになると仮定し、さらに銘柄間の相関係数を1個と仮定する事により、後で示す、より簡略化された式で同時確率分布を求めています。ここでは、実際に正しく計算するには、膨大な計算が必要だという事を理解してもらう為に、あえて本来の計算式を示しました。 

注:簡略化せずに8.12式の同時確率分布を求める場合は、解析的に求めるのではなく、モンテカルロシミュレーションを使うのが一般的です。BIS規制対応として、銀行のクレジットリスクを計量する内部モデルとして、モンテカルロシミュレーションを使っている所が多くあります。 

 

8.2.3.3.2   Large Homogeneous Portfolio

先ほども触れた通り、Vasicek は計算を単純化する為、\(A_i(0)~と~σ_i~と~D_i\) が、すべての銘柄について同一と看做しました(それぞれ\(A(0),~σ,~D\) とする)。これは、全ての銘柄のデフォールト確率が同じと仮定するのと同値です。また、各銘柄の保有比率と、債権回収率 R も同一と看做しました。さらに、ポートフォリオ内の銘柄数が巨大で十分に分散されていると仮定しました。すなわち、個々の銘柄のデフォールトによって発生する損失率(Loss Given Default)がすべて同じで、かつ微小になると看做しました。このような仮定を、Large Homogeneous Portfolio(十分に細かく分散された均一なポートフォリオ)と呼んでいます。
  このような仮定は、実際に銀行の持つローンポートフォリオの実態とはかけ離れているでしょうが、その平均的な値を使って仮定すれば、モデルから得られるポートフォリオの期待損失額が、実際の値をある程度近似できると考えられます。 

以上の仮定を取れば、前のセクション(8.12式)で示した、\(\frac {N!}{k!(N-k)!}\) 通りの組み合わせからなるデフォールト数の同時確率分布関数 \(P_q[…]\) が、すべての場合分けで同じ値になります(以下、それを \(P[…]\) とする)。さらに、すべての銘柄のポートフォリオ内での構成比と債権回収率も同じと仮定したので(なので Loss Given Default額がすべて同じ)、損失率の期待値の計算も、Loss Given Default額のk倍に \(\frac {N!}{k!(N-k)!}P[…]\)を掛けるだけで求まります。これで、8.12 式で示した同時確率分布関数の式が、 \(\left( \begin{array}{c} N \\ k \end{array}\right)\) 通りでは無く、たった1回の計算で導出できます。 

では、その \(P[…]\) をどう計算するかですが、\(P[…]\) は、お互いに相関を持つ \(A_i(T),~i=1,…,N\) の同時確率分布関数なので、そう簡単には求まりません。相関する確率変数の同時確率分布を求めるには、本来、相関行列のランク数の深さで多重積分をする必要があります。しかし、Vasicek は、すべての銘柄間の相関係数が同じと仮定したことにより(相関行列のランクが2になることにより)、多重積分を、2重積分にして、同時確率分布関数を求める方法を提示しました。
では次のセクションで、その同時確率分布関数を求める方法を解説します。 

 

8.2.3.3.3  デフォールト数の同時確率分布関数の導出

前のセクションで頭出しをした、Vasicekが提示した方法とは下記のようなものです。

  • すべての確率変数の相関が同じ(一個の ρ)と仮定したので、各銘柄のデフォールトを判定している確率変数は、すべての銘柄に共通の市場ファクター M と、個別ファクター \(ϵ_i\),の2つの確率変数の線形結合で表せる。
  • そこで、市場ファクター M を特定の値に固定すれば(その特定の値で条件付けしてやれば)、各銘柄のデフォールト確率は個別ファクター \(ϵ_i\) の確率分布だけで表現できる。これが銘柄ごとの周辺確率分布になる。
  • かつそれらはすべて独立になるので、同時確率分布は、k 銘柄のデフォールト確率の積と N-k 銘柄のサバイバル確率の総積で表現できる。市場ファクター M を固定して(条件付けをして)導出した確率なので、これは条件付き同時確率分布関数になる。
  • この条件付き同時確率分布関数を、条件となった市場ファクター M の領域で定積分すれば、無条件の同時確率分布関数が求まる

この考え方を、もう少しかみ砕いて以下に解説します。 

(1) Vasicekのモデルでは、銘柄ごとのデフォールトを判定する確率変数 \(A_i(T),~i=1,…,N\) がデフォールト閾値 \(D_i\) を下回った場合にデフォールトと看做し、その確率を \(P(A_i(T) \leq D_i)\) と表記しました。ここで、\(A_i(T)\) を標準正規化した確率変数を \(X_i(T)\) とおきます

