上級編 8  クレジットデリバティブズ  

8.2  Gaussian Copula Model (正規コピュラモデル) 

8.2.3  Vasicek's Loan Portfolio Model (Vasickeのローンポートフォリオモデル)  

8.2.3.1  モデルの概要

Vasicek は 1987年の論文(“Probability of loss on loan portfolio”)で、Merton の structure modelを、複数の銘柄からなるローンポートフォリオの損失推定モデルに拡張しました。Merton は、1個の企業価値の確率過程のモデルでしたが、Vasicek は、複数企業の企業価値を、幾何ブラウン運動する確率変数のベクトル \(\{A_i (t): i=1,2,…,N \}\) で想定します。そして、それぞれの確率過程を、Mertonと同じく下記のような確率微分方程式で表現しました。 

\[ \begin{align} d \ln {A_i(t)} & =μ~ dt+σ_i~ dw_i (t), ~~~~~ i=1,…,N \\ dw_i~ dw_j & =ρ~dt \tag{8.10} \end{align} \]

ここでは、Mertonのモデル(8.7式)の \(A(t)\) を、対数に変数変換した確率微分方程式の形で表現していますが、表現を変えただけで同じ確率過程になります。ただ、ドリフト項係数は、8.7式では \((αA(t)-C)\)となっていましたが、ここでは変数変換後のドリフト項係数をひとまとめにして μ で置き換えています。ちなみに Merton も Vasicek も、解析の過程で、μ をリスクフリー金利に置き換えています。なので、μ が具体的にどういう値にあるかはあまり気にしなくてもいいでしょう。μ=リスクフリー金利とするのは、リスク中立確率の確率測度空間を想定しています。しかし、アービトラージやリスクヘッジがほぼ不可能なポートフォリオを対象としたこれらのモデルで、リスク中立確率を使うのは如何なものかと思います。

\(dw_i~は~ \ln {A_i(t)}\)を駆動するブラウン運動を意味し、\(dw_i~ dw_j=ρ~dt\) は、\(\ln {A_i(t)}~と~\ln {A_j(t)}\) の確率過程が ρ で相関している事を意味します。この時、ρ はすべての \(dw_i\) 間で同じになると仮定しています(なので1 factor)。N 個の確率変数の相関行列は、本来なら \(\frac 1 2 N(N-1)\) 個の、それぞれ別個の相関係数で構成されますが、それをたった1個の ρ で単純化しています(相関行列の対角成分以外の値がすべてρ)。なので相関行列のランクは2になります。そのランクを3以上にして(例えば業種セクターに分けて相関係数を決め)モデルの表現力を上げようとすると、計算量が幾何級数的に膨らみ、モデルを実装するのが難しくなります。そもそも推定が非常に難しく、かつ値が不安定な ρ をセクター毎に決めてもモデルの予測精度が各段上がる訳ではありません。  

 

8.2.3.2  モデルから導出される個別銘柄のデフォールト確率

この確率過程の式から、Merton の Structure Model と同じく、銘柄ごとに \(Volatility=σ_i\) と、 閾値\(=D_i\) を与えてやれば、一定期間後の Put Option 価格、すなわちデフォールトリスクプレミアムと、デフォールト確率が求まります。その内、デフォールト確率を求める式は下記のようになります。

\[ \begin{align} & Probability ~~ of ~~ default=P(A_i(T) < D_i)=Φ(-d_{2,i} ) \\ & ~~但し~~~~ d_{2,i}=\frac{ \ln {\frac {A_i(0)}{D_i}}+(r- \frac 1 2 σ_i^2)T}{σ_i \sqrt {T}} \tag{8.11} \end{align} \]

\(Φ(…)\) は標準正規分布関数です。\(Φ(-d_{2,i})\) の引数である \(-d_{2,i}\) の意味ですが、確率変数 \(\ln {A_i(T)}\) を標準正規化した確率変数に対応するデフォールト閾値に相当します。すなわち、もともとのデフォールト閾値 \(D_i\) を、標準正規分布に対応する閾値に換算した値です。ここまでは Merton の Structure Model とほぼ同じですが、\(d_{2,i}\) に”i”インデックスを付けているのは、銘柄ごとに \(D_i,~σ_i\) が異なるので、\(d_2\) の値も違ってくるからです。 

ここで、外生的に与えられるべき、\(D_i,~σ_i\) の値ですが、Vasicek はそれをどこから持ってくるのか特に示していません。実際に Vasicek の論文を読み進めると、\(D_i,~σ_i\) を先に推定するのではなく、そこから求まる \(d_{2,i}\) の値を、外生的に得られるデフォールト確率に合わせて逆算するような考え方を取っています。さらに言えば、その値も、銘柄ごとに決めるのではなく、ポートフォリオ内のすべての銘柄で同じと仮定しています。  

 

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