上級編 8 クレジットデリバティブズ
8.2 Gaussian Copula Model(正規コピュラモデル)
8.2.1 Guassian Copula Modelの概要
デフォールトの相関が、CDO トランチの価格に大きく影響を与える事については、前のセクションで説明した通りです。その相関ファクターをモデルに取り込む方法で、業界標準となっているのが、Gaussian Copula Model(正規コピュラモデル) です。その中でも特に、市場全体に影響を及ぼす確率変数と、個別銘柄のデフォールトにのみ影響する確率変数(なので確率変数の数は1+銘柄数)について、それらの間の相関関係を1個のファクターを使った関係式で表現するモデルが、業界標準となっています。
注:この業界標準モデルは、特に1 factor Gaussian Copula Modelと呼ばれています。市場ファクターと個別ファクターのウェイトを決める際に、すべての銘柄で同じ1個の相関パラメータ(これが1ファクター)で表現するのでそう呼ばれています。このファクターがデフォールトの相関の度合いを調整しています。
2001年のLiの論文以来(On Default Correlation)、様々なコピュラ関数(Student-tコピュラなど)を使ったデフォールトの相関モデルが登場しました。しかし、リーマンショック後は、他のモデルは殆ど廃れてしまい、結局正規コピュラモデルだけが残ったと言っていいでしょう。さらに言えば、デフォールトの相関に影響を受ける金融商品自体が殆ど廃れてしまったので、正規コピュラモデルでさえ、あまり使われる場面は無いかと思います。正規コピュラだけが残ったからと言って、このモデルが他より優秀だった訳ではありません。デフォールトの相関を表現するには、むしろ劣っていたと言った方がいいでしょう。ただ単に、数学的に取り扱いやすかったという事が、ベンチマークとなった主な理由でしょう。
さて、業界標準となっている1 factor Gaussian Copula Model(1ファクター正規コピュラモデル)の概要は、以下のようなものです。
- ポートフォリオを構成する銘柄ごとに、ガウス分布(=標準正規分布)する確率変数(これを以下 \( A_i,~~i=1,…,N\) と表記)を使ってデフォールトしたか否かの判定を行います。
- その銘柄ごとの確率変数 \(A_i\) は、全銘柄共通の市場リスクファクター(これを \(M\) と表記)と、個別銘柄ごとのリスクファクター(これを \(ϵ_i\) と表記)の、2つの標準正規分布する確率変数の線形結合で表現されます。
- それを線形結合する際、ファクター間のウェイトを、全銘柄共通の1個の相関ファクター(これを β と表記)で決めるというものです。その値が大きいと、複数の銘柄が同時にデフォールトする可能性が高くなります。すなわちデフォールトの相関が表現できます。
- そして、その確率変数 \(A_i~~が、ある閾値~~D_i\) を下回った場合にデフォールトと看做します。
これを数式で表すと下記のようになります。
\[ \begin{align} A_i & =β~M+\sqrt{1-β^2}~ϵ_i, ~~~~~i=1,…,N ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \\ & 但し、~~~M,~ϵ_i \sim {\scr N} (0,1),~~~ E[dM~ dϵ_i]=0 \end{align} \tag{8.1} \] \[ \begin{align} Probability~& of~ issuer~ i~ default =P(A_i < D_i ) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ \\ & =P\left(β~ M+ \sqrt{1-β^2} ϵ_i < D_i\right)=\Phi (D_i) \\ & ~~但し、\Phi(…)は標準正規分布関数 \tag{8.2} \end{align} \]\(M~と~ϵ_i\) は、互いに独立で、いずれも標準正規分布する確率変数です。\(A_i\) は、その線形結合になっており、その際それぞれのウェイトが β(但し 0 ≤β < 1)で決定されます。β が 1 に近ければ、より市場ファクターMの影響を受け、複数の銘柄が同時にデフォールトする確率が高くなります(すなわちデフォールトの相関が大きくなります)。逆に 0 に近ければ市場ファクターからの影響が小さくなり、同時にデフォールトする可能性が小さくなります。
2 つのファクターのウェイトを上式のようにする事で、\(A_i\) も平均 0、分散 1 の標準正規分布する確率変数になります。
注:標準正規分布する2つの確率変数を線形結合すると、その平均は 0 になる。また上式の両辺を 2乗して期待値を取ると、
\(E(A_i^2 )=β^2 E(M^2 )+(1-β^2)E(ϵ_i^2)+2β \sqrt{1-β^2}E(M ϵ_i)=β^2 +(1-β^2 )=1 \)
\(∵ E(M^2 )=E(ϵ_i^2 )=1, ~~~~~ E(Mϵ_i)=0 \)
となり、\(A_i\) の分散も1となる。
ここで、まず先に 8.2 式の左辺である銘柄ごとのデフォールト確率をクレジットカーブから求めます。次に上式から、\(Φ(…)\) の逆関数を使って、銘柄ごとの閾値 \(D_i\) を求めます。クレジットカーブから求めたサバイバル 確率(t時までにデフォールトしない確率)を \(Q_i(t)~ とすると~~D_i~\) は下記式で求まります。