(2) すると、各 \(X_i(T)\) は、下記式のように、標準正規分布する2つの独立な確率変数(\(M,~ϵ_i\))の線形結合で表現できます。
\[ X_i(T)=ρ~M+\sqrt{1-ρ^2}~ϵ_i, ~~~~ i=1,…,N~~~~~~~~~~~ \\ 0 < ρ < 1,~~~ M,~ϵ_i \sim N(0,1), ~~~ E(M∙ϵ_i)=0 \tag{8.13} \]

(注:すでに説明した通り、標準正規分布する2つの確率変数を線形結合すると、その平均は 0 になる。また、上式の両辺を2乗して期待値を取ると右辺=1 となり、\(X_i\) の分散も 1 となる。) 

すべての \(\ln {A_i(t)}~が~ρ\) で相関すると仮定したので、それを変数変換した \(X_i(T)~も~ρ\) で相関します(なぜそうなるかの説明は省略します)。また、変数変換された\(X_i(T)\)に対応するデフォールト閾値は、8.11式で示した通り、\(-d_{2,i}\) となります。 

(3) この 8.13式の、M はすべての銘柄のデフォールトに影響を及ぼす共通な市場ファクターで、\(ϵ_i\) は銘柄ごとのデフォールトに影響する個別ファクターと看做せませす。そして \(X_i(T)=ρ~M+ \sqrt{1-ρ^2}~ϵ_i \leq -d_{2,i}\) となればデフォールトしたと看做されます。すると、すべての銘柄に影響を及ぼす M の値が大きくマイナスになると、\(ϵ_i\) 次第ではあるものの、各銘柄の \(X_i(T)\) が、閾値 \(-d_{2,i}\) を下回る可能性が高くなります。すなわち同時にデフォールトする確率が高くなります。一方 M の値が大きくプラスになるとそれぞれの \(X_i(T)\) が、閾値 \(-d_{2,i}\) を上回る可能性が高くなり、同時に生き残る確率が高くなります。 すなわち、デフォールトの相関がρで調整される事になります。

(4) ここで、M が特定の値 m だったとします。すると、M=m の場合の条件付きデフォールト確率を下記のように表現できます。

\[ \begin{align} P (X_i < -d_{2,i} ~|~M=m ) & =P \left(ρ~m+ \sqrt {1-ρ^2}~ϵ_i < -d_{2,i} ~|~M=m \right) \\ & =P \left(ϵ_i < -\frac {d_{2,i}+ρ ~m}{\sqrt{1-ρ^2}} ~|~M=m \right) \tag{8.14} \end{align} \]

M=m という条件を付けたので、上記の確率は \(ϵ_i\) にのみ依存します。すると、各銘柄のデフォールト確率は下記式のように、\(ϵ_i\) の確率分布関数(\(ϵ_i\) は標準正規分布するので、すなわちそれは標準正規分布関数 Φ())を使って計算できます。 

\[ P \left(ϵ_i < -\frac{d_{2,i}+ρ~ m}{\sqrt{1-ρ^2}}~|~M=m \right) =Φ_i \left(-\frac{d_{2,i}+ρ~ m}{\sqrt{1-ρ^2}} \right). ~~~~ i=1,2,...,N \tag{8.15} \]

これが、各銘柄のデフォールト確率の周辺分布関数になります。

(5) さらに、各 \(ϵ_i,~i=1,…,N\) は、お互いに独立なので、それらの同時分布関数は各銘柄の周辺分布関数の総積で求まります。すなわち、 \[ \begin{align} & \small {P \left[\left(A_1(T)≤D_1∩…∩A_k(T)≤D_k \right) ∩ \left(A_{k+1}(T) > D_{k+1Z}∩…∩A_N(T) > D_N \right)~|~M=m\right] } \\ & \small {~~~= \prod_{i=1}^k Φ_i \left(-\frac{d_{2,i}+ρ~m}{\sqrt{1-ρ^2}}\right) \prod_{i=k+1}^N \left(1-Φ_i \left(-\frac{d_{2,i}+ρ~ m}{\sqrt{1-ρ^2}}\right)\right) } \tag{8.16} \end{align} \]   Vasicek はすべての銘柄の σ と D が同じ値を取ると仮定(Large Homogeneous Portfolioの仮定)したので、上記の \(d_{2,i}\)はすべての銘柄で同じになり、その結果 \(Φ_i \left(-\frac{d_{2,i}+ρ~ m}{\sqrt{1-ρ}}\right)\) はすべての銘柄で同じになります。それをP(…|M=m)とおけば8.16式の右辺は、さらに下記のように簡略化できます。 \[ \begin{align} & \small {P \left[\left(A_1(T)≤D_1∩…∩A_k(T)≤D_k \right) ∩ \left(A_{k+1}(T) > D_{k+1}∩…∩A_N(T) > D_N \right) |~M=m \right] } \\ & \small {~~~~=P(…|~M=m)^k \left(1-P(…|~M=m)\right)^{N-k} } \tag{8.17} \end{align} \]

(6)  しかも、この確率は、\(\left( \begin{array}{c} N \\ k \end{array}\right)\)通りのすべての組み合わせで同じであり、上記確率にその数を掛ければ、N 銘柄中 k 銘柄がデフォールトする、条件付き同時確率分布関数が求まります。すなわち、 

\[ \begin{align} & Conditional~ Probability~ of~ k~ defaults~ in~ N~ portfolio ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \\ & ~~~ =\left( \begin{array}{c} N \\ k \end{array}\right)P(…|~M=m)^k \left(1-P(…|~M=m)\right)^{N-k} \tag{8.18} \end{align} \]

(7) 最終的に求めたいのは、無条件の同時確率分布であり、それを求めるには、M のすべての値で 8.18式の条件付き確率を求め、それに M=m になる確率密度関数を使って積分する必要があります。M も標準正規分布する確率変数なので、その分布関数は \(Φ()\) になります。その微分が確率密度関数になりますが、それは解析的に求まっています \(\left(\frac{dΦ_M(m)}{dm}=\frac{1}{\sqrt{2π}} e^{(-\frac{m^2}{2})}\right)\)。M の取り得る範囲は(-∞,+∞)なので、この区間で、M の確率密度関数を積分関数とし、条件付き同時確率分布関数を被積分関数として M の全領域(-∞,+∞)で定積分します。結果、N 個のポートフォリオの中で、k 銘柄がデフォールトする確率は、下記式のようになります。

\[ Unconditional~ Probability~ of~ k~ defaults~ in~ N~ portfolio ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\\ =\int_{-∞}^{+∞} \left( \begin{array}{c} N \\ k \end{array}\right)P(…|~M=m)^k \left(1-P(…|~M=m)\right)^{N-k} \frac{1}{\sqrt{2π}} e^{(-\frac{m^2}{2})}dm \tag{8.19} \]

この定積分は、台形則などの一般的な求積法を使って、数値積分で求めます。また積分範囲は、±∞近辺まで計算する必要は無く、±5 以内でいいでしょう。それより外側では積分関数である \(\frac{1}{\sqrt{2π}} e^{(-\frac{m^2}{2})}\) の値が非常に小さくなるので、許容範囲内の誤差と看做せ、あえて計算する必要は無いでしょう。 

 

<  正規コピュラ関数  >

ところで、こうやって求めた無条件の同時確率分布関数は、各確率変数の周辺確率分布関数を、相関係数を使って結び付けた関数になります。この関数形がまさに Copula(コピュラ)関数です。上式は特に標準正規分布関数を結合しているので、Gaussian Copula (正規コピュラ)と呼ばれています。 

この式を、k=1,…,N でそれぞれ求めれば、ポートフォリオ中のデフォールト銘柄数の確率分布が求まります。ここでは、k が整数値を取るので、離散的な確率分布になります。さらに、そこにデフォールト損失額(Loss Given Default)、即ち 1-Recovery Factor を掛けて足し上げれば、ローンポートフォリオから発生する損失の期待値が求まります。これが Vasicek の論文で求めようとしたものです。このモデルが後々、Gaussian Copula Model として発展していきます。 

 

< CreditMetrics  >

1990年代の半ばに、JP Morgan より公表された CreditMetrics のフレームワーク は、この Vasicek のローンポートフォリオモデルを応用したものです。CreditMetrics は、ポートフォリオを、複数の格付けカテゴリーに分類し、かつカテゴリー毎に異なったデフォールト確率を仮定したモデルに拡大しました。さらに、閾値 D を、何段階かのベクトルとし(\(D_{AAA},D_{AA},D_{A},D_{BBB}…,D_C\))それぞれの閾値を超えた場合、格付けが遷移するとするモデルにしました(上に越えると格上げになり、下に越えると格下げになる)。その場合、格付け機関のデータ、あるいは内部モデルで求めたデフォールト確率や格付け遷移確率を使って \(D_{AAA},D_{AA},D_{A},D_{BBB}…,D_C\) の値を Calibrationします。後々、これが BIS のクレジットリスクの内部モデル手法に取り入れられました。詳しい内容は、上記のリンクからCreditMetricsの解説文書をお読みください。 

 

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