\[ Φ^{-1} \left(1-Q_i (t)\right)=D_i (t) \tag{8.3} \]ここから、最終的に求めたいのは、ポートフォリオ全体の中からどの銘柄がデフォールトしたかを示す、同時デフォールト確率分布です。式で表すと、 \[ \begin{align} & \small {Probability~of~k~defaults~ in~N~Portfolio } \\ & \small {~~~~ = P \left[~\left(A_1 < D_1 (t) \cap,…,\cap A_k < D_k (t)\right)~ \cap ~\left(A_{k+1} (T) \geq D_{k+1} \cap ,…,\cap A_N (T) \geq D_N \right)~\right] } \\ & \small {~~~~~~ k=1,2, ..., N} \tag{8.4} \end{align} \] になります。この式の右辺は、\(A_1~から~A_k\) までが各 \(D_i\)を下回り、\(A_{k+1}~から~A_N\) までが各 \(D_i\)を上回る確率を意味しています。言い換えると、1 から k 銘柄までがデフォールトし、k+1 から N 銘柄までが生き残る確率を意味します。これをすべての k で求めれば、ポートフォリオから発生するデフォールト数の確率分布になります。さらにこれに、各銘柄の損失率(Loss Given Default=1-Recovery Rate)を掛ければ、N 銘柄からなるポートフォリオの損失率の確率分布になります(k が整数なので離散的な確率分布です)。ちなみに、N 銘柄から k 銘柄を選択する組み合わせの数は\( \left(\begin{array}{c} N\\k \end{array} \right)=\frac{N!}{(N-k)!k!} \)通りあり、上式は、それぞれの確率の合計になります。この同時確率分布関数がいわゆるコピュラ関数です。しかし上式の各同時確率分布関数は、多重積分で導出する必要があり、かつ N の数が大きくなると、それを\(\frac{N!}{(N-k)!k!}\) 通り計算する必要があるので、実務では使えない計算量になります。なので、一般的には、計算量を軽くする為に、いくつかの条件を単純化する仮定を置きます。
1ファクターの Gaussian Copula Model における同時確率分布関数の求め方の概要は以下のようなものです。
(1) まず、共通の市場ファクター M が、特定の値 m であったと仮定します。すると、デフォールト確率の式は、M=m の条件付き確率として、次のように変形できます。
\[ \begin{align} P(A_i < D_i~|~M=m) &=P\left(βm+ \sqrt{1-β^2}ϵ_i < D_i ~|~M=m \right) \\ &=P\left(ϵ_i < \frac{D_i-βm}{\sqrt{1-β^2}} ~|~M=m \right) \\ &=Φ \left(\frac{D_i-βm}{\sqrt{1-β^2}} \right) \tag{8.5} \end{align} \](2) M=m と固定した事により(条件付けした事により)、デフォールト確率が個別ファクターの確率変数である \(ϵ_i\) の閾値を使って、標準正規分布関数で表現できます。\(Φ(...)\) の引数にある \(D_i~と~m\) は与えられているので、あとは β が決まれば、M=m の条件付きデフォールト確率が求まります。
(3) ここで、各 \(ϵ_i\) は独立なので、全銘柄の同時デフォールト確率分布は、各周辺分布確率(上式の \(Φ_i (...)\))の総積で求まります。なので N 銘柄の内、k 銘柄がデフォールトする条件付き同時分布確率は下記式のようになります。、
\[ \begin{align} & P \left[~\left(A_1 < D_1 (t) \cap,…,\cap A_k < D_k (t)\right) ~ \cap ~\left(A_{k+1} (T) \geq D_{k+1} \cap ,…,\cap A_N (T) \geq D_N \right)~\right] \\ & ~~~~~ =\prod_{i=1}^N \Phi_i \left( \frac{D_i-βm}{\sqrt{1-β^2}} \right) \prod_{i=k+1}^N \left(1-\Phi_i \left( \frac{D_i-βm}{\sqrt{1-β^2}} \right) \right) \tag{8.6} \end{align} \]N 銘柄から k 銘柄を選択する組み合わせの数は \(\frac{N!}{k!(N-k)!}\) 通りあり、それぞれについて上式を計算し、それをすべて足し上げる必要があります。この部分の計算がかなり大変ですが、計算量を軽減する方法がいくつかあり、それらを後程、詳しく解説します。それが、条件付き同時確率分布関数になります。
(4) さらに、この条件付き確率をすべての m で求めて、M の全領域での期待値を計算すれば、無条件のデフォールト確率が求まります。
以上がGaussian Copula Modelの概要です。少し読んだだけでは、なかなかs理解は難しいと思いますが、後のセクションでもう少しかみ砕いて解説します。
この、ガウス分布する確率変数を使って、デフォールトを判定するという発想は、もともと Robert Merton の Structure model から来ています。また、Structure Model をローンポートフォリオへ拡大したのが、Vasicek で、Vasicek のローンポートフォリオモデルが Gaussian Copula Model の原型になります。ただ、Merton Model や Vasicekのローンポートフォリオモデルと、業界標準の 1 factor Gaussian Copula Model では、確率変数の意味合いが異なります。なので、Gaussian Copula Model を説明する前に、まず Merton の Structure Model と、Vasicek のポートフォリオモデルから簡単に紹介します